アイコンタクトと模倣

模倣の抑制は、他人の運動と自分の運動表象(イメージ)を区別する必要があり、自分と他人の円滑な交互交代的なやり取り、すなわちコミュニケーションのために重要だと言われています。つまり、模倣の抑制における自他の区別には、内側前頭皮質が関与しているというのです。さらに、直視条件では、アイコンタクトがメンタライジングシステムの一部である内側前頭皮質に直接的な影響を与え、内側前頭皮質を介してミラーニューロンシステムの一部である上側頭溝との機能的な結合の強度を調整することで、模倣を促進することが明らかとなりました。これらのワンらの研究の結果は、どのようなことを意味するのでしょうか?それは、アイコンタクトが、模倣にかかわる感覚運動システムをトップダウン的に制御していることを示していることになると言うのです。それは、簡単に言うと、相手のアイコンタクトが模倣を促すということがわかったということなのです。

成人ではこのような結果となりましたが、赤ちゃんではどうなのでしょうか。それを調べるために、今福氏らは、6ヶ月児を対象に、相手のアイコンタクトが音声模倣に影響を及ぼすかどうかを検討したそうです。その方法として、赤ちゃんは、話者がアイコンタクトをしながら「あ」と「う」のどちらかの母音を発話する直視条件と、目を逸らしながら母音を発話する逸視条件の映像を観察したそうです。その結果、直視条件において、赤ちゃんはより多く音声を模倣したそうです。それは、どういうことになるのかというと、生後6ヶ月の赤ちゃんが、自分に向けられた視線に感受性をもち、自分を見ている話者に対して音声模倣をよくすることを示していることになると言うのです。ですから、赤ちゃんとかかわるときに、目を見ながら話しかけると、赤ちゃんは音声の真似をたくさんするようになるのではないかということになるのです。これは、脳の感受性のグラフにおけるビジョンという視覚の曲線の高さを保障することに人とのかかわりが影響するということになるのでしょう。

近年の研究から、ことばの発達において、他者から学ぶことの重要性が明らかになってきたそうです。この点を強調する理論に、ソーシャルゲーティング仮説があるそうです。ソーシャルゲーティング仮説では、社会的認知の能力や、他者との相互作用が、乳児期のことばにおける音韻や語彙の発達に重要であるという主張がされているそうです。

たとえば、私たちは他人の視線や指さしを追うことでモノの名前を学習することができ、他人の音声を模倣することでその音声を自分で発声することができるようになります。もし、社会的認知がことばの発達の門戸になるとすれば、赤ちゃんにとっては人以外の、たとえば、機械などの人工物から伝達される情報の学習は、効果的でないと考えられます。この仮定は、赤ちゃんを対象とした模倣研究の知見によって支持されているそうです。赤ちゃんは、ロボットのような非言語音声では模倣せず、人の音声に対して選択的に模倣を行うというのです。このことは、生後早期にみられる他者から選択的に学習する性質が、ことばの発達と関連することを示していることになるのです。これは、今後ITが進んだ時代になった時にとても重要な研究になりますね。

アイコンタクトと模倣” への6件のコメント

  1. アイコンタクトが音声模倣の精度を高めるという実験結果から、赤ちゃんはよく見つめられるような容姿や仕草をしているようにも感じました。子どもが生まれた人が、赤ちゃんを見ながら「何時間見てても飽きない」と言っているのを多々見かけます。そのように、飽きずに何時間も見つめられることで、自然とアイコンタクトをとり、結果音声発話の真似する機会が増えることで語彙習得を促していくようになるイメージを持ちました。また、それも赤ちゃんによる生存戦略の一つなのでしょうかね。そして、「社会的認知がことばの発達の門戸になるとすれば、赤ちゃんにとっては人以外の、たとえば、機械などの人工物から伝達される情報の学習は、効果的でない」という非常に重要な見解がありました。ロボットから言葉を発せられたとしても、人間の口の動きを忠実に再現するのは今の科学技術では難しいでしょうし、ロボットが相手を認識して目線を合わせることも難しいように思います。ここが、人工知能やロボットが保育を行うことが難しい所以になっているのですね。

