対立

様々な改革や、既存の概念にとらわれない取り組みを行ってきた工藤氏は、様々なところで有名になっていきます。最初にみなに知られたのは、インターネット上のウェブサイトや雑誌や新聞、テレビなどで紹介されたからでした。そんな中で、よく質問されることに、「民間人校長ですか?」があるそうです。しかし、彼はこの質問に複雑な気持ちになるそうです。学校は本来、社会の先頭に立っていた場所で、教員は社会の最先端で働く人たちでした。むしろ民間の方々が学校で学び、社会に飛び出して活躍をしていたと彼は言うのです。それがいつの頃からか、学校は遅れた場所で、民間が優れた知見を持っている、それを学校に導入すると思われるようになってしまったと言います。そのような状況に、工藤氏は残念なことがと言います。もっと教員は柔軟に変化していかなければいけないと考えているというのです。

また、見学者から受ける質問に、「先生方との対立は起こらなかったのですか?」「学校内外に敵はいなかったのですか?」というものも多いそうです。しかし、彼は、「みんな違って当たり前」「みんな違っていた方がいい」と思っていると言います。そこには意見の相違があるのは当然ですから、そこで対話をして、最上位の目標に向けて合意形成をしていくことが大切であると言います。何よりも、対立する必要がない「問題」を作り上げ、その対立軸をめぐって非難しあったり、対立することには、何の意味もないと思っていると言います。

彼は、対立とどう向き合えばいいのかを話しています。当然、新しい校長が赴任し、前任者とは異なる方針でマネジメントを行えば、どんな組織であっても少なからず反発は起きるものです。しかし、反発は起こること自体は悪いことではなく、当たり前のことだと工藤氏は考えます。社会において、予定調和などなく、何かを始めた際に、何の反発も反対意見も出ないことなど、あり得ないからです。彼は、よく「トラブルを学びに変える」ことが大切だと話すそうです。生徒に何か問題が起きたときは、このトラブルを子ども自身の自律的な学びにどう転換するのか、それが最上位の目的であり、さらに、このことを大人の信頼を増すきっかけとしたいと教員にはよく話すそうです。解決する過程において、保護者の信頼を得ることができ、そのことが子どもの成長にもよい影響をもたらします。また、教員が保護者と共に子育ての難しさと大切さを共有できれば、そうした大人の話し合いなどを見ている子ども自身が、当事者として「解決するのは自分自身」だと気付いて変わっていくのだと考えているのです。

このことは仕事においても同様だと工藤氏は考えています。彼に直接言いに来ることがあれば、そのことが、絶好のチャンスと捉えて、徹底的に対話をするようにしてきたと言います。結果として、彼の考えを理解してもらえたこともあれば、相手の話を聞き、なるほどと思い、自分の気付いていかなかった部分を深く考え、考えを軌道修正したこともあったそうです。

考えや価値観は人それぞれであり、私たちが生きている限り「対立」はどこでもいつでも必ず起こります。これ自体は、何ら悪いことではないと言います。むしろ、この対立を避けることの方が大きな問題だと彼は言うのです。