目と口

面白いことに、生後6ヶ月の赤ちゃんは発話が視覚情報のみで提示されても、母語と非母語を区別することができるそうです。このことは、発話の口の動きが、言語を区別するのに十分な情報を含んでいることを示していると言います。また、発話知覚の発達は、生後早期からの視覚経験に依存すると考えられています。たとえば、生まれたときに何らかの影響で目が見えず、視覚経験がない場合には、発話知覚が正常に発達しない可能性があることがわかっているそうです。生後5ヶ月の間、先天性両眼白内障のために視覚経験のなかった患者は、健常者に比べて、発話を知覚する能力が弱いことも知られているそうです。

では、発話知覚は、いつ、どのように発達するのでしょうか。新生児期から発話に含まれる視聴覚情報の一致性を検出することができるそうです。アルドリッジらは、生後4~33時間の新生児が発話の視覚精報が一致した映像、たとえば、「あ」を発声するときの口の動きと「あ」の音声を、不一致の映像、たとえは、「あ」を発声するときの口の動きと「い」の音声に比べて好むことを明らかにしたそうです。このように、発話に含まれる視聴覚情報が一致、または不一致していることを区別する能力は、すでに新生児期からみられるようです。ただし、発話知覚の能力は、経験の期間である月齢とともに発達すると言われています。

2~4ヶ月児では、発話の視聴覚情報が時間的にずれているよりも、一致している話者の顔をより長く見るそうです。同様に、2~5ヶ月児は、「あ」や「い」などの口の動きと音声が一致している話者を長く注視するそうです。また、マガーク効果は、生後5カ月の赤ちゃんですでに確認されているそうです。これらの知見は、ヒトが生後早期から発話に含まれる視聴覚情報の一致性を検出する能力をもち、生後半年頃には発話の視聴覚情報を統合処理できるようになることを示していると言われています。

近年、発話知覚がことばの発達に重大な役割を果たすことを示す研究成果が次々と報告されているようです。音声が聴覚情報のみの場合よりも、視聴覚情報の場合、つまり情報量が多いほど、音韻や語彙を示すことばの獲得がより効率的になると言われています。そこで、今福氏は、発話知覚の個人差は、乳幼児期の音韻や語彙の獲得とどのように関連するのかを考察しています。

ルコウィッツらは、4,6,8,10,12ヶ月児、および成人が、物語の一節を朗読している話者を観察しているときの視線反応を、視線計測装置を用いて記録、分析しました。その結果、4ヶ月児は話者の目を長く注視した一方で、6ヶ月児から10ヶ月児にかけて、赤ちゃんは話者の目よりも口を長く注視するようになることがわかりました。一方で、成人は話者の目を長く注視していました。ぜひ、園でよく話しかけた赤ちゃんの視線を観察してみてください。話し手の口を見つめるのか、目を見つめるのか、ほんの少しの時期の違いによって変わってくるということは、面白いですね。

なぜこのような違いがみられるのかというと、母語の音韻知識を急激に獲得していく生後1年間で、話者の口に注目する時期があることを示していることになります。それは、赤ちゃんは、音声の情報だけでは不十分なために、口を見ることで補っているのかもしれないと今福氏は思っているようです。

目と口” への6件のコメント

  1. 赤ちゃんとお母さんだけで一日を過ごす。都会でも田舎でもこのことが一般化しています。新生児の言語獲得の様態を知るにつけ、多様な人々の間で赤ちゃんが暮らしていくことが大事だと気づきます。言葉の習得につけても、テレビやスマホを見せて育てることの危険性を感じてしまいます。「2~4ヶ月児では、発話の視聴覚情報が時間的にずれているよりも、一致している話者の顔をより長く見るそうです。」この指摘によりその危険性に気づくのです。発語に表情が伴うと、感情と言語が結びつきます。そして人間独得の表現が出てくるのですね。時代劇をテレビで観ていると、たいてい赤ちゃんはご近所さんなど大勢の中で育っていることに気づきます。自分自身もそういう育ち方をしておりますし、わが子も同様です。ところが、赤ちゃんとお母さんとだけで一日を過ごすことにも驚きますが、ある保育園の場合は、一人の特定の先生とだけで過ごすそうです。正直驚かされます。言語発達は人間として生まれてきた以上マストな課題です。安心できる様々な人々がいる中で赤ちゃんは育つ必要があることが今回のブログを読んでもよく理解できますね。

  2. 目は口ほどにものを言うことを本能的に理解している時期が、赤ちゃんにあったのですね。4カ月児は、相手の目を見ることによって、何を知ろうとしているのでしょうか。成人であれば、目の泳ぎ方などから真実を語っているかを把握できる人もいると思いますが、赤ちゃんがその情報を知れたことで何かアクションを起こせるのか疑問です。しかし、話している時に“何を見ているのか”を把握することで、その言葉の重みは変わってくるかもしれませんね。相手が、どのくらいの尺度でその言葉と向き合っているのか、4カ月児はすでに把握していかもしれませんね。

  3. ちょうど今日の午前中に8ヶ月児と9ヶ月児に「あ」「い」「う」「え」「お」とゆっくりと何回も聞かせて、見せてとしてみました。ここに書かれてある通り、はじめは「何事?」という感じで目が合っているのですが、視線が口の方にいっているのを感じました。すごい。まさにタイムリーな話題でした。ことばの獲得には目からの情報も必要になるということで「目は口ほどに物を言う」という言葉を赤ちゃんは本能で知っているのですね。はじめに目を見つめるあたり、ことばの裏にある心理も覗いているのでしょうか。そして、その心理に気がついた時、赤ちゃんはどのような行動を見せてくれるのでしょうか。そのように探っていくと面白いことになりそうです。

  4. 赤ちゃんが語彙や音韻を獲得するためには視覚情報が大事ということですが、絵本の読み聞かせはどうなのでしょうか。全く口許の動かない絵本を話者の口元が見えない状況で行うわけですが、赤ちゃんにとって悪影響はあるのでしょうか。様々な言葉に触れてもらうために、様々な物語を知り感性を豊かにするために読んでいる絵本が実は悪影響を及ばすかもしれないとなると、他にもそのようなことがあるかもと保育を見直していかなければなりません。

  5. マスクをつけている人を見ると、その奥で笑っていることは少ない為か、無口で、冷淡なイメージになるように思われますが、それは口元が視界に入ってこないからということがわかりました。満員電車で思わずマスクをしてしまいますが、もしかしたらこれも現代特有の細菌について気にしすぎなせいなのかもわからず、でもだからと言って咳をしている人の横はやっぱり気になったりして、せめて目元だけは笑っていようと思う次第です。そう思うと、保育中のマスクについても考えさせられるものがあります。

  6. 赤ちゃんが言語習得する中で、音声と視覚情報の情報を基に言語を習得しているということがわかってきました。しかし、幼児期から入園の子どもと乳児期から入園した子どもとはなぜ語彙に差がどこにあるのだろうかと思います。単に視覚と聴覚だけの問題であればテレビなどでも視覚と聴覚を使って人の話す様子は今の時代で見ることはできるだろうし、学んでいることはできるのではないかと思います。しかし、やはり子ども集団や複数大人がいる集団の中にいることのほうが、より口元を注視する機会が多くなるであるでしょうし、母親と二人だけの環境よりはより生の関わりが多くなることのほうが、習得した言語を使用する機会はより多くなるだろうことがわかります。また、テレビ以上に人との生の関わりのほうが情報量はおおいでしょうし、より正確な音声を習得することが可能になるのだと思います。赤ちゃんに声を掛けることや話しかけることは関係づくりをするだけではなく、言葉を学ぶということにも大きく関わってきますね。

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