日常的経験

今福氏は、その著書のサブタイトルに「社会性とことばの発達」が書かれていますが、子の発達は、コミュニケーションにかかわるものです。したがって、社会性とことばの発達の科学的理解は、現代社会の問題を解決するために非常に重要であると今福氏は考えたのです。たとえば、自己肯定感の低下傾向の改善には、褒められる経験が鍵を握るかもしれないというのです。

社会性とことばの発達について振り返ると、ヒトは胎児期からお母さんの声に感受性を示し、新生児期には顔や声への選好や新生児模倣がみられ、その後は4歳以降の心の理論の獲得に至るまで、その発達は連続的に進むことがわかります。乳児期の共同注意の能力が心の理論の発達と関連し、子どもの自己制御能力が将来の成功や健康と関連する、という報告もありました。

そして、その時に抑えなければいけないのは、社会性とことばの発達には敏感期や適した環境があり、大きな個人差があるということです。そこで、発達初期の経験環境が、心の発達に長期的な影響をもたらす可能性にも言及してきたと言います。それゆえに、子育て、保育、教育を考えるうえで、赤ちゃんの頃から始まる心の発達のしくみを理解することが欠かせないのです。この今福氏の主張が、私は共感することです。確かに、心の発達には遺伝の影響も50%弱ほどはあると考えられてはいます。しかし裏を返せば、残りの50%強は心の発達に環境が担うといえ、その役割は大きいと今福氏は主張するのです。

今福氏は、日々、赤ちゃんや子どもにかかわるさまざまなニュースが飛び込んでくる中、子どもたちの発達に適した環境をどのように整備すればよいのかを考えなければならないというのです。そして、その環境を考えるためには、子どもたちの心の発達を理解することが重要であるというのです。

京都大学院教授である明和政子氏は、今福氏の歩みを二つにまとめています。一つ目は、ヒトに特有の認知能力、特に言語の獲得について独自の視点から切り込んだ研究であると言います。他者とコミュニケーションする経験を通じて、ヒトはどのように言語を習得していくのかを解き明かしてきたそうです。相手から話しかけられる場合、私たちは、他者の顔や口唇部の動きをみる視覚、発話による聴覚情報を同期的に処理しているのです。今福氏は、そうした多感覚情報の同期生にどのくらい敏感であるかが、乳児のその後の言語発達を予測することを見出したのです。乳児期の認知発達が、他者との日常的経験により支えられている点を重視した、彼ならではの発想による成果であると明和氏は言っています。

二つ目は、早産にともなう胎内経験の短縮や、胎児期から新生児期の周産期の医療的措置等の経験が、後の認知発達の個人差と関連することを実証した研究であるということだと言います。今福氏は、京都大学医学部付属病院の医師らと5年以上にわたり共同研究を行ってきたそうです。早産児と満期産児を対象に、生後2年間の認知発達を追跡してきた結果、周産期に経験する環境の異質性が、後の認知発達、特に社会的認知機能の発達と関連することを突き止めたのです。周産期環境の異質性に着目し、認知発達との関連を検証した研究は世界的にもほとんど行われていなかったため、彼の研究は今、世界的な注目を集めているそうです。こうした基礎的知見は、臨床場面での応用も強く期待されているそうです。