自分の名前を呼ばれたとき

本当に、人間は赤ちゃんの頃から、いや胎児の頃からかなり有能であることがわかってきているのですね。新生児が顔らしい刺激を選好する理由としては、輝度と言われる明るさの度合いの明暗のコントラストを知覚しているためであると考えられているそうです。たとえば、新生児は顔が黒い目のときには選好を示しますが、白い目のときには選好を示しません。つまり、新生児は顔の配置パターンのみでなく、目の色の黒さに反応します。このことは、新生児が「黒い目をもつのが人の顔」というような知識を有し、コミュニケーションの相手として顔を知覚している可能性を示唆していることになります。この仮説は未だに議論の余地があるそうですが、新生児が目を閉じている顔よりも、目を開けている顔を好むことや、目を逸らしている顔よりも、直視している顔を好むことからもこの説が支持されているそうです。

「目は心の窓」ともいわれますが、私たちは他者の視線から多くの情報を得ています。見つめ合いや微笑み合いなど、赤ちゃんと大人の二者間でやりとりをする関係性を二項関係と呼びます。2~4ヶ月児は、他者の視線方向を手がかりに、モノに注意を向けるようになります。しかし、この時期の視線追従は不安定です。6~8ヶ月児になると、安定した視線追従が観察されるそうです。9ヶ月児になると、モノを含む三項関係によるコミュニケーションの関係性が構築されます。トマセロは、三項関係が生後9ヶ月頃に生じることから、この時期の変化を「9ヶ月革命」と呼びました。この頃に、赤ちゃんは他者の意図に接続して、物事や出来事を他者と共有することができるようになるのです。他者と注意を共有する能力は、共同注意と呼ばれ、コミュニケーションやことばの発達の基盤であると考えられています。

マンディーは、共同注意を二種類に分けました。一つ目は、生後6ヶ月からみられる、他者の指さしや視線方向の追従による応答型共同注意です。二つ目は、生後9ヶ月からみられる、自分が注意を向けた対象を、アイコンタクトや指さし、手渡しで自ら他者と共有する始発型共同注意です。この二つの共同注意によって、赤ちゃんは大人と物事や出来事を共有するというのです。

街中で知らない誰かと目が合うと、「見られている」という感覚を味わうことがあります。赤ちゃんもアイコンタクトをすると、ある種の意図を知覚すると言われています。たとえば、5ヶ月児を対象とした研究では、赤ちゃんから視線が逸れた顔よりも、赤ちゃんと視線が合っている顔を見たときに、内側前頭皮質という脳の部位が強く活動するそうです。内側前頭皮質は、メンタライジングという能力とかかわるそうです。他者の意図の気づきにかかわる内側前頭皮質が生後半年の時期に働いているという事実は、驚くべきものです。さらに、6ヶ月児では、他人の名前に比べて、自分の名前を呼ばれたときに内側前頭皮質が強く活動します。加えて、この脳領域の活動は、知らない女性ではなく、お母さんに自分の名前を呼ばれたときに最も大きくなるそうです。

模倣というのは、他者の身体連動を真似することです。大人が発した音声を真似するのも、その一つの例です。模倣には、文化学習的側面である知識の獲得と、社会情緒的側面である個体間の親密性の促進という二つの機能があります。模倣は、世代を超えた文化の伝播に欠かせないもので、私たちが社会生活を行ううえで必須のスキルの獲得を可能にする社会的認知能力です。

自分の名前を呼ばれたとき” への8件のコメント

  1. 新生児の視力について、だいたい30㎝くらいが見やすいと以前学びましたが、赤ちゃんは「輝度と言われる明るさの度合いの明暗のコントラストを知覚している」ということなのですね。一体赤ちゃんから私たちがどう見えているのか、実際に見てみたいですね。また、白黒の区別がつくから、視線に注視することが可能になり、相手が何をみて何を感じているのかを把握することができるということなのでしょうか。そして、そのような状況化では「内側前頭皮質という脳の部位が強く活動する」とあり、メンタライジングと呼ばれる「他者の意図の気づきにかかわる」力が関連するとありました。他者の意図に気づく能力がそもそも備わっていると分かれば、意図を伝えない保育というものも必要ですね。

  2. 赤ちゃんが二項関係から三項関係に進むのが生後9か月頃から。二項関係とは自他の区別の始まりでそれが2か月から。私たちは人称関係の中で生きています。一人称そして二人称さらに三人称。インドのサンスクリット語を学んだ時、単数、両数、複数という数の存在に驚きました。両数?二項関係はまだ途上、その先に三項関係が存在する。これに人称を重ね合わせると、三人称は複数で、トマセロ氏の「9ヶ月革命」からすると、私たちホモサピエンスは生後9か月にして複数の人ものが存在する社会の歴とした一員となっていることがわかります。複数の人ものに空間要素が加わって世界が形成されるわけです。しかもその世界は私の世界であり、同時に他者の世界でもある。世界と言わなくてもいいですね。社会でいいでしょう。私たちが生きている世界こそは社会なのですから。

