自発的に使いたくなる

工藤氏は、ICT導入に当たって、教職員組合の代表者たちと再度話し合うことを提案しました。すると、何人かが残って、別室で説明を聞いてくれたそうです。その後も話し合いを続けて、気がつけば数時間が経っていたそうです。彼は、ICT化の意義やねらいについて、教員にとってよい環境がなければ、どんな環境を入れたって使われなくなる。ICTが得意な先生も、得意ではない先生も誰にとっても使いやすい仕組みであれば、絶対によいものが入れられるはずだと話したのです。ICTに切り替えるに当たって、彼が意識したのは「使いやすさ」と「管理のしやすさ」でした。どんな便利なものも、利用する側が「使いにくい」「難しい」などと思ってしまえば、使ってはもらえないと考えたからです。これほどまでにスマートフォンが世に普及したのは、誰にでも感覚的に使えて、特別なメンテナンスもいらないからだと彼は考えたのです。

当時、文部科学省では教室のICT化を推進していたのですが、その構成は電子黒板をメインに据えたものだったそうです。電子黒板は非常に高機能ですが、多くの教員にとって、使いこなすのが難しいものです。加えて、教室の隅に置いておくとスペースを占有して、それではと、別の場所に置いておき、授業ごとに運んでくるとなると、非常に手間がかかり、面倒なものだったのです。そうした理由もあって、何百万もかけて導入したのにほとんど使われていないような状況が、全国各地の学校で散見されていたようです。

そこで、工藤氏は、学校ICT化を推進するに当たり、ICTが得意な教員も得意ではない教員も、子どもたちも自発的に使いたくなるような環境作りを意識したそうです。もちろん、予算も限られていますので、コストを抑える必要も出てきます。彼は最適な環境、最適な機器を探すため、様々な企業や学校を自らの足で回ったそうです。最終的に、区が独自に考案したICT教室環境を区内全教室に導入することになったそうです。そこに至るまでは、自らの利益にこだわることなく、親身になって力を貸してくれた区、教委内部、学校関係者、多くの企業の方々のおかげであり、何よりも常に強い気持ちを持って取り組んできたプロジェクトチームの仲間の力が実現したことに大きな貢献をしたと振り返っています。

また、実施に当たっても、お手本的なものは一切示さず、教師自身が自ら効果的な授業方法を考案するようにしたそうです。その結果、このICT環境を活用して、教員たちが次々と新しい授業方法を編み出していき、今では、単焦点型プロジェクターや実物投影機、パソコンなどを使った授業が、日常的に行なわれているそうです。専門職である教員が自律的に動けば、「100年経っても変わらない」と言われたスタイルも、変わることができるのだと工藤氏は言うのです。

しかし、だからと言ってこの教室環境が、未来永劫続くというわけではありません。時代の変化と共に、常に見直し、改良を加え、イノベーションを起こしていく必要があると彼は言うのです。大切なのは、「当たり前」に疑問を持ち、目的と手段の観点から、改善を図っていくことだというのです。

自発的に使いたくなる” への6件のコメント

  1. 「教員にとってよい環境がなければ、どんな環境を入れたって使われなくなる」というように、何かを導入するとき、それをただ導入するのではなく、実用的に使用されるような使いやすさがあるのかは、持続可能性という点でも重要なのですね。子どものためだと言って環境を用意しても、結局廃れてしまう環境というのは職員にとって使いづらさがあるのだなと学びました。そして、電子黒板の画像を検索したら、企業のプレゼンテーションそのものだなぁという印象を受けました。何かを伝えるときの手段として、効率的且つわかりやすいプレゼンは社会に出たときにも活用できる手法ですし、それに学生の頃から触れられるというのは非常に良いですね。

  2. 「使いやすさ」と「管理のしやすさ」、本当に大切なことだと思います。最新鋭の技術も使いやすければこそで、使いやすければその浸透は一瞬ですが、少しでも違和感があればやがて使い手を選ぶことになってしまうでしょう。そもそも新しいものに対して懐疑的になってしまうものなのかもわからず、だからこそ企業はこの点を徹底的に抑えた製品を提供するのでしょう。便利さも、人によってマチマチになってしまうのでなく万人にとって便利である必要があり、そう思うとそれぞれの企業努力というものを改めて感じる思いがします。

  3. 何でもそうでしょうが、「自発的に使いたくなるような環境作り」ここにポイントがあると思います。あるいは「自律的に」が大切です。そして工藤校長が指摘する「時代の変化と共に、常に見直し、改良を加え、イノベーションを起こしていく必要がある」このことこそ21世紀に生きる私たちが中心に据えるべき考え方だと思うのです。そこには興味関心好奇心そして探求心が欠かせません。あらゆることに関心を抱きつつ生きていく。子どもは好奇の塊です。その子どもと一緒にいる私たち大人も好奇の塊でありたいと思うのです。様々な機会をとらえては自分自身を常にリニューアルしていく癖を身に付け未来に向かって歩んでいきたいものです。物事をさまざまな側面から観、そしてさまざまな可能性を探りながら、常に発見していく。自分自身を常に再発見していく。これからの時代に求められる力でしょう。死ぬまで求められる力でしょう。

  4. ICTやパソコンに限らず「自発的に使いたくなる」というのは大切なことだと思います。それに加えて「使いやすさ」と「管理のしやすさ」も揃っていれば、広く普及するんですね。園での環境構成にも参考になります。つくづく保育というのはいろんな世界のことに通じるものがありますね。そして、その「使いやすさ」「管理のしやすさ」を伝えていく技術が普及させることのカギとなるのでしょう。それが子どもの頃からICTに触れることで「伝える」の最先端を知ることができる環境、とても良いものだと思いました。

  5. 難しいそう、大変そうといったネガティブな感情というのは様々な壁を作りますね。電子機器もそうですが、選挙もそれに当たるのかなと思います。もちろん政治というのは自分達のために行われているものなので自分達から情報をつかみにいくべきではあるのですか入りの部分でネガティブな感情を抱いてしまうと掴もうとも思わなくなってしまうのかもしれません。そのためにもメディアなどが噛み砕いて説明できればよいのですが、意味を感じない規制や大人同士の忖度によりそれがない現状です。若者の政治離れといいますが、政治の若者離れとも言えるのではないでしょうか。

  6. ICT機器のことは今の保育の中でも起きています。身近にあるのが、紙媒体からパソコンを利用したデータ管理に変わってきたことです。実際、自園においても、PCがつかえる人とそうではない人がまだまだいます。「慣れたら使えるようになる」というのは確かなのですが、慣れるまでが大変で、やはり自発的に使いたいと思うまでが苦労していました。ICTに切り替えるに当たって、彼が意識したのは「使いやすさ」と「管理のしやすさ」でした。ということが言われていました。確かにこのことを意識してICT化することは重要なことですね。「改良を加え、イノベーションを起こしていく必要がある」ということや「「当たり前」に疑問を持ち、目的と手段の観点から、改善を図っていくことだ」この二つのことはこれからの社会にも置き換えれることなのだと思います。藤森先生が以前の講演で「保育をすることは社会を作ること」と言っていたのを思い出しました。自分たち自身も心情・意欲・態度を持っていたいと改めて思います。

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