周産期

次に今福氏は、早産児において視聴覚統合処理がどのように発達するのかを説明しています。また、当該能力の個人差はことばの発達と関連するのかどうかも考察しています。今福氏らは、この問いに答えるために、修正齢6ヶ月の早産児と満期産児を修正齢12、18ヶ月まで追跡調査し、一致発話と不一致発話を左右に並べ、視線計測装置を用いて赤ちゃんの視線反応を調べたそうです。その結果、満期産児は6ヶ月児と18ヶ月児の時点で一致発話を選好したのに対し、早産児では全般的に一致発話への選好がみられなかったそうです。この研究は、修正齢8ヶ月でもなお、早産児では発話の視聴覚統合処理が特異である可能性を示していることになります。
この調査には続きがあります。一致発話への選好割合には大きな個人差があるのがわかりました。今福氏らが、この選好割合とことばの発達の関連を調べたところ、早産児と満期産児のどちらのグループでも、6ヶ月の時点で一致発話を選好した児ほど、1歳と1歳半の時点で理解できる語彙数が多いことがわかったそうです。修正半年の時点で、他者から語りかけられる際の視聴覚統合処理機能の評価によって、ことばの発達リスクを早期に特定できるとすれば、早産児に対する早期からの発達支援に活かせる有効な指標となるかもしれないと今福氏は考えています。では、なぜ、早産児は口形と音声が一致した発話を選好しない傾向にあるのでしょうか。早産児は、脳が急速に発達する周産期に、早産児は、脳が急速に発達する周産期に、NICUで人工的な光や音、痛みなどの刺激にさらされます。このような経験は、脳の発達に負の影響を及ばすと考えられると言います。たとえば、出生予定日の時点の早産児と満期産児を対象に、対乳児発話を聴取したときの脳活動を、NIRSを用いて計測した研究があるそうです。その結果、早産児は満期産児に比べて、対乳児発話に対して右側頭皮質の脳活動が低く、左右の側頭皮質の機能的結合が強いことがわかったそうです。このような言語音声に対する特異な聴覚情報処理特性が、発話の視聴覚統合処理の発達に影響した可能性が考えられると言います。
また、話者の顔に対する注視時間を分析したところ、満期産児に比べて、早産児は顔を見る時間が短いことがわかったそうです。話者の顔を見る経験は、視聴覚統合処理の発達と関連することが指摘されています。たとえば、文化的に相手の顔を見ない傾向にある日本人では、アメリカ人に比べてマガーク効果が起こりにくいようです。マガーク効果とは、以前に出てきましたが、視覚情報「が」と聴覚情報「ば」が同じタイミングで提示されたときに、提示された聴覚情報とは異なる音韻「だ」を知覚する現象のことです。この効果が、早産児は話者の顔を見る経験が少ないために、発話の視聴覚統合処理の発達が特異であるのかもしれないと今福氏は考えています。
早産児における発達の脆弱性や精神病理のメカニズムについて、その影響要因がいくつか議論されているようです。早産は、遺伝要因、分娩合併症離、その他の要因として、母体の肥満度の指標であるBMI、飲酒、喫煙、高齢出産などの複合的な原因によって起こるとされています。たとえば、BMIが20以下の痩せ傾向の女性の場合、正常体重の女性に比べて、自然分娩で早産に至るのは1.32倍、低出生体重に至るのは1.64倍だったそうです。

周産期” への6件のコメント

  1. 「満期産児に比べて、早産児は顔を見る時間が短い」というように、言葉の発達が口や音に関する興味関心の前より、「顔」を見る時間の異なりがあるということは大きな違いであるように感じました。言葉を促すには、まずは、発話者に、また「顔」に注意を向けることが必要になってくるのですね。そして「文化的に相手の顔を見ない傾向にある日本人」という視点が印象に残りました。確かに、他者からじーっと見られるとなんだか違和感を抱くのは文化的背景があったからなのですね。それと同じように、国民性はありますがよく人と話す外国の方は、相手の顔をじーっと見ている時間が多い印象があります。それは「社会性」とも関連しているということはないでしょうか。日本人が見知らぬ人と話すことに抵抗を感じるのも、「マガーク効果」が影響しているのかもとも感じました。

  2. 早産児にしても低出生体重児にしても、どうやら満期産児と比べてハンデを負って生まれくることがわかります。そして前回のコメントに再掲したように今回のコメントでも「早産児は、脳が急速に発達する周産期に、早産児は、脳が急速に発達する周産期に、NICUで人工的な光や音、痛みなどの刺激にさらされます。このような経験は、脳の発達に負の影響を及ばすと考えられる」という部分を再掲します。生かすべくしてNICU入りなのでしょうが、その結果「脳の発達に負の影響」を及ぼされる羽目に陥る。前回同様、何と言ってよいかわかりません。こうした医療が発達していなかった時代、早産児や低出生体重児は生きられなかったのかもしれません。かつてと比較して赤ちゃんが死ななくなった時代を迎えています。その分、多様な赤ちゃんそして人間がこの世に現れることになりました。一人ずつの生を支えられる多様な仕組みづくりが今後ますます望まれることでしょう。

  3. 前回からの早産児に対する行きていく上でのリスクが挙げられています。ですが、医療が進んでいなかった頃は早産や低体重で生まれてくる赤ちゃんは死亡のリスクが今よりも格段に高かったことでしょう。生きる可能性が増えるがリスクは残る…。なかなか難しいものです。漫画ですが、出生を隠すためにお腹に20ヶ月いた子どもが大人になっているというのがありました。ずっとお腹にいることも何かのリスクがあるのでしょうか。関係ない話になりましたが、頭に浮かびました。

  4. 昨日の塾で、子どもをすぐにMRIで検査したがる親がいるということでしたが、改めて危険な行為であることがわかります。過保護であることが危険であることの具体例のようにも思えてきますが、そういう危険に晒してまで得たい安心というのは一体何なのでしょうか。現場に居合わせた友だちの、または、保育者の証言を信じず、その情報から診た看護師の診断を信じず、そしてもう泣き止んだ子どもの姿を信じない、そういう精神であるとMRIの検査結果にも疑いが持ててしまいそうで、本当に治すべきものは何なのか、と思えてきてしまいます。

  5. 赤ちゃんというのは自分の体が出産に耐えうる状態かを把握していて、ここしかないというタイミングで陣痛を促すホルモンを赤ちゃん自身で出している、という話を聞いたことがあります。そうして生まれる前から選択をして出てくるはずが、予想もしてないタイミングで無理矢理外界に出されたらそれは発達の脆弱性が出ても当たり前ですね。私たち大人には出産を経て子供が外に出てくる前からたくさんできることがあるのですから最善を尽くさなければなりません。

  6. 母親の胎内にいる環境とNICUといった人工的な環境とでは、環境が大きく違うでしょうし、脳の発達においても違いが出てくるでしょうね。人の発達はそれほど環境における影響を受けているということもよくわかります。その時期に応じて適した環境になるような進化を遂げてきたでしょうし、胎内での十分な発達は生まれた後の成長にも大きく影響するのですね。マガーク効果というのは初めて聞きました。話している相手の顔を見ない傾向にある日本人と、その逆のアメリカ人との間にも違いが出てくるのですね。見ようによっては日本人はそれほど聴覚情報に頼る割合が多いということになるのでしょう。ましてや、早産児の場合においてはそれ以上に視聴覚の知覚というのは大きく違うでしょうから、より特異な発達になっていくでしょうね。こういったことにおける対象法というのはないのでしょうか。修正齢によって発達に合わせるような形で近づけていくことしかできないのでしょうか。生まれ来る時期とその環境との相互作用をどうしていくことが適切なのか。今の時世的に早産の子どもの出産は多くなっている中、保育においてもどうアプローチができるのか考えさせられます。

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