  3. 〝自分の名前を呼ばれたときに内側前頭皮質が強く活動します〟とあります。やはり、一見名前を呼ばれても何の反応していないように見えていても、頭の中は強く活動しているというのが事実である以上、私たち大人は子どもへどのように対応すれば良いのか、というのが分かりますね。このように赤ちゃん研究が進んでいくことで、赤ちゃんの驚くべき能力が次々に明らかになります。それは、これからも続いていくことだと思います。楽しみになります。

  4. こどもは本当によく真似をするなと感じます。喧嘩の仲裁にはいる際にはまるで保育士かのような口調や文言で諭しますし、おままごとをする際などは父親や母親になりきってビールを飲んだりお化粧をしたりします。それだけよく観察しているんだなと感心すると共に、こちらの行動の一つ一つがこどもたちに常に影響を与えていて言葉、振る舞い、表情など気を付け続けなければいけないと再認識しました。

  5. 目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、視線で、目で、相手の思いが伝わる時があります。声をかけられてなくてもその視線の方へ目をやることがあるのですから、目の力というのは凄い。そして、声。それも自分の名前というものがとても重要であることを改めて感じます。親がつけてくれた名前を胎児の頃から呼んでくれていたこともあるでしょうし、出生届に名前を書くことから、長くても一週間以内には、それから生涯呼ばれるであろう言葉で呼ばれることになります。生まれる前から自分で決めてきている、というような不思議な話も聞いた事がありますが、それ程までに重要なものであると思うと、大切にしたくなります。時々自分で自分の名前を書いてみたりして、お前もよくがんばってるな、その名前で何十年もやってきて偉いなとか、声をかけてあげてると、自分を見つめ直すいい機会になるかもわかりません。

  6. 「模倣には、文化学習的側面である知識の獲得と、社会情緒的側面である個体間の親密性の促進という二つの機能があります。」とあります。どちらかというとよく言う「模倣」は文化学習的側面の獲得のほうを言われることが多くありますが、社会情緒的側面としての親密性の促進といった部分もあるのですね。共視・共食など赤ちゃんとのやり取りの中で共感することが多くありますが、それは赤ちゃん側からの選好をする理由を見られているのですね。それは先日のブログにあった顕示的シグナルにもつながる話なのでしょう。そして、赤ちゃんの黒目が大きいのも、そういった目の合うだろう人や自分に何かを教えてくれそう、自分に興味のある人を見つけるために大きくなっているのであろうかと思いました。何にせよ、赤ちゃんは学ぶことをもうすでに始めており、そのまなび方は実に能動的であり、戦略的であるということを感じます。

  7. 共同注意は「生後6ヶ月からみられる、他者の指さしや視線方向の追従による応答型共同注意」「生後9ヶ月からみられる、自分が注意を向けた対象を、アイコンタクトや指さし、手渡しで自ら他者と共有する始発型共同注意」の2種類であるとあり、「この二つの共同注意によって、赤ちゃんは大人と物事や出来事を共有するというのです」とありました。まずはある意味受動的な共同注意からはじまるのですね。このあたりも能動的な受動なのかもしれませんが、やはり、まずは他者の存在からはじまるということからは赤ちゃんにいろいろと教えられるようであります。相手があっての自分たちであるということを忘れてはいけませんね。また「模倣は、世代を超えた文化の伝播に欠かせないもので、私たちが社会生活を行ううえで必須のスキルの獲得を可能にする社会的認知能力です」ともありました。娘がよく模倣をします。その模倣に感心することもあるのですが、この真似るということからも教えられるよう気がします。まずはやってみる。動かしてみることの大切さを感じます。やってみることで見えてくることがありますし、共同注意もまた、相手が見ているものを見てみることで分かることがあるのでしょうね。つながっているような気がして感慨深いです。

  8. 「9ヶ月革命」は藤森先生の講演でもよく聞きますね。いつも思うのが、なぜ9ヶ月という数字です。生まれて1年も経たないうちに乳児は他者を意識し、物事を共有する共同注意をするようになるのは本当に驚きますが、いつも思うのは、それを共有できる他者がそばにいることであり、その他者というのは大人と子ども集団が重要ですね。12月にお楽しみ会があり0歳児クラスで一人一人名前を呼ばれている姿を見ていると、それまで違う方向を見ていた赤ちゃんが自分の名前を呼ばれると呼んだ先生の方を見ます。当たり前の事なのかもしれませんが、言葉を理解というのと、自分の名前と友達の名前をちゃんと区別していることに感動します。

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