基本感情

赤ちゃんの模倣は、単に観察した行為を再現するだけではないようです。ゲルゲリーらは、毛布を被っていて手先が使えない状態の大人が頭で卓上のライトを点けている様子(合理的な条件)と、手先が使える状態の大人が頭で卓上のライトを点けている様子(非合理的な条件)を、14ヶ月児に見せて、その後にどのようにライトを点けるかを調べたそうです。その結果、手先が使える大人がわざわざ頭でライトを点ける様子を見た場合、大半の14ヶ月児が大人と同じように頭でライトを点けたそうです。一方で、手先が使えない大人が頭でライトを点ける様子を見た場合には、大半の14ヶ月児は頭ではなく手でライトを点けたそうです。これは、14ヶ月児が他者の状况を推論し、行為の意図を考慮して模倣を行っていることを示しています。

また、14ヶ月児は、模倣をする対象者を選んでいるようです。たとえば、自分と異なることばを話す非母語話者に比べて、同じことばを話す母語話者の行為をより多く模倣するそうです。これは、ことばが自分の集団への所属意識に関係することを示唆していることになります。また、靴の履き方を知らない知識のない人に比べて、靴の履き方を知っている知識のある行為者から模倣をするそうです。このように、生後14ヶ月という幼い児でも、相手がどのような人かを見極めているのだと今福氏は言います。

彼は、次のようなことを問うています。おいしいごはんを食べたとき、友達に誕生日をお祝いされたとき、楽しみだった野外でのイベントが雨で中止になったとき、あなたはどのような気持ちになるでしょうか?おそらく、嬉しい、悲しいなどの感情を経験すると彼は言います。

感情は、喜怒哀楽などの主観的な気持ちのことを指します。エクマンは、文化普遍的に認識できる喜び、驚き、恐れ、悲しみ、怒り、嫌悪の六つの感情を発見し、これを基本感情と呼びました。感情は情動の主観的側面、それは、「今、嬉しいと感じている」というように、情動をことばで認識することです。情動は、ある特定の行為へと私たちを駆り立てる一過性の生理反応で、厳密には感情と区別されると言います。

では、感情はどのように発達するのでしようか。ブリッジスの理論によると、誕生したばかりの時点では、感情は未分化な状態であり、興奮のみが存在するとしました。その後、生後3ヶ月にかけて、快と不快に分化します。快は対象に手をのばすなどの接近行動にあらわれ、不快は対象から遠ざかる回避行動にあらわれます。生後3ヶ月以降、感情は喜びや怒りなどの基本感情に分化していきます。生後18ヶ月には、比較的複雑な感情である照れ、恥、罪悪感、誇りなどが出現します。これらの感情は、自分の身体や感情、思考に対する意識である自己意識の発達とかかわります。

新生児微笑という現象があります。これは、生まれたばかりの赤ちゃんが寝ているときなどに反射的に口角が引かれて、あたかも笑っているように見えるものです。生後3ヶ月になると、他者に対して笑顔を向ける社会的微笑が見られるようになります。この頃から、自分が笑顔を向けると相手も笑顔を向けてくれることを学習し、相手の笑顔を報酬として感じるようになると考えられているそうです。

模倣のメカニズム

驚くべきことに、生まれたばかりの新生児は、他者の表情や手の動きを真似します。先述した新生児模倣です。メルツォフとムーアは、大人が舌を突きだす、口を開ける、唇を突きだす、指を動かす様子を新生児に見せた際に、新生児が大人の行為と一致した行為を再現することを示しました。なぜ、この新生児期からの模倣が注目されてきたかというと、模倣が社会的認知やことばの発達の基盤となる現象であると考えられているためです。

では、新生児模倣はなぜ起こるのでしようか。その理由の一つとして、彼らはアクテイプインターモダルマッピング(AIM)という生得的なメカニズムを想定していると言います。AIM理論によると、人間は生まれながらにして、観察した他者の動きを、自己の運動表象(イメージ)に照合する機構をもっているそうです。ただし、新生児模倣の一つである舌だし反応は、大人の表情でなくとも、光を提示すると舌をだすことから、新生児模倣は反射と言われているような、特定の感覚刺激に対する意識されない定型的な反応か探索行動の一種であるとする報告や、新生児模倣は生じないのではないかという研究もあるそうです。また、新生児模倣は、生後2ヶ月以降に一旦消失し、六ヶ月に模倣が再びみられるようになるという報告もあります。これらの研究は、新生児模倣のメカニズムを議論するうえでも重要だと今福氏は言うのです。

新生児模倣は、チンパンジーやアカゲザルにおいても報告されているそうです。アカゲザルを対象に、新生児模倣をしているときの脳活動を記録した研究があります。その結果、アカゲザルが舌だしなどの顔動作を見ているときと、真似しているときに、脳波における5~6ヘルツの帯域で脳活動が抑制されることがわかったそうです。これは、アカゲザルにおいて、他者の運動を自己の運動表象(イメージ)に一致させる働きを担うミラーニューロンが、新生児の時点で機能している証拠だと言います。

次に、今福氏は乳幼児期の模倣の発達過程について概観しています。6~20ヶ月児を対象に、複数の行為について模傲の発達が調べられているそうです。その結果、行為の種類によって模倣の出現時期が異なることがわかったそうです。たとえば、テープルを手でたたく動作の模倣は6ヶ月児で、大人が発する音声「あ」に対する音声の模倣は8ヶ月児で、拍手の模倣は10ヶ月児で、手を自分の頭の上にのせる動作の模倣は16ヶ月児でみられました。この知見は、自身の運動発達にともない、赤ちゃんが模倣のレパートリーを拡張させることを示しています。

バーらは6,12,18,24ヶ月児を対象に、動作の観察から一定時間の後にみられる模倣である延滞模倣の課題を用いて、動作系列の記憶・学習について調査を行ったそうです。まず、参加児はデモンストレーション群(DE)とコントロール群(CO)に分けられました。DE群は実験者が参加児に3ステップの一連の動作を実演しました。3ステップとは、①人形の手から手袋を外す、②手袋を振る、③手袋を人形の手に戻すの三つです。一方で、CO群に対しては動作の実演は行われず、実験者が参加児に人形を三回振ってみせました。24時間後、参加児に人形を渡してDE群とCO群の模倣スコア( 3ステップの動作の中で模倣した動作の数)を比較したそうです。その結果、CO群では動作はほとんど再現されませんでしたが、DE群では12ヶ月児で一つ、18、24ヶ月児で二つの動作を模倣することがわかったそうです。この研究から、複数のステップを含む動作の記憶・学習は、生後一歳半以降により精緻なものになると考えられているそうです。

自分の名前を呼ばれたとき

本当に、人間は赤ちゃんの頃から、いや胎児の頃からかなり有能であることがわかってきているのですね。新生児が顔らしい刺激を選好する理由としては、輝度と言われる明るさの度合いの明暗のコントラストを知覚しているためであると考えられているそうです。たとえば、新生児は顔が黒い目のときには選好を示しますが、白い目のときには選好を示しません。つまり、新生児は顔の配置パターンのみでなく、目の色の黒さに反応します。このことは、新生児が「黒い目をもつのが人の顔」というような知識を有し、コミュニケーションの相手として顔を知覚している可能性を示唆していることになります。この仮説は未だに議論の余地があるそうですが、新生児が目を閉じている顔よりも、目を開けている顔を好むことや、目を逸らしている顔よりも、直視している顔を好むことからもこの説が支持されているそうです。

「目は心の窓」ともいわれますが、私たちは他者の視線から多くの情報を得ています。見つめ合いや微笑み合いなど、赤ちゃんと大人の二者間でやりとりをする関係性を二項関係と呼びます。2~4ヶ月児は、他者の視線方向を手がかりに、モノに注意を向けるようになります。しかし、この時期の視線追従は不安定です。6~8ヶ月児になると、安定した視線追従が観察されるそうです。9ヶ月児になると、モノを含む三項関係によるコミュニケーションの関係性が構築されます。トマセロは、三項関係が生後9ヶ月頃に生じることから、この時期の変化を「9ヶ月革命」と呼びました。この頃に、赤ちゃんは他者の意図に接続して、物事や出来事を他者と共有することができるようになるのです。他者と注意を共有する能力は、共同注意と呼ばれ、コミュニケーションやことばの発達の基盤であると考えられています。

マンディーは、共同注意を二種類に分けました。一つ目は、生後6ヶ月からみられる、他者の指さしや視線方向の追従による応答型共同注意です。二つ目は、生後9ヶ月からみられる、自分が注意を向けた対象を、アイコンタクトや指さし、手渡しで自ら他者と共有する始発型共同注意です。この二つの共同注意によって、赤ちゃんは大人と物事や出来事を共有するというのです。

街中で知らない誰かと目が合うと、「見られている」という感覚を味わうことがあります。赤ちゃんもアイコンタクトをすると、ある種の意図を知覚すると言われています。たとえば、5ヶ月児を対象とした研究では、赤ちゃんから視線が逸れた顔よりも、赤ちゃんと視線が合っている顔を見たときに、内側前頭皮質という脳の部位が強く活動するそうです。内側前頭皮質は、メンタライジングという能力とかかわるそうです。他者の意図の気づきにかかわる内側前頭皮質が生後半年の時期に働いているという事実は、驚くべきものです。さらに、6ヶ月児では、他人の名前に比べて、自分の名前を呼ばれたときに内側前頭皮質が強く活動します。加えて、この脳領域の活動は、知らない女性ではなく、お母さんに自分の名前を呼ばれたときに最も大きくなるそうです。

模倣というのは、他者の身体連動を真似することです。大人が発した音声を真似するのも、その一つの例です。模倣には、文化学習的側面である知識の獲得と、社会情緒的側面である個体間の親密性の促進という二つの機能があります。模倣は、世代を超えた文化の伝播に欠かせないもので、私たちが社会生活を行ううえで必須のスキルの獲得を可能にする社会的認知能力です。

顕示的シグナル

顕示的シグナルは赤ちゃんの学習を促進すると考えられています。顕示的シグナルとは、養育者が赤ちゃんに対して行うアイコンタクトや対乳児発話などを指します。赤ちゃんは養育者からの顕示的シグナルを知覚すると、これから学習が始まることを予期します。そして、それがあることによって学習が効果的になるというのです。実際に、アイコンタクトや対乳児発話などの顕示的シグナルがない場合に比べて、ある場合に赤ちゃんは他者の視線方向をより高い頻度で追うそうです。また、赤ちゃんに対して事前に手を振る動作をすると、その後に他者が見た物体の学習が促されるようです。顕示的シグナルは、情報が豊富に存在する環境の中で、赤ちゃんがどの情報を選択的に学習するべきかを明確にする役割を果たしているのです。このことは、保育をするうえで、大切なことを教えてくれています。

ナチュラル・ペダゴジーの理論から、顕示的シグナルに対する感受性が、赤ちゃんの学習において非常に重要であると考えられているそうです。チプラとゲルゲリーは、このような教育のしくみが、系統発生の中で進化適応の結果として獲得されたヒトに特異的なものであり、あらゆる文化に普遍的に存在するとしているそうです。まさに、人間しかしないということなのでしょうか。そして、これに、どの時期に、どのくらい、どの部分が反応するかが感受性と言われているものなのです。

では、顕示的シグナルへの感受性がどのように発達するのでしょうか。顕示的シグナルの感受性は、外界の社会的刺激の知覚処理が基盤となります。その萌芽は、胎児期から始まっているようです。妊娠38週前後の胎児は、見知らぬ女性の声に比べて、お母さんの声を聴取しているときに心拍を上昇させるそうです。この結果は、胎児がすでに、お母さんの声と見知らぬ女性の声を区別して知覚していることを示しているのです。胎児は、お母さんの声を胎内で聴取しているために、聞きなれたお母さんの声に対して特別な反応を示すと考えられています。外部の情報を受容する私たちの感覚器は、たとえば触覚などの皮膚感覚は在胎11週、嗅覚や味覚は在胎24週、聴覚は在胎20~27週、視覚は在胎28週くらいに機能しはじめると考えられているそうです。OECDが、教育の対象を胎児からとしているのは、こんな理由もあるのかもしれません。

そして、新生児では、人の声や顔に対して選好を示すことが明らかとなっています。たとえば、声の認識は、母語の音韻体系の獲得や話者の同定において重要な情報です。生後1~4日の新生児は、純音を合成して作成した人工音よりも、人の声という社会的刺激を選好するそうです。また、顔は個人の識別や、相手の感情を推測する手がかりとなる重要な社会的刺激です。生まれて間もない新生児は、目と口が顔らしい配置パターンになっている刺激(正立顔)を、配置がごちゃ混ぜの刺激に比べてより長く注視するそうです。同様に、新生児は正立顔を、上下で180度回転させた倒立顔と区別して選好するそうです。このように、顔などの刺激を上ド逆さまに倒立させることで、当該刺激に対する近く処理が困難になる現象を倒立効果と呼びそうです。倒立効果は、点の動きで生物らしい動きを模した生物学的運動と言われているパイオロジカルモーションの知覚においても、新生児期から確認されているそうです。バイオロジカルモーションを倒立させると、足が地面についていないような、重力関係がおかしい刺激になります。新生児は、自身の重力の経験からバイオロジカルモーションを知覚することができるようです。

社会脳の全容

社会性とは、集団をつくって生活しようとするヒトの根本的な性質です。ヒトは、身体に比べて大きな脳をもちます。この背景を説明する考えとして、今福氏は、社会脳仮説を説明しています。

社会脳仮説とは、ヒトらしい理性にかかわる脳と言われている霊長類の大脳新皮質の大きさに着目しているそうです。以前ブログでも登場したダンバーについて書いています。ダンバーは、ヒトを含む霊長類が、顔を合わせてやりとりをする安定した社会的関係の個体数をダンバー数と呼び、霊長類の大脳新皮質の大きさとの関連を検討したのです。その結果、ヒトは、大脳新皮質の体積が霊長類の中でもっとも大きく、およそ150名と社会的関係を築くことを明らかにしました。つまり、集団で生活をしている私たちは、種の進化の過程である系統発生の中でより大きな脳をもつようになり、私たちの脳は社会的環境に適応するために進化してきたと言うのです。また、ダンバーは認知機能の観点から、ヒトを特徴づける要素として、他者の意図や心的状態を推測する能力、言語の使用をあげています。私たちは、進化の過程で獲得したこれらの認知能力を駆使して、他者とかかわり、現在の文化や複雑な社会的環境を築き上げてきたというのです。

近年、脳計測技術の発展にともない、社会性にかかわる認知機能である社会的認知の神経基盤、つまり社会脳の全容が明らかになりつつあるそうです。たとえば、他者の顔の情報を処理する紡錘状回、音声情報を処理する上側頭溝、感情の経験にかかわる扁桃体、共感にかかわる前皮質や前部帯状皮質、心の理論にかかわる内側前頭皮質、側頭極や側頭頭頂接合部などがあるそうです。社会脳は、実に様々な部位によって構成されているのですね。その中で、心の理論に関連する三つの領域は、総称してメンタライジングシステムとも呼ばれているそうです。メンタライジングとは、自分自身や他人の心について考えるための能力で、コミュニケーションに欠かせません。では、私たちが、他者とのコミュニケーションを円滑に行ううえで重要となる社会的認知や社会脳は、いつ、どのように発達するのでしょうか。

では、ここで言う社会的認知とは、何でしょうか。社会的認知には、他者の顔や声などの社会的刺激の知覚、模倣、心の理論、自己認識などがあるそうです。

近年提唱された社会的認知発達の理論として、ナチュラル・ペダゴジーがあるそうですが、しれはいったいどのようなものなのでしょう。ナチュラル・ペダゴジーを直訳すると、「自然教育学」というようなことのようです。ナチュラル・ペダゴジーは、生後すぐに養育者から赤ちゃんに行なわれる教示行動が、コミュニケーションの中で、自然に行われることから名付けられたそうです。これにより、幼い被教示者である赤ちゃんは、教示者である養育者から効率的効に知識を獲得するようです。

では、教示者から被教示者への効率的な知識の伝達は、どのようになされるのでしょうか。それを今福氏はこう説明しています。たとえば、モノの名前を教えようとするとき、養育者は赤ちゃんに対して顕示的シグナルを送ります。顕示的シグナルとは、養育者が赤ちゃんに対して行うアイコンタクトや対乳児発話などを指します。赤ちゃんは顕示的シグナルを知覚すると、これから学習が始まることを予期します。このため、顕示的シグナルは赤ちゃんの学習を促進すると考えられているのです。

脳の仕組み

では、心はどこにあるのでしようか。現在では、心は脳の働きによって生みだされているということが明らかになりつつあるそうです。ヒトの大脳は、中心溝・外側溝・頭頂後頭溝・後頭前切痕という四つの主要な脳溝によって区分され、それぞれ前頭葉・側頭葉・頭頂葉・後頭葉という名前で呼ばれています。脳画像計測技術の開発によって、脳の構造や電気信号、血流の反応を計測することができるようになり、心の様相が明らかになってきたそうです。たとえば、網膜からの視覚情報は一次視覚野に情報が投影されること、ことばを話すときには下前頭回(プローカ野)、ことばを理解するときには一次聴覚野の後部(ウエルニッケ野)が関与していることなどがわかっているそうです。また、お腹が空いたときに感じる身体内部の感覚である内受容感覚は、島皮質と呼ばれるところで知覚されているようです。

最近、私が講演の時に話をするのが、脳の仕組みについてですが、かなり重なる部分がありますが、ちょっと難しいですが、今福氏の脳のしくみについての説明を聞いてみたいと思います。脳内では、電気が流れることで情報が伝達されます。目や耳から入った外界の物理的な情報は、すべて電気信号に変換されます。電気信号は、神経細胞であるニューロンを通じて脳内をめぐります。電気信号は樹状突起で受容され、軸索という長い神経の繊維を通って、軸索終末部で次の神経細胞に情報を送ります。神経細胞同士をつなぐ部分はシナプスと呼ばれ、そこでは神経伝達物質によって情報が伝わり、次の神経細胞に電流を流す引き金になります。このようなしくみで、脳内で情報が伝わるのです。

シナプスの密度は、出生前後から増加しますが、その後に減少します。その理由としては、必要な情報を伝えるシナプスの結合は強化され、不要なものは除去されるためです。これを、シナプスの刈り込みと呼びます。シナプスの形成と刈り込み時期について彼は、このような図を示しています。この図を見ると、刈り込んでいく時期は、脳領域によって違うようです。

ハッテンロッカーは、死後脳の解剖学的な研究によって、脳形態におけるシナプスの密度を1990年に計測しました。その結果、視覚情報を知覚処理する一次視覚野のシナプス密度は、四~八ヶ月にかけて最大となり、その後は緩やかに小さくなり、11歳で成人と同じ密度(最大時の60% )になることがわかりました。一方で、思考や行動の計画などの高次機能を司る前頭前皮質では、1歳前後にシナプス密度が最大となり、その後成人と同じシナプス密度になるのは16歳頃です。このことから、前頭前皮質は一次視覚野に比べて発達が遅く、より時間をかけて発達すると考えられているそうです。近年の研究では、18~25歳においても、依然として前頭前皮質のシナプスの刈り込みや、情報の伝導速度の上昇に関連する髄鞘化(ミエリン化)が行われている可能性があることが議論されているそうです。髄鞘化とは、神経細の軸索にそれを包む覆いができることで、これによって電気信号が早く伝わります。

シナプスの刈り込みがうまくいかない場合には、脳機能に何かしらの不具合が生じる可能性が明らなってきているそうです。たとえば、神経発達症(発達障害)の一つである自閉症の場合、定型発達者に比べて、前頭葉、後頭葉、小脳の白質(神経線維がある領域)や灰白質(神経細胞の細胞体がある領域)の容積が大きいようです。これは、自閉症者においてシナプスの刈り込みが正常に行われていないことを示しているそうです。また、自閉症者では、感情の経験にかかわる扁桃体の発達が非定型的であることも数多く報告されているそうです。自閉症者の脳の肥大化は、2歳の時点ですでにみられており、生後早期からの異質な脳の発達過程が、自閉症の成り立ちに関与する可能性があると言われているのです。

研究手法

発達科学や発達心理学は、実証研究によって心の発達にかんする多くの知見を明らかにしてきました。今福氏は、これらの研究につての手法を説明しています。研究の中で、実証研究とは、対象者を観察・実験することで得られたデータを分析することによって行うものを指します。では、データはどのように取得するのでしょうか。心は目に見えません。そこで、心が反映される指標を集めます。指標には、反応時間、視線反応、質問紙、面接などの行動指標や、脳電位・血流、心拍、発汗などの生理指標があります。指標を集めることで、私たちの心を間接的に見ることができると言うのです。

では、発達の初期段階にある赤ちゃんの心は、どのように「見える化」できるのでしようか。今福氏は、こんな例を出しています。たとえば、赤ちゃんがある種の刺激を顕著に好む性質を利用した選好注視法や、一定時間連続して提示された刺激に飽きる性質を利用した馴化ー脱馴化法などを挙げています。これらの方法は、私のかつてのブログでも何度か紹介してきました。選好注視法では、モニターの画面の左右にお母さんの顔と見知らぬ女性の顔を提示し、赤ちゃんがどちらの顔をより長く見るか(好きか)を調べます。馴化ー脱馴化法では、モニターに女性の顔Aを何度か提示し、注視時間が短くなったら先ほどとは異なる女性の顔Bを提示します。このとき、顔Bに対する注視時間が長くなれば、赤ちゃんは顔Aと顔Bを区別していたことになります。

さらに、近年の科学技術の発展により、人体に安全な近赤外光を利用して赤ちゃんの視線反応を記録することのできる視線計測装置や、脳血流量の変化を測定することのできる近赤外分光法(NIRS)、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)、脳の電気信号の変化を測定することのできる脳波計(EEG)や脳磁図(MEG)などの脳機能計測装置が開発されているそうです。このような計測技術の飛躍的な発展は、赤ちゃんの知覚・認知機能の発達過程の解明とその理解に大きく貢献しているそうです。なお、ここでいう知覚は、雑多な環境の中から顔や声など特定の対象を認識するうえで欠かせない、受容した感覚情報を意味づける過程のことを指し、認知は、情報を知覚したうえで判断や解釈をする過程のことを指します。

たとえば、視線計測装置では、赤ちゃんが顔のどこの部位をどのくらいの時間見ているかを正確に調べることかできます。また、NIRSを用いた研究では、新生児において、視覚、聴覚、触覚といった感覚刺激が与えられた際に、それぞれに対応した大脳皮質の局在的な活動がみられることがわかったそうです。さらにこの研究は、触覚刺激を受けたときに、新生児の脳活動が広い領域でみられることを示しており、この時期における触覚刺激の重要性を示唆しているそうです。

発達研究における研究デザインについては、主に横断研究と縦断研究があるそうです。横断研究は、同じ年代の対象者をある一時点において観察して、「生後〇ヶ月の赤ちゃんは、このような傾向があります」という研究を行う場合に用いられます。一方で、縦断研究は、同じ対象者を異なる時期に二回以上繰り返し観察することで、時系列的な発達変化を調べることができると言います。

三歳児神話と共同養育

現代日本における家族形態は核家族が多く、身近に祖父母などがいないのが現状です。2015年の時点では、核家族の世帯は全体の55.8%にも上るそうです(国立社会保障・人口問題研究所、2018)。これにともない、「ワンオペ育児」も増えています。ワンオペ育児は、子育てを行うパートナーか転勤などの事情で家庭から離れているために、一人で育児を行うことです。育児を一人で行うと、育児によるストレスも一人で負うことになります。

こんな状況の中で、今福氏はこんなことを指摘します。日本ではかつて、「三歳児神話」ということはがよく聞かれました。これは、三歳まではお母さんが子育てをしないと、子どもの発達に悪い影響がでるという言説です。産休を終えて職場復帰をして働く女性は、子どもを保育所などに預けますが、彼は、これは良くないことなのか問うています。そもそも、三歳児神話は正しいのでしょうかということにも疑問を持ちます。実際、三歳以前に、家庭のみで育った子どもと保育所に預けられていた子どもの発達を比較したところ、お母さんの就労が子どもの発達に影響を及ばすという証拠はみられていないようです。つまり、三歳児神話を支持する証拠は今のところないのだと彼は言うのです。

さらに、共同養育の考えからすると、ワンオペ育児や三歳児神話の考えは不適切だというのです。共同養育はお母さんの負担を軽減し、たくさんの子どもを育てることが可能なしくみです。したがって、保育所や幼稚園、認定こども園などの施設も、広い意味では共同養育の形態の一つであると彼は考えています。厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成29年4月1日)」によると、現在、保育所などの数はおよそ三万、利用児童数はおよそ254万名になります(厚生労働省、2017)。現状では、施設数と利用児童数のアンバランスが生じており、子どもを施設に預けることができない待機児童の問題が深刻です。この背景には、共働き世帯の増加や、離職による保育者の不足があると考えられます。これらの課題を一つずつ解決し、共同養育の場を増やし、質の高い乳幼児教育を行うことが重要だと今福氏は提案しているのです。それは、決して親の都合だけではなく、赤ちゃんの心を育むことにもつながるのだというのです。

では、心の発達を理解するには、どのような方法があるのでしようか。今福氏は、「発達心理学」という学問がその一端を担うと考えています。発達心理学は、胎児期(受精後9週~出生)、新生児期(出生~4週間)、乳児期(生後1ヶ月~1歳)、幼児期(1~5歳)、児童期(6~11歳)、青年期(12~24歳)、成人期(25~64歳)、老年期(65歳以上)にわたる、人の生涯の身体、知覚、認知、人格、感情などの成長や発達、また発達を阻害する要因を研究する分野だと言います。ちなみに、各発達時期の区分については諸説あり、世界保健機関(WHO )では青年期を10~24歳としているそうです。

近年では、発達心理学は近接の学問分野である神経科学、医学、工学、遺伝学、保育学などとの連携による学際研究が盛んになり、「発達科学」が構築されているそうです。発達科学は、学際研究領域として、個人(行動、脳・神経系、遺伝子など)と環境(社会、文化など)との関係の中で人の発達を理解することを目指しているそうです。それは、子どもの発達にかかわる現代の社会問題を解決するには、一つの学問領域ではカバーしきれないからだというのです。

心が育つ環境

ベビースキーマをもつ対象は、見る人に「かわいい」と思えると同時に「近づきたい」などの接近動機を高めるようです。たしかに、かわいい動物を見ると、「なでたい」「だっこしたい」などと思って、対象に近づいてしまうものです。かわいいと感じることで、対象にポジティブな価値を見出し、社会的関与が同期付けられると言われています。このため、赤ちゃんを見ると養育の動機が生じると考えられているのです。

ところが、赤ちゃんはいつもかわいいわけではないようです。ある研究では、無表情の赤ちゃんよりも、笑顔の大人の方がよりかわいいと評定されたそうです。つまり、笑顔であることがかわいい感情に影響するようです。たしかに、大人は赤ちゃんが笑顔だと嬉しくなりますが、泣いているときには不安を覚えます。大人が赤ちゃんをかわいいと感じ、養育したいと思うには、赤ちゃんの笑顔が重要であるのかもしれません。ということは、泣いてばかりいる赤ちゃんに対してイライラするのは特別なことではないのですね。誰でも、いつでも、赤ちゃんはかわいいと思わないといけないと自分を責めるのは、思い込みかもしれません。

次に、今福氏はヒトの心が育つ環境について考えています。生物学者のアドルフ・ポルトマンが自立して生活できない未熟な状態で生まれることを表す概念として「生理的早産」と呼んだように、ヒトの赤ちゃんは非常に脆弱な状態で出生します。

動物は就巣性と離巣性に分けられます。就巣性は、リスやウサギなどのように、妊娠期間が短く多産で生まれる種のことを指し、離巣性は、ウマやゾウなどのように、妊娠期間が長く原則一個体で生まれる種のことを指すそうです。ポルトマンは、ヒトが未熟な状態で生まれる就巣性と、出産児の数が少なくなる離巣性の双方の特徴を併せもつことから、ヒトを二次的離巣性であるとしたそうです。その理由として、1つには、ヒトの脳が巨大化したこと、そして、二足歩行のために骨盤か狭くなったという二つの条件から、赤ちゃんを未熟な状態で出産する必要があったと言われています。また、体毛の希薄化により、ヒトの赤ちゃんはチンパンジーのように自力で大人のお腹や背中にしがみつくのが困難になりました。ヒトの大人は、赤ちゃんを抱っこするか、どこかに寝かせなければなりません。これにより、親子で顔を合わせて子育てをするようになり、コミュニケーションの形態がより複雑に変化してきたと考えられます。

では、そんな未熟で生まれた赤ちゃんを、誰が育てるのでしょうか。このことは、私がよく話をすることですが、ヒトの子育ては、「共同養育」という形態をとったと言われています。共同養育とは、お母さんだけが子育てをするのではなく、お父さん、祖父母、血縁関係のない人も含めて、一人の子どもを育てることです。このように子育てを分担することで、お母さんに負担が集中することがなくなります。

お母さん以外も子育てをする共同養育のことを、専門用語ではアロマザリングと呼びます。アロマザリングの考えでは、赤ちゃんはお母さん以外の人にも愛着(アタッチメント)を形成すると考えられます。愛着とは、特定の人に対して形成する特別な情緒的結びつきとしてBowlbyが提唱しました。また、愛着行動は赤ちゃんから愛着対象へ接近を求める行動のことを指し、後追いや笑顔、発声、人見知りという愛着対象以外の人に対する回避的な行動などがあります。赤ちゃんは、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、保育者などにも愛着を示す可能性があるのです。ここで、私が注目するのは、「赤ちゃんから愛着対象へ接近を求める行動」であるということです。

赤ちゃんはかわいいか?

今福氏は、心の発達について理解できれば、適切なかかわりができるようになり、子育ての不安が安心に変わると言います。そのために、私たちは、まず発達を理解しなければなりません。その中で、心を理解するために、私たちの心は、いつ、どのように発達するかの理解が必要になります。

そもそも「心」とは何であるかを彼は問うています。広辞苑(2008)には、心とは「人間の精神作用のもとになるもの、またその作用であり、知識・感情・意志の総体である」とあるそうです。この定義によると、最初に「人間の」と書かれているので、心は人間特有のものであり、ヒト以外の動物に心はないように思えます。しかし、動物にも感情や意志があると考えられているようです。たとえば、犬を飼っている方は、犬に心があることを疑わないだろうと言います。実際に、犬は喜びや悲しみなどの基本感情という、国や文化によらず同じように認識される感情を表情で示します。また、オマキザルでは、実験者からもらった食べ物よりも好きな物を他個体がもらっていると、実験者に食べ物を投げつけるという「嫉妬」ともとれる行動をするそうです。

では、赤ちゃんに心はあるのでしょうか。それを考えるうえで、今福氏は、いわゆる白紙論に触れています。かつて、晢学者のジョン・ロックは、「生まれたばかりの人間の心は、何も書かれていない白紙(タブラ・ラサ)である」という有名なことばを残しています。しかし、近年の発達心理学研究から、生まれたばかりの新生児でさえ、多くの能力を備えていることか明らかになってきたと言います。たとえば、新生児は人の顔やお母さんの声などの社会的刺激を、ほかの刺激よりも好むことがわかっています。また、相手の顔表情や手の動きの真似をします。それは、新生児模倣と呼ばれる現象です。現在では、ヒトが生まれながらにしてもつこれらの性質は、社会性やことばの発達の基礎になると考えられているのです。

次に、「ベビースキーマ」について述べています。赤ちゃんを見ると、多くの人は、かわいいと感じます。それは、赤ちゃんの笑顔を見ると、こちらも嬉しくなってしまったり、赤ちゃんを抱っこすると、柔らかくてふわふわした印象を受けるからです。

では、「かわいい」とは何でしょうか。この言葉は、今はそのまま世界中の人が使い始めています。それは、日本の漫画やアニメなどで使われることが多く、海外ではそのまま“kawaii”という表記が用いられるようになっています。今福氏によると、「かわいい」は、いとおしさを感じる対象に抱く感情のことで、心理的・感情的な体験を指す言葉であると言います。

かわいい感情は、見た目の幼さとの関連において議論されることが主流でした。それを、ローレンツが提唱したべピースキーマという概念では、人間や動物の幼体がもつ身体的特徴に着目しています。ローレンツによると、ベビースキーマは身体に対して大きな頭、前に張りでた顔をともなう高い上頭部、顔の中央よりやや下に位置する大きな眼、短くてふとい四肢、全体に丸みのある体型などの特徴があり、これらの特徴にあてはまる対象は、かわいく感じられるとしました。赤ちゃんは、このベビースキーマをもつためにