三歳児神話と共同養育

現代日本における家族形態は核家族が多く、身近に祖父母などがいないのが現状です。2015年の時点では、核家族の世帯は全体の55.8%にも上るそうです(国立社会保障・人口問題研究所、2018)。これにともない、「ワンオペ育児」も増えています。ワンオペ育児は、子育てを行うパートナーか転勤などの事情で家庭から離れているために、一人で育児を行うことです。育児を一人で行うと、育児によるストレスも一人で負うことになります。

こんな状況の中で、今福氏はこんなことを指摘します。日本ではかつて、「三歳児神話」ということはがよく聞かれました。これは、三歳まではお母さんが子育てをしないと、子どもの発達に悪い影響がでるという言説です。産休を終えて職場復帰をして働く女性は、子どもを保育所などに預けますが、彼は、これは良くないことなのか問うています。そもそも、三歳児神話は正しいのでしょうかということにも疑問を持ちます。実際、三歳以前に、家庭のみで育った子どもと保育所に預けられていた子どもの発達を比較したところ、お母さんの就労が子どもの発達に影響を及ばすという証拠はみられていないようです。つまり、三歳児神話を支持する証拠は今のところないのだと彼は言うのです。

さらに、共同養育の考えからすると、ワンオペ育児や三歳児神話の考えは不適切だというのです。共同養育はお母さんの負担を軽減し、たくさんの子どもを育てることが可能なしくみです。したがって、保育所や幼稚園、認定こども園などの施設も、広い意味では共同養育の形態の一つであると彼は考えています。厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成29年4月1日)」によると、現在、保育所などの数はおよそ三万、利用児童数はおよそ254万名になります(厚生労働省、2017)。現状では、施設数と利用児童数のアンバランスが生じており、子どもを施設に預けることができない待機児童の問題が深刻です。この背景には、共働き世帯の増加や、離職による保育者の不足があると考えられます。これらの課題を一つずつ解決し、共同養育の場を増やし、質の高い乳幼児教育を行うことが重要だと今福氏は提案しているのです。それは、決して親の都合だけではなく、赤ちゃんの心を育むことにもつながるのだというのです。

では、心の発達を理解するには、どのような方法があるのでしようか。今福氏は、「発達心理学」という学問がその一端を担うと考えています。発達心理学は、胎児期(受精後9週~出生)、新生児期(出生~4週間)、乳児期(生後1ヶ月~1歳)、幼児期(1~5歳)、児童期(6~11歳)、青年期(12~24歳)、成人期(25~64歳)、老年期(65歳以上)にわたる、人の生涯の身体、知覚、認知、人格、感情などの成長や発達、また発達を阻害する要因を研究する分野だと言います。ちなみに、各発達時期の区分については諸説あり、世界保健機関(WHO )では青年期を10~24歳としているそうです。

近年では、発達心理学は近接の学問分野である神経科学、医学、工学、遺伝学、保育学などとの連携による学際研究が盛んになり、「発達科学」が構築されているそうです。発達科学は、学際研究領域として、個人(行動、脳・神経系、遺伝子など)と環境(社会、文化など)との関係の中で人の発達を理解することを目指しているそうです。それは、子どもの発達にかかわる現代の社会問題を解決するには、一つの学問領域ではカバーしきれないからだというのです。

三歳児神話と共同養育” への5件のコメント

  1. 仕事の事情で子育てをしずらい環境にいる家庭は少なくないと感じます。それは日本の労働制度そのものを見直さないとならないことのように感じるのですが、そうではない環境、子育てがしやすいだろうはずの環境下でも子育てがうまくいかない家庭もあることでしょう。子どもを育てることの楽しさやその中から得られる感動よりも個人的な幸せや快楽の方が優先されてしまった時、子育てはただの負担になり得てしまいます。ある情報番組かで、現代は子どもが子どもを育てているのだから仕方がない、というようなことを耳にしましたが、育てる側の気持ちがもっと上向くような、外的でも内的でもそういった心の向上がどのようにしたら育まれるものなのか、日本が本気になって取り掛からなくてはならない問題のように思えてきます。

  2. そうなると、三歳児神話はどうして生まれたのかが気になりますね。子どもを親から離れさせないことでどこかに有益に働いた過去があったのか、女性の社会進出を阻む世の中の風潮がそうさせたのでしょうか。ユヴァル・ハラリ氏のサピエンス全史を読んでいると、人類には男女間の格差や家父長制など、どうしても男性が優位になってきた歴史があったと書かれていましたが、女性や育児が、まだ社会的に認められていなかった時代からの名残が、三歳児神話なのかもしれないとも感じました。そして、共同養育についても、以前「族」と呼ばれる集団で育児を行ってきた人類の歴史があったと学び、今一度育児に対する見方を見直す必要があるのですね。母親一人に押し付けるのは、もはや「育児」とは呼べないのかもしれませんね。

  3. 三歳児神話など意識せずにわが子の育ちに寄り添いました。保育所勤めをするようになってから「三歳児神話」なるものを知り、へぇ~、世の中にはこうした育児の仕方があるんだ、と認識を新たにしたことを思い出しました。母親信仰とでも言うのでしょう、あるいは子どもの育ちは母親の育児力による、そのような考えが広く喧伝されていたような。そのたびに、父親である私は一体どんな役割を子どもの育ちにおいて果たすのか、などと考えてしまいました。臥竜塾ブログをこれまで丹念に読んでくると、母親どころか親の存在が子どもの育ちに決定因子にはならないのかもしれないと思えるようになってきました。そして「共同養育」。子どもの居場所。子どもはどこにいるのか。家庭と園ならその双方が共同して子どもの育ちを支える必要があるでしょう。あるいは地域の人々との共同養育が望まれるのでしょう。子どもは「社会の一員」であるなら、養育の仕方は地域共同型になるでしょう。

  4. 〝三歳まではお母さんが子育てをしないと、子どもの発達に悪い影響がでる〟という三歳児神話はどこからやってきたのでしょう。〝お母さんが〟という点もどこか母親一人でみることを求めている節が見受けられますね。そんな風潮に何でなっていったのでしょうか。最近のこのブログにて、母親一人どころか親だけでの養育も良いというわけではないというような内容があり、人類の歴史から紐解いていた内容が紹介されたりしています。子育ての根本からの改革が求められていきそうですね。

  5. 三歳児神話を無くすというのはとても労力のいることだと思います。正直私もこども園に勤務し、こども同士の関わりやそれによる発達の相乗効果を目にするまではある程度両親が子供の側にいることがいいことだと思っていましたし、自分もそうしたいと思っていました。実際に目で見て肌で感じないことには人の常識という名の偏見はなくならないのだと思います。

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