3つのコンピテンシー

工藤氏は、非認知スキルを育てていくためには、それが身についたかどうかを測る「ものさし」が必要だと考えます。そのために、OECDが「能力の定義と選択」プロジェクトの成果として示した3つの望ましい行動特性であるキー・コンピテンシーを活用することにしたのです。この3つのコンピテンシーは、私たち幼児教育にも参考になるものです。

まず、「自律的に活動する」です。そのために、1.感情をコントロールする。2.見通しを持って計画的に行動する。3.ルールを踏まえて建設的に主張する。二番目は、「相互作用的に道具を用いる」です。そのために、1.様々な場面で言葉や技能を使いこなす。2.信頼できる知識や情報を収集し、有効に活用する。三番目として「異質な集団で交流する」です。そのために、1.他者の立場でものごとを考える。2.目標を達成するために他者と協働する。3.意見の対立や理解の相違を解決する。です。これを中学校生活に当てはめると、主要5教科を中心とした学力は、「相互作用的に道具を用いる」の部分に該当すると言います。そして、残りの2つが、麹町中学校の「目指す生徒像」になると言うのです。

工藤氏は、ここで注目すべきポイントを挙げています。それは、「相互作用的に」という言葉だと言います。知識・技能そのものに価値があるということよりも、対人、対社会の中で相互に使う力が問われているという点だと言います。新しい学習指導要領で、アクティブラーニングが取り上げられている理由もここにあるというのです。

また、「異質な集団で交流する」や「自律的に活動する」などの力は、一方通行の講義形式の授業だけでは身につけることができないと考えているのです。そのため、様々な実践を展開してきたと言います。例えば、「クエストでデュケーション」や「スキルアップ宿泊」は「異質な集団で交流する」力を高めるための実践ですし、手帳によるスケジュール管理や宿題・定期考査の全廃は「自律的に活動する」力を高めるための学びだというのです。

また、17歳以下の小中高生等を対象とした「未踏ジュニア」というコンテストがあるそうです。各界で活躍する専門家の指導の下、子どもたちがハードウェア・ソフトウェアの開発等に取り組むコンテストで、独創的なアイデア、卓越した技術を持つクリエイターを発掘・育成するために行なわれているそうです。学校は、そうしたキャリアも視野に入れながら、学習指導や進路指導に当たるべきだと工藤氏は考えています。

ほかにも、「未踏ジュニア」と似たような進路は、IT分野に限らず、あらゆる分野に広がっていると言います。パティシエや、寿司職人を目指すにせよ、建築家やデザイナーを目指すにせよ、一芸に秀でたスペシャリストを目指すことは、その後の自分の人生に大きな影響を与えると言います。もし、その後に挫折し、別の道に進んだとしても、その経験は決して無駄にはならず、その先の可能性は無限に広がっていくということを、特に成功した大人は知っていると彼は言うのです。

現代社会においては、特定分野の技能を磨き続けることが、その人の可能性を広げることにつながると考えているのです。彼は、「自分の進路は狭めていけばいくほど、その後の進路は広がる」と思っているようです。

3つのコンピテンシー” への6件のコメント

  1. 同じ遊びを黙々と楽しんでいる子どもには、「何でいつも同じことばかりしてるの?たまには違うこともしたら?」という大人からの容赦ない言葉がとんできます。しかし、本文の最後にありました「現代社会においては、特定分野の技能を磨き続けることが、その人の可能性を広げることにつながる」「自分の進路は狭めていけばいくほど、その後の進路は広がる」という工藤氏の言葉からは、ひとつの分野を極めていく過程で得られた体験が、その後の問題解決力としてその人を助ける要素となるようですね。

  2. OECDが提唱する3つのキー・コンピテンシーは確かに参考になりますね。3つ目の「異質な集団で交流する」は殊の外、大切な気がします。異学年交流だったり、異年齢交流だったり、あるいは異文化交流だったりするでしょう。同質集団だけの交流に慣れきってしまうと、異質な存在と出会い、異質な作用を受けたと感じた途端、ダメになってしまうケースが多々見受けられますね。リジリエンスとか折り合いをつけるとか、メンタルバランスを維持するとか、これからの時代に必要とされるコンピテンシーとなるでしょう。「一芸に秀でたスペシャリストを目指すことは、その後の自分の人生に大きな影響を与える」自分は広く浅く様々な分野に関心を持ちすぎて来たのでこの「一芸に秀でたスペシャリスト」は最も尊敬に値する存在ですね。社会に貢献するだろう自分の好きなことを極めることはとても大事な気がします。だからこそ子ども時代に「自分の好き」がわかり、その好きなことを探求し、極めていくことが必要になってくるのでしょう。

  3. 「自分の進路は狭めていけばいくほど、その後の進路は広がる」目から鱗が落ちる思いです。高校生の時に、将来について真剣に考えたのだろうことを思い返します。幾つかあった選択肢でしたが、最終的にその幾つかを満足いくところまでやれたことは最高に幸せだったと今改めて思います。幸せな気持ちの時に不幸なことが思い浮かばないように、何か一つに打ち込んでいる時には一つのことしか考えられないものなのかもわかりません。そうして一つずつ、歩いた道をまるで分かれ道のように思っていましたが、振り返ればそれが自分だけの道であり、また、その一つ一つで得たものがこうして所々今の仕事に役立っていたりします。進路を狭めていく、すると広がる、何とも面白いです。

  4. 以前中学校教師を目指していたときアクティブラーニングとはなにか考えるといった授業がありました。その時私が感心したことのひとつに、講座形式でも自発的に学んでいればアクティブラーニングになりうるし、どれだけ班活動や話し合いをしたとしてもやらされていたらそれはアクティブラーニングではない。というものでした。私はこれはむしろ幼児教育の現場でこそ広まるべき考え方であると思います。自らやりたいと思わせるスキルや環境を用意できる保育しになりたいです。

  5. 今、夏の甲子園が佳境を迎えています。この暑さの中で試合をすること自体がすでにすごいことであるのに、その中で見てる人の気持ちを揺さぶるようなプレーといいますか、ひたむきさだったりというのが、毎回感動させてもらってます。最後の文章の「進路を狭めるほどその後の進路は広がる」というのが高校球児たちには当てはまるものではないかと思いました。たとえ、甲子園に行けなかったとしても、そこに向かってみんなで進んだ経験は、何よりも先の人生で役立つのでしょうね。思えば、自分もそうだと思います。それを子どもに当てはめるとずっと同じあそびをしている子となるのでしょうか。だとするなら、やはり、むやみに干渉することはいいことではありませんね。

  6. 「自分の進路は狭めていけばいくほど、その後の進路は広がる」このような考え方はそのまま教育観にもつながっていきますね。日本の場合「この先の進路を広げるために勉強がある」といったように、まさに逆です。一つの失敗もなしにすべてがうまくいくような考え方に成っているようにすら感じます。だからこそ、大人も子どもを信じるというよりも、『ほっとけない』という感覚になっているのではないでしょうか。「挫折し、別の道に進んだとしても、その経験は決して無駄にはならず、その先の可能性は無限に広がっていくということを、特に成功した大人は知っている」しかし、それを感じるのは大人になってからという人も多いのかもしれません。だからこそ、ストレス耐性が低いことが最近よく聞くのだと思います。3つのコンピテンシーにおいて、成績というものがそれほど重要視されているように見えます。成績より大切なことが教育の中でもより意識されなければいけないということに早く気付かなければいけないのだと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です