小学校への移行

次に、今福氏は「現代の学校・家庭が抱える課題」について、児童期から青年期の発達から考えています。まず、「10の姿」も保幼小の連携の一環として作成されていますが、そもそも保幼小の連携にはどのような目的があるのかということについて考えを述べています。主には、保育所・幼稚園から小学校への円滑な移行があげられていると言います。また、乳幼児教育と小学校教育について、教員がお互いをよく理解して教育につなげることも目的の一つであると言います。

幼児教育と小学校教育の段差によって生じている問題に「小一プロブレム」ということがかなり前から話題になり、問題になっています。小一プロブレムとは、「小学校に入学した一年生が、学校生活に適応できないために起こす問題行動のこと」と今福氏は説明しています。具体的には、小学一年生の児童において、集団行動をとれない、授業中に席に座っていられない、先生の話を聞かないなどの状態が継続することをいいます。

小一プロブレムの原因としては、文部科学省によると、自分の感情を制御する能力が身についていないことなどが考えられるそうです。それには、保育所・幼稚園から小学校という学校移行を経験することによる環境の変化もあると考えられます。遊びが中心であった保育所・幼稚園の生活から、静かにじっと座って先生の話を聞く生活に移行することで、ストレスをため込みやすくなると今福氏は考えています。そこで、彼は学校移行が円滑に行われる環境づくりを行うことが望まれると言います。

また、いじめ問題も深刻です。いじめの認知件数は、中学校や高等学校に比べて、小学校が最も多くなるそうです。いじめとは、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う、心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」と文部科学省は定義づけています。つまり、いじめに該当するかどうかは被害者がいじめと感じているかどうかによるのです。

いじめの種類を文部科学省の統計からみると、小学校における認知件数では、「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」が19万4848件、「軽くぶつかられたり、遊ぶふりをしてたたかれたり、蹴られたりする」が7万3435件、「仲間はずれ、集団による無視をされる」が4万5362件です。暴力による身体的いじめよりも、ことばや仲間はずれによる社会的・精神的いじめが多いようです。

社会的・精神的いじめによる苦痛のことを「社会的痛み」といいますが、この苦痛は、身体的痛みと同じ神経基盤をもつそうです。コンピュータ上で、仮想的にいじめのような状况をつくり、実験が行われたそうです。このサイバーポール課題では、参加者はほかのプレーヤーにボールを投げてキャッチボールをします。しかし、ある条件では、ほかのプレーヤーから参加者にボールがこない、「仲間はずれ」の状況が起こります。このとき、参加者は社会的痛みを経験しますが、身体的痛みを経験したときと同じ脳領域である、前部島皮質や前部帯状皮質)が活動するそうです。ことばや仲間はずれによるいじめは、身体的いじめと同様の影響を及ぼす可能性があるということがわかりました。

小学校への移行” への8件のコメント

  1. 小一プロブレムの問題にありました「自分の感情を制御する能力が身についていないことなどが考えられる」ですが、エモーショナルコントロールが敏感になる1歳前後の影響もあるのでしょうかね。その時期に他の子と何らかの違いがある環境下に身を置いていた可能性もあのでしょうか。幼児期から小学校へと繋がる段差に問題があると多くの人が感じていながらも、具体的な公の対応をしてこなかった中、2020年に全面実施となっていく小学校の学習指導要領が変革を起こしてくれるかもしれませんね。乳幼児期でも、今回の改定によって子ども観が大きく変化したように思いますし、この機会に「教育」全体が良い方向へと向かえばいいですね。

  2. 劣悪な人間関係はやはり、嫌ですね。特に、いじめの関係。「いじめの認知件数は、中学校や高等学校に比べて、小学校が最も多くなるそうです。」保育園こども園幼稚園の先に小学校があることを考えると、いじめ問題の源流は保こ幼の環境にあるのかもしれません。スクールカーストという言い方があるようですが、この源は保こ幼にあるのでは、と思ってしまいます。いじめられる人は、やり返せない、常にやられっぱなし、・・・なんだかそんなイメージがあります。いじめられないためには、就学前のこども同士の関わりの中で下に置かれず、対等に付き合うということが大事になってくると思うのです。つまり、しっかりと自己主張しあう。もちろん言いっぱなしではいけません。相手の言い分をしっかりと聞くことが大切です。こうした訓練ができる就学前施設である必要があります、子どもたちにとって。

