保育と経済学

幼児教育は子どもの発達に好影響、といっても、幼児教育の「効果」とはそもそも何なのでしょうか。科学的研究で測られる「効果」とは、ある幼児教育プログラムに参加した場合と、参加しなかった場合とで比較した、知能指数や社会情緒的能力の差として定義されると山口氏は説明しています。

たとえば、「保育園通いが子どもの知能指数に与える効果」を知りたいのであれば、「保育園に通った場合の知能指数」と、「通わなかった場合の知能指数」を比較して、その差を保育園通いの効果とみなします。

しかし、ここで気をつけないといけないのは、保育園に通わなかった場合、子どもたちは日中どのように育てられるのかということです。母親、あるいは父親に育てられる子どももいるでしょうし、おばあさん、おじいさんやその他の親戚に育てられる子どももいます。3歳を超えた子どもであれば、幼稚園に通っているかもしれません。これが、データをとるときに気をつけなければならない点です。

ある子どもが保育園に通わない代わりに、幼稚園に通っているとしたら、測定される保育園通いの効果は、ほとんど見つけられないでしょう。これは、保育園でも幼稚園でも、その道のプロである保育士さんや先生が、子どもに質の高い教育を行っているため、両者の間に大きな発達の違いが生まれないためだからです。逆に、子どもにあまり構わないような親や親戚と日中過ごしているような子は、知的な刺激を十分に受けることができません。こうした子どもにとっては、保育園通いの効果は大きなものとなると考えられると言います。

保育園通いの効果を正しく解釈するためのポイントは、もし子どもが保育園に通っていなかったら、どんな環境で育てられたのだろうかと考えることだというのです。

ここで、山口氏は、経済学者のヘック万の研究を考察しています。彼は、ヘックマンのことを「経済学界の”怪物“であり、この分野の研究を大きくリードしてきた一人」と評価しています。彼の一連の研究は、アメリカ社会に大きな影響力を持ち、オバマ前大統領の幼児教育政策を方向づけたと言われています。著書『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)は、日本でも話題になりました。

ヘックマン教授は2000年にノーベル経済学賞を受賞していますが、受賞理由はある有名な統計分析手法を開発したことであり、幼児教育研究は、直接、関係しているわけではないそうです。ノーベル賞を受賞してなお、幼児教育の研究を精力的に進め、新たにノーベル賞級の成果を上げている経済学界の怪物だと山口氏は述べています。

そのヘックマン教授は、さまざまな幼児教育プログラムの効果を検証しました。その中でも最も有名なものは、「ぺリー就学前プロジェクト」と呼ばれるもので、1962〜67年に、3〜4歳の低所得の黒人家庭の子どもたちを対象に始められました。

このプログラムでは、子どもたちを幼稚園のような施設に集め、週あたり12〜15時間ほど教育を受けさせました。加えて、先生が週1回家庭訪問を行い、子育てについてのアドバイスを保護者(主に母親)に行いました。内容の充実もさることながら、先生は、みな4年制大学を卒業し、州政府が認可する幼児教育の資格も持っている一流の先生ばかりですから、このプログラムの質は一級品と言えます。