  2. 赤ちゃんは非常にかわいいです。誰しもが思うことなのではないかと思いますが、かわいいと思わせることで他者からよく見られることが増えます。それも笑顔で。そうすると、アイコンタクト的な赤ちゃんを見つめながらしゃべるようなことも増えるのではないかと考えられます。〝自分に向けられた視線に感受性をもち、自分を見ている話者に対して音声模倣をよくすることを示している〟というのは、赤ちゃんが自発的に行っているかもしくは、そうなるようにあらかじめ組み込まれている、生存戦略のようなものを感じました。
    赤ちゃんは人の方が好きなのですね。〝ロボットのような非言語音声では模倣せず、人の音声に対して選択的に模倣を行う〟とあり、保育にもITがいろんなところに入ってきてますが、人間にしかできない、ITに頼ることのできないことが確実にあることが示されていますね。

  3. 自分に向けられた視線に感受性を持ちより多く模倣するようになるというのは赤ちゃんが生きていく上で、また可愛がられていく上で必要な選択なのでしょうね。ただ、以前藤森先生もおっしゃっていましたが、赤ちゃんはとても見ることが好きで見られることを苦手にする、とありました。自分に視線が向けられていないにもかかわらず一生懸命観察しているのは何を見ているのか気になります。見つめ返せば泣いてしまいますが、一度泣かされたことがある人のことも変わらず観察していてその観察欲に興味がつきません。

  4. 赤ちゃんは、自発的です。自ら、言語を獲得していく。そのために、自分で観る対象から学んでいく。見られるとダメ。あくまでも自分が見ている。このことを知って赤ちゃんと対峙する大人にとって、赤ちゃんを見ていながら、赤ちゃんに見られている意識を持たれない工夫をしていく・・・ウーム、至難の業です。結果、観てしまう大人に対して、赤ちゃんは「見たなぁ」ということを泣いて表明する。赤ちゃんと対峙する時は、こちらが無になる必要がありそうです。無になりながら発語する。何とも、大変だ。さて、AIが発達していくと恐らく限りなく生身の人間に近い音声を発することが可能となるでしょう。そして、赤ちゃんこそは、AIの発達度合いを判定する存在になるかもしれません。なぜなら、赤ちゃんは純粋に反応する、すなわち、忖度しない、そんな感じがするのです。

  5. AIが子育てをすることは人類進化上の観点からは困難が伴う、ということのようで、この点に、将来なくならない仕事の中に保育士が入ることの明確な理由を一つ見出せたように思えます。そして、AIが人類に取って代わられない為に人類がすべきこともこの点にかかっているように思われます。AIが育てることができるのはAIだけなのかもわからず、だからこそAIとの共存、共に生きるという道を人類は勤しむ必要があるのかもわかりません。それには人類がAIに支配されないこと、その根の部分は、こういった最新の研究に基づく子育てと言えるように思えてきます。

  6. 赤ちゃんが音声模倣をするにあたって、視線を交わすことは大きな要因となるのですね。以前のブログの中で、赤ちゃんは口元を見て音声模倣をするということが言われており、だったら、テレビなどの視覚刺激があれば音声模倣が起きるのではないかと思っていたのですが、それはやはり誤りだったのですね。「赤ちゃんは、ロボットのような非言語音声では模倣せず、人の音声に対して選択的に模倣を行うというのです。」とあります。人を育てるのはやはり人なのですね。そして、こういったことを含めて考えていくとAIが発展しても、保育や教育がAIに代替できないといいうことがわかります。これからの社会に必要なものは「AIに代替されないもの」であるということが言われている中で、こういった研究の結果は大きな一つの指標になることだと思います。

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