  3. 昔は人間関係で悩んでも自然が側にあって、自然に癒されることで心が保たれていた、その割合は50/50だった、現代は自然に癒されるという体験が日常の中に殆どない為に人間関係が100%を占めている、という話を耳にしました。いじめている側もいじめられている側もやりどころのない思いをどうにかしようとしている現代社会なのかもわかりません。ですが、いじめることは絶対にいけないことです。小一プロブレムの中で「自分の感情を制御する能力が身についていない」と挙げられていますが、人間関係についてもそれが反映されてしまうが故に、抑制できない思いを人にぶつけてしまうのかもわかりません。

  4. いじめのことが書かれてありましたが、教師が教師をいじめていたというニュースがあり、タイムリーな話題になりますね。そんな中での教育はいい環境だとはとても言えないと思います。いじめをしない、あわないためにはどうすればいいのか、課題だと思いますが、しっかりとした自己主張ができること、もその抑止の一つではないかと思います。自分たちの保育では、0歳の頃から自己主張ができる環境にあります。それこそ、ミルクを飲む、飲まない、どれくらい飲むといったものから、どのおもちゃで遊ぶか、というものまで、さまざまな場面でそれはあります。ですが、そうではない大人から与えてもらうものばかりでは、そういった自己主張しないまま小学校に上がり、そこで今までとのギャップに戸惑うことがあるように思います。どのような修学前教育が今の時代に合ったものであるのか、自分たちはしっかりと考えなければなりませんね。

  5. 「社会的痛み」は「身体的痛み」を経験したときと同じ脳領域が活動するのですね。いじめの問題はいつまでも収まる兆しすら見えませんね。小1プロブレムも今とてもよく聞く内容です。また、最近では「中学ショック」という中学入学とともに小1プロブレムのような問題が起きているとも聞きます。また、その原因が「自分の感情を制御する能力が身についていないことなどが考えられる」というのは考えさせられます。この文章を見ていると藤森先生の言う「emotion control」が書かれている「脳の成長」の図を思い出します。この「感情を制御する能力」の部分につながる成長は乳幼児期にあるというのを知ると決して対岸の問題ではないということがわかります。学校へのスムーズな移行は小学校だけではなく、乳幼児期を預かる保育園や幼稚園、こども園もしっかりと目を向けていかなければいけないのだと思います。そして、そのためには多様な子ども社会や関わりを中心とした保育が求められますし、そのため、保育の見直しも必要になってくるのだと思います。そのため、今福氏が言うような研究が保育の見直す一つの契機として注目していかなければいけませんね。

  6. 殴ったこぶしの痛みはすぐに消えても殴られた側の心の痛みは一生消えない、といったフレーズを漫画やドラマなどでよく目にしますが、傷が目に見えないぶん治るといった定義が生まれないため精神的な苦痛は肉体的な苦痛よりもひどいものなのかもしれませんね。治療する側も完治の定義がないぶんケアには細心の注意を払うでしょう。

  7. 「身体的痛みを経験したときと同じ脳領域である、前部島皮質や前部帯状皮質)が活動するそうです。ことばや仲間はずれによるいじめは、身体的いじめと同様の影響を及ぼす可能性があるということがわかりました」このようなことが科学的に分かってきているのですね。身体的痛みとは違い、精神的な痛いみは外傷がないので、周りには分かりにくいですし、被害を受けた子がどれだけ苦痛だったかというのもなかなか見えづらい部分もあるのかもしれません。しかし、だからこそ適切にフォローし、対応していくことが求められるように思います。

  8. 長男がこの4月から小学校へ進学しました。以前から先生の話でも「小1プロブレム」は聞いていました。自分の小学校1年生の時を思い出してみると、生徒が授業を聞けなくて問題行動を起こしていたイメージはなく、全員が座って授業を聞いていたと思います。しかしいつの間にか、そういう問題が起きてしまっていることに驚きですが、これはどうにかしないといけない問題です。そしてイジメ問題も同様ですね。これらの問題がどうして起きてしまうのか?根本を考えないといけないときに、やはり乳幼児教育の見直しだと思います。今回改定されて書かれた「10の姿」によって教育が少しでも良い方向に向かって欲しいと思います。

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