話者の口

ルコウィッツらは、赤ちゃんがことばを産出するようになると、話者の口を注視する動機づけが高まると考察しているそうです。喃語期の赤ちゃんは話者の口に注意を向けることで、結果としてことばを効果的に学習すると考えられると言います。また、成人では相手の感情や意図が反映される目を見ながら、コミュニケーションをしているといえそうです。

実際に、乳児期の発話知覚の個人差が、ことばの発達と関連することも示されています。ヤングらは、生後6ヶ月の定型発達児と後に自閉症の診断を受けた児を対象に、お母さんとの相互作用場面において、お母さんの顔に対する注視パターンと、その後のことばの発達の関連を調べました。その結果、生後6ヶ月のときにお母さんの口をより長く見た赤ちゃんは、24ヶ月児の時点で理解や表出することのできることばの数が多かったそうです。また、生後6ヶ月のときにモニター上の話者の口を見る時間が長かった赤ちゃんは、12ヶ月児の時点で理解できることばの数が多いことが明らかになっています。以上の知見は、乳児期に話者の口を注視することが、ことばの発達に寄与している可能性を示しています。このように相手の口の動きと音声を統合処理する能力は、社会的認知の基礎であり、対人コミュニケーションにおいて重要なのです。この研究結果は、保育をするうえで参考になるとともに、気をつけなければならないことを教えてくれます。

次に、今福氏は、どのようなしくみで音声を知覚しているのかを説明しています。一つの仮説として、音声知覚は、感覚情報を自分の運動の表象(イメージ)に対応づけることでなされる、というものがあるそうです。この立場に立つのが、音声知覚の運動理論だそうです。この音声知覚の運動理論では、音声の知覚は、自分の口の動きの表象(イメージ)と、外部から入力された音声を比較照合することでなされると考えます。

近年、この理論を支持する神経科学研究が数多く行われているそうです。脳内情報処理の観点からこのことを見てみると、発話知覚のしくみはこのようになっているそうです。その内容は、脳の内部のことであり、私たちにとっては、とても難しい説明になります。特に脳内のさまざまな部位の名前は実感としてはイメージしにくいものですが、大体どのようなことなのかを理解してもらえればと思います。

今福氏の説明をみてみましょう。発話の情報は、複数の脳の領域が一緒に働くことで知覚処理されるのです。この処理の経路には、脳の下側(腹側経路)を通るものと上側(背側経路)を通るものがあるそうです。腹側経路は、発話に含まれる顔や身体運動などの視覚情報と音声の聴覚情報の知覚や、意味の認識にかかわっているそうです。背側経路は、発話の情報を自分の音声を発するための運動である調音の表象(イメージ)に結びつける働きにかかわりがあるそうです。このように、発話知覚の際には視覚や聴覚だけでなく、運動にかかわる脳の部位が連結して情報処理を行っているのだそうです。

今福氏は、いつから運動が発話知覚に関与するようになるのかを説明しています。それは、とても興味深いことだと言います。4~5ヶ月児は、自分の口の形が知覚した音声と同じ状態で発話映像を観察した場合に、例えば、「い」なら口を横に開いた状態です。「う」なら唇を突き出した状態です。これらの映像を観察した場合に、自分の口の形と一致した音声を発話する話者に対して、不一致の音声を発話している話者よりも注視時間が短いことが明らかになったそうです。

話者の口” への6件のコメント

  1. 言葉を効果的に学習するために、喃語期の乳児は話す人の口を見ることが有力ということで、乳児の視線が口元にいっている時は、意識しなくてはいけません。過去を振り返ってみると、乳児がいる空間で読み聞かせをしていたとき、ふと乳児と目が合ったり絵ではない場所を見ていることがあったと記憶しています。それは、口元なのかはたまた別の場所なのかは定かではありませんが、読み聞かせであっても、絵ではない場所を見つめるというのは、本文を読んでいると間違いなさそうですね。

  2. 〝乳児期に話者の口を注視することが、ことばの発達に寄与している〟とあります。ことばを獲得するために新生児が自発的に行っているこの行動が、発達に関係しているということは子どもは今、話者のどこをみれば参考になるのかという、自分の内側のことというか、自分がどうすれば次のステップに役に立つのかということを理解しているということになります。大人より子どもの方が自分のことが分かっているのですね。

  3. 今回のブログからわかることは、赤ちゃんへの言葉かけは、口の開け方と音との連関を赤ちゃん自身に知らせる行為、だということです。そして、とりもなおさず、視聴覚が脳内細胞に働きかけ、あるいは脳内神経ネットワークに作用し、結果として、シナプスの刈り込み等に発展するのだろう、と推測されるのです。赤ちゃんにおける母語獲得のプロセスを知ることができました。赤ちゃんに語りかける時は、赤ちゃんの顔をしっかりと見て、口の開け方を意識して、語りかけることが大切なのですね。「保育をするうえで参考になるとともに、気をつけなければならないことを教えてくれます。」このことは殊の外重要な気がします。言語獲得はホモサピエンスにとって大切なことであります。口の開け方、もしかすると口の周りの筋肉の動かし方、を赤ちゃんは凝視し、言葉というものを身に付けていくのでしょう。

  4. そもそも人はなぜ模倣をするのでしょうか。もちろんそれがとても効率のいいことであるのはわかっているのですが、人間は本能的に自分とは違うDNAを持った相手を好きになり子孫を残していくという話を聞きました。であれば、行動も模倣せず独自のものを生み出していく方がより個体差が生まれ、多様性で溢れるような気もします。

  5. マスクをする、しない、ということでも保育の専門性を語ることができるという点に、改めて学ぶことの奥深さを感じます。勿論、乳児にとって大切なことは幼児にとっても大切なことであり、それぞれの振る舞いが見る人間にどのように映るのか、そして、どのように映ったとしてもそれを納得させられるような言葉を紡ぐことができるのか。現場にもある戦いに、理論武装をすべく先生のブログを読んでいることに改めて気づかされる思いがします。

  6. 「自分の口の形と一致した音声を発話する話者に対して、不一致の音声を発話している話者よりも注視時間が短いことが明らかになったそうです。」とあります。視覚と聴覚から得た情報とともに自分の口の形を体感することで、言葉の習得をしているのですね。視覚と聴覚だけではなかなかそれが正しい発声につながるのか?注視する視点はどこにあるのか?ということを思っていたのですが、やはり自分自身の体感をもとに注視する話者を選んでいるのですね。また、その話者の対象になるのは母親が多いのでしょうが、家庭の中で母と子の一対一では発話の遅れなどは多くなるのでしょうか。保育施設では様々な大人も子どももおり、実に多様です。いろいろな人との関わりのなかで赤ちゃんは刺激を受けながら言葉の習得を行っているのであれば、やはり教育機関の重要性はとてもありますね。それほど赤ちゃんは周りの環境にアンテナを張って、貪欲に学んでいるのですね。

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