心の理論と言語能力

今福氏は、子どもとかかわったり、絵本などを読むときには、心的状態語を多く用いるようにするとよいと考えています。子どもは周囲の大人のことばを真似しますので、適切な声かけをするように努めることをすすめています。

今福氏が指摘するように、最近、心の理論の発達と子どもの言語能力との関連について注目されているようです。言語は子どもの認知能力を大きく発達させる道具であり,課題そのものの理解にも大きく関わってくるからです。中でも子どもが使用する心的状態語について検討されてきています。その結果、いくつかのことがわかってきているようです。その一つが、1歳の後半ごろから心的状態語を使用するようになり、2歳ごろに急激に発達することがわかりました。そのことを踏まえて、心の理論の発達と母親の言語の用い方との関連についての研究が増えてきたそうです。 母親が母子相互交渉において、子ども、あるいは他者の心について言語でどのように表現するかが子どもの心の理論の発達を促進するのではないかという問題が検討されるようになってきたのです。

たとえば、こんな研究があります。母親の心的状態語の使用頻度と誤信念課題の成績との関連を調べました。この研究では、母親の感情に関する語の使用頻度と7か月後の子どもの感情理解課題や誤信念課題の成績との間に有意な正の相関があったことがわかりました。さらに、母親の思考に関する語の使用頻度が子どもの誤信念課題の成績と正の相関があることを見いだしているそうです。これらの研究は、母親の心的状態語の使用頻度が子どもの感情理解および誤信念の理解の発達を促進することを示唆しているというのです。

次に、「道徳性・規範意識の芽生え」を育むことについての考察です。「道徳性・規範意識の芽生え」とは、「友達とさまざまな体験を重ねる中で、して良いことや悪いことが分かり、自分の行動を振り返ったり、友達の気持ちに共感したりし、相手の立場に立って行動するようになる。また、きまりを守る必要性が分かり、自分の気持ちを調整し、友達と折り合いを付けながら、きまりをつくったり、守ったりするようになる」とあります。では、この「道徳性・規範意識の芽生え」は、どのように育まれるのかということについて、今福氏はこう考えています。

道徳性とは、人々が善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わなければならない規範への意識などを指します。今福氏は、ピアジェが示した道徳の発達段階を紹介しています。ピアジェは、5~10歳は善悪の程度を行為の結果によって判断し、10歳以降は善悪を意図や動機によって判断するとしました。たとえば、「ジャンという男の子がいました。。ジャンは食事に呼ばれたのでドアを開けて食堂に入っていきますが、ちょうどドアの後ろにある椅子にコップを15個のせたお盆がありました。ジャンはそんなことを知らずにドアを開けたため、コップが落ちてすべて割れてしまいました。」という物語を提示して、道徳性の発達について調べました。結果論では、ジャンは15個もコップを割ったので悪いことをしたと判断されますが、動機論では、ジャンは行為を意図的に行っていないためにその行為は悪くないと判断するというものです。

心の理論と言語能力” への6件のコメント

  1. 「1歳の後半ごろから心的状態語を使用するようになり、2歳ごろに急激に発達する」とありました。集団の中で社会性を意識する前から、次第に心的状態語を使用し始めているという点に着目しました。相手が何を感じて何を思っているのかは、社会性を構築していく上でもっとも重要な要素であると思います。それを1歳後半から日常の関わりから習得しようとしているからこそ、2歳ごろの「集団」を意識できる発達へとむかうのでしょうか。つまり、「集団」や「社会性」の基盤は1歳または0歳からすでに始まっているということでしょうか。「母親の心的状態語の使用頻度が子どもの感情理解および誤信念の理解の発達を促進することを示唆している」という研究によって、子ども理解がますます進んでいきますね。

  2. ジャンの例は確かに友だちとの様々な体験の中で育まれるもののように思えます。割れてしまったコップについて様々な意見や議論が、その瞬間に交わされることでしょう。また、事実確認があり、そして当のジャンの思いがあり、しかしながら割れてしまったコップは実際に目の前にあり、というような場面は子どもたちの日常の中で形を変えて沢山起きていて、そしてよく目にします。そんなやりとりを通して子どもたちの中に育まれているものがあることを改めて感じると同時に、その大切な学びの状況に対して大人や保育者はどう振る舞うべきか、どのような距離感でいるべきか、その辺りに見守る保育 Fujimori methodの実践者としての姿勢があるような気がしますし、そこにこの仕事の専門性があるような気がします。

  3. 心の理論と言語発達の相関については、あまり意識したことがなかったので、今回のブログ内容からも学ぶところがありました。「心的状態語」なる表現は初めて知りましたし、感情理論と結びつくことから、社会性形成にとって実はとても大切なことであることがわかりました。自分の感情を表現できるということは、他者の気持ちにも配慮できる、すなわちミラーニューロンに関わる機能を増大させていくことにもつながるのでしょう。心的状態語を普段から耳にする環境に置かれた子はそうでない子と比較して社交性の形成が優れているのではないかと思ってしまいます。母親による心的状態語の発信のみならず、園などでは様々な大人や他の子どもの発信に触れる機会を持つことでしょうから、園の大切さがわかってきますね。欧米ではそうでもないのかもしれませんが、今時母子だけにしておくと、メディアに我が子の相手をさせ兼ねない日本の母子関係の現実があります。お母さんの大切さはわかりますが、お母さん以外の他者との触れ合いが子どもの可能性を広げる、というふうに考えます。

  4. 〝母親の心的状態語の使用頻度が子どもの感情理解および誤信念の理解の発達を促進することを示唆している〟とありました。言語の発達と心の理論が関係しているということもはじめて知ることになりましたが、心的状態語をたくさん知るほどに心の理論は理解しやすくなるということになるのでしょう。そして、1歳後半から自身が心的状態語を話しはじめるとあり、「集団」や「社会」を意識しはじめる少し前にあたるということもこのことが、必然であるような気がします。社会的な行動の基盤というのはやはり、その前の段階から準備が始まっているんですね。

  5. 「5~10歳は善悪の程度を行為の結果として判断し、10歳以降は善悪を意図や動機によって判断する」とあります。その事例はとても分かりやすいですが、果たしてそうなのか?と疑問に感じることがありました。保育の中でも同じような状況になることが多くあります。その時の子ども同士の会話を聞いていても、結果論で話している子どもに対して、意図や動機論で反論している子どももいます。ピアジェの例が「10歳以降」という区切りで見ているのをみると、ずいぶんの開きがあるんだなと感じました。もちろん、そういった言葉がけを行うのは5歳児が多いように思いますが、子ども同士の関係性の中でそういった様子はあります。それは子ども同士の関係性や集団としての子ども同士の関わりが多く影響しているのでしょうか。

  6. 何かしらの事象が起きたとき、その事象にたいしてどのような感情を持つか、そしてその感情をなんと呼ぶかなど一番近くで一番信頼できる人が見本を見せることが子供の心の発達に大きく影響を与えるということでしょうか。たしかに子供は真似をする生き物ですからその事例が多ければ多いほどいいというのは納得のいく話ですね。

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