向社会行動を促す

向社会行動とは何かはわかりましたが、では、どのような働きかけが子どもの向社会行動を促すのでしようか。養育者の子どもに対する声かけは、共感の発達に寄与しますが、向社会行動にも有効であることがわかってきたと言います。養育者が子どもに絵本の読み聞かせをするときに、「この男の子は幸せだよ」「この女の子はどのような気持ちかな?」など、登場人物の感情について言及をすることがあります。生後18ヶ月と24ヶ月の幼児を対象とした研究では、養育者が子どもに登場人物の感情を考えさせるような問いかけを多くするほど、その子どもは援助行動や分配行動をする傾向にあったそうです。子どもの共感を促す養育者のかかわりが、向社会行動の発達にも重要のようだと今福氏は言います。

向社会行動の発達を考えるうえで、もう一つ興味深い現象があります。他者と動きを合わせる経験をすると、幼児は援助行動をより高い頻度でするようです。また、自分の行為と同じ行為を相手が真似することを逆模倣といいますが、たとえば、18ヶ月児は、相手から逆模倣をされると、困っている人をより多く助けるようです。14ケ月児では、目の前にいる相手に自分で動きを合わせるのではなく、大人が抱っこして動かしても、子どもはその相手に対して援助行動を多くしたそうです。

なぜ、このようなことが起こったのでしょうか。その理由については推測の域をでないそうですが、身体の動きを相手と合わせることで、自分と相手の関係に変化が生じた可能性があるのではないかと考えられているそうです。つまり、相手に対して「同じ集団の帰属関係である」という感覚が芽生えると言うのです。また、カメレオン効果として知られるように、自分の表情やしぐさ、姿勢などを相手に真似されると、相手に対してポジティブな印象を抱くようになるそうです。このようなしくみによって、同じ動きをした相手に向社会行動をするようになったと考えられています。

この現象は、児童期においてもみられるそうです。8~9歳の子どもが、小学校のクラスでウクレレを一週間に40分練習する音楽プログラムを、10ヶ月間続けました。その結果、音楽プログラムをはじめる前に向社会行動をする傾向が低かった子どもは、音楽プログラム後に援助行動や分配行動をよくするようになったそうです。集団でリズムに合わせて楽器を演奏することは、同じ空間を共有するクラスメイトと動きを合わせる経験になります。たとえば、リトミックのような、リズムに合わせて動く活動を保育や教育の場面で取り入れることは、運動面だけでなく社会性の発達にも有効であるかもしれないと今福氏は考えているようです。

社会性に困難さを抱えるものとして神経発達症である、いわゆる発達障害があります。ここでは、相手とうまくコミュニケーションが取れないなど、人間関係に苦手さを抱える特性がみられる自閉スペクトラム症についてまず今福氏は考察しています。自閉症とは、①社会的コミュニケーションの困難、②限局した興味、および常同行動、の二つの主特性によって特徴づけられる神経発達症の一つです。こうした特性を理解することは、「社会性とは何か」を再考し、多様性が求められるこれからの社会を生きるうえで欠かせないと彼は言うのです。

向社会行動を促す” への6件のコメント

  1. 向社会行動の発達に効果を示す言葉かけに「この男の子は幸せだよ」「この女の子はどのような気持ちかな?」など相手の気持ちを言葉で表現したり、相手の気持ちを考えさせる機会の重要性を感じました。このような関わりは、保育士の得意分野であるかのように、子ども自身に相手の気持ちを問う場面は多いように思います。しかし、それが行きすぎると保育士の一方的な思いを半ば強制的に理解させようとしてしまう危険性もあると感じます。あくまでも、子どもがどう感じているのかを理解した上での話しであるように思いました。

  2. 言葉が発せられている環境の重要さを再認識しました。例えば、一人の乳児がいて、そこに大人からの声かけや、発達が少し先に行って言葉を片言でも使える子どもなどによる発語に触れることや、お手伝い保育などで接する年長児の言葉の世界に接することは、模倣から自ら有する言語能力を引き出す、まさにeducationに繋がるのではないか、と思いました。ですから、「教育」とは、教え込まれることではなく、自らが自らの潜在能力を引き出し、顕在化すること、と私は今回気づきました。漢字の字義は残念ながらそうではないようですが、教育と翻訳された言語の字義から、引き出す主体は自分自身、ということがわかったのです。学習は自発的であるからこそ学習なのであって、やらされる「宿題」はやらされ感満載であるがゆえに、学習にはならないと思うのです。そして、宿題を課さないとある一定の学力を維持できない、とする考え方に同調できない自分を見出すのです。

  3. 今回の題名にある〝向社会行動を促す〟ためにできることが自分たち大人にあるということなんですね。それが「感情を考えさせるような問いかけ」をしていくことだとありました。これは、普段からできることですね。あまり、深く考えずに実践できるものであり、行き過ぎることのないようにしていきたいものです。
    〝リトミックのような、リズムに合わせて動く活動を保育や教育の場面で取り入れることは、運動面だけでなく社会性の発達にも有効であるかもしれない〟とあり、マーチングや行進など、軍隊式のようなものも取り入れ方によっては、この向社会行動を促すために有効であるように感じました。

  4. 他者との関わりを増やせば増やすほど共感力や社会性は増すということでしょうが、個人を尊重する我々の保育形態とは少し矛盾しているような気もします。もちろん子供同士の関わりを最重要視していますから全くの矛盾ということはないのですが、意図的に無理矢理関わりの場を作っているわけではありませんから、極端に言えば放っておけばほとんど他者と関わりを持たずに一日過ごす子供も出てくるわけです。つまりいかに大人側の意図を子供が察することなく子供同士を関わらせられるかということが重要なのでしょうか。

  5. 絵本を読んだり、紙芝居を読んだり、それだけでない日常の様々な出来事に感想を言う機会が多くあります。向社会行動を促す上では、感想に意図をもつこと、言葉を意図をもって選ぶこと等もまた、保育者の専門性の一つと言えるかもわからないと思えてきます。そう思うと保育者の向上というのは、沢山の文献に触れることや、研修に参加することはつまり、人格向上に繋がるからと考えられはしないでしょうか。
    全ての人が人格向上の道中にいて、それぞれの修行や課題の中で最善を尽くしています。人間関係が仕事の骨であるようなこの仕事だからこそ、それにおいての向上を心掛けたいと思います。

  6. なるほど、向社会行動を促すために、集団との同調性というのは大きく関わっているのですね。日本の教育において、良しも悪しもクラス全体で話すときに「良いか、悪いか」を全体に考えさせるような働きかけをすることが多いような気がします。こういった一つ一つの行動が日本において、社会性を育てる機会となっているのかもしれませんね。また、「集団で何かをする」といった活動も多いですね。これから運動会シーズンですが、お遊戯などはまさにそれにあたるものではないでしょうか。しかし、こういった活動が社会性を育てると言われる一方で、反面、社会の中では社会性が育っていないのではないかといった問題が起きているのも事実です。そこには子どもの考える余地や自分から行動する意欲も同時に気に欠けなければ、先入観や型にはまった考えにもなるように思います。そのため、集団と個人のバランスが求められますし、しっかりと子どもが社会として子ども集団を感じれるような大人の距離感を持つことも重要に感じます。

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