神経発達症

今福氏は、赤ちゃんの社会性の成り立ちについての考察の最後に、不注意や行動の抑制がむずかしいなどの症状によって、間接的に対人関係に問題が起こる可能性を述べています。

注意欠如・多動症(ADHD)は、その一例です。ADHDは、12歳以前に、忘れ物が多い、片づけや整理整頓が苦手などの不注意、落ち着いてじっと座っていられない・静かにできないなどの多動性、順番が待てない・気に障ることがあったら乱暴になってしまうことがあるなどの衝動性の症状が、6ヶ月以上続くことに特徴づけられる神経発達症の一つだと今福氏は説明しています。

ADHDには、①不注意優勢型、②多動性ー衝動性優勢型、③①と②が混在した症状を示す混合型の三つのタイプがあり、それぞれ重症度が三段階に分かれて診断されます。不注意優勢型は、注意や集中を保つことが困難で、必要なものに対して継続的かつ選択的に意識を向けることがむずかしいことがあります。多動性ー衝動性優勢型は、じっとしていることが苦手で、衝動的な行動をとる傾向があります。

ADHDは、神経生物学的な観点から、どのように理解できるかを説明しています。ADHD者では、前頭前皮質を中心とする実行機能と、眼窩前頭皮質や線条体を中心とする報酬系の機能の低下が指摘されていそうです。

実行機能とは、目標のために行動や感情を制御する能力のことで、①行動を抑制する能力である「抑制」、② 注意や行動を切り替える能力である「切り替え」、③情報を保持しながら操作する能力である「更新」、の三つに大別されます。また、報酬系については、後に訪れる大きな報酬である遅延報酬を指向して、目先の小さな報酬に対する欲求を抑えた行動ができるかどうかが問われます。ADHD者では、実行機能と報酬系にかかわる行動で失敗してしまうことが多くあるようです。

ADHDの特性は、保育所や幼稚園などの集団行動をする場面で顕著にみられるようになると言われています。不注意や衝動性などの一次的な問題を一次障害といいますが、この問題によって、集団行動がとれないことがあります。また、ADHDの子どもでは、周囲の子どもたちと協調して遊ぶことがむずかしいために仲間外れに遭いやすかったり、保育者に怒られたりすることで、自己評価の低下を招く可能性もあると言われています。このように一次障害が原因で起こる問題を二次障害といいますが、私たち大人は、孤立やいじめ、自己肯定感の低下などの二次障害を防ぐ必要があります。保育園、幼稚園などでも特にここに気を付けなければならないのです。

集中がむずかしい子の場合は、その子の周りに無駄な刺激を置かないようにしたり、一日の予定を視覚的に提示するなど、環境設定をすることができます。また、社会や生活での行動をうまくできるように、紙芝居や遊びを用いたロールプレイなどを通じて、対人関係をうまく行うための技能を身につけるソーシャルスキルトレーニングなどがあります。大切なことは、日常生活で子どもがストレスを感じないように、その子の特性を理解して物理的環境を整えたり、かかわり方を工夫することだと今福氏は言います。

これまでみてきたように、ヒトの社会性は長い進化の過程で獲得されてきました。また、複雑な社会性を支える社会脳は、さまざまな脳領域から構築されていました。ヒトの社会性の発達とその個人差による多様性を理解して、子どもたち一人ひとりに適切な環境とは何かを考えていく必要があると今福氏は提案しているのです。

神経発達症” への6件のコメント

  1. 現在、3・4・5歳児には注意欠如・多動症や自閉症スペクトラムを含む4人の障がい児がいます。先生方は、その子達を理解しようと試行錯誤しています。「大切なことは、日常生活で子どもがストレスを感じないように、その子の特性を理解して物理的環境を整えたり、かかわり方を工夫すること」とありました。その子達が起こす問題行動は、ストレスがある状態であること、特性が邪魔になってしまう環境であること、人と関わろうとすることを促さない人間関係になってしまっているのだろうなぁと感じました。例えば、ADHDの子は「片づけや整理整頓が苦手」という特性があるということで、片付けに対して多くを求めてはいけないこと、「注意や集中を保つことが困難」という特性は、話を聞かないのではなく聞きにくいと理解すれば、少しでも環境を変えてみたりとか、言葉かけの種類が変わってくるだろうなと思いました。

  2. 人間の社会は多様な一人ひとりから成り立っています。「ヒトの社会性の発達とその個人差による多様性を理解して、子どもたち一人ひとりに適切な環境とは何かを考えていく必要がある」このことに尽きるような気がします。ADHDと診断されている子のことが例として出ています。私たちは一言ADHDとしてしまいますが、最近はスペクトラムという語が使用されるように、ADHDにも様々な色合いがある、ということでしょう。私たちだって、人それぞれ違っています。ある人から見れば、私自身、何か偏って見えるかもしれません。「個人差による多様性」そして「適切な環境」を構築する、しかも具体的な取り組みが期待されるのでしょう。お片付け、ということ一つを取ってみても、容易に取り組める子、取り組めない子がいる。大人社会だって、気が付く人もいれば気づかない人もいる。できれば、まぁ、そういうもんだ、としていきたいものです。

  3. 〝大切なことは、日常生活で子どもがストレスを感じないように、その子の特性を理解して物理的環境を整えたり、かかわり方を工夫すること〟とありました。このような子どもたちを前に、自分たち大人が保育のやりにくさを感じたりすることも確かにあります。ですが、子どもたちも同じように困っているんだと思うようにしています。お互いに困っているから、何か解決策を探ろうと考えるようにしています。話を聞かないのではなく聞けないのだと考えると、どうしたらいいのか考える方向に行くのではないかと思いました。

  4. このブログや研修会などでなまじ知識をつけると、保育室に入り自分が担任をもつ子供や他のクラスの子供を見ているとき、落ち着いて遊んだり会話を楽しんだりしている子供とは明らかに違う、何度言っても走り回ってしまう子供や集中が続かずおもちゃを散らかすだけ散らかして去っていく子供たちをみて、もしかしたら何かしらの発達障害を持っているのではないかと思いたくなってしまう自分がいます。もちろん、それを診断できるだけの専門的な知識は持ち合わせていませんし、走り回ったり集中が続かない子には私が思い付く以外のなにか他の要因があるとはわかっていますが、逃げ道を作ろうとしてしまいます。

  5. 皆と同じ行動をとるべき場面でとれない子にかけてきた言葉の数々を反省します。そして明日、同じ場面でどのように振る舞うべきなのかを考えたいと思います。それについて、専門的な見地からアプローチをしたことがもしかしたら僅かだったかもわかりません。「自己評価の低下を招く可能性もある」自分の言葉や態度がどのような影響を与えているのか、知っているようで本当にはわかっていないのかもしれません。そんな反省と改善の毎日を来る日も来る日も何も言わずに受け入れてくれている子どもたちに、今改めて感謝の気持ちが湧きます。

  6. ADHDなどの発達障害を持った子どもやいわゆる「グレー」といわれる子どもたちは最近増えてきているといわれています。そういった子どもたちに対するアプローチというのも当然重要になっていますね。そのためには、その子自身がどう発達していて、今どの状況になるのかといった特性を知ることはとても重要なことですね。また、自己評価の低下を招く2次障害というのは確かに気になります。以前、自園が一人担任制で保育を進めていた時にはやはりこういったことは多くあったように思います。一人ですべてをしなければいけなくどうしてもそういった対処でしかできないかったというのが現状なのでしょう。しかし、チーム担任制、異年齢での保育に変えていくなかで、全体を見るようになると、そういった子どもたちに対しても対応できるようになる余裕が生まれ、関わりを変えることで落ち着いてきたように思います。その様子を見ても、やはり人は多様性のある社会の中で過ごすことが必要であり、その子自身で発達にあった子どもを探すことや関わることの経験はとても重要なのではないかと感じました。「適切な環境」ということをどう捉えるかはとても難しいですが、その中心に子どもがおらねば作れないということが重要ですね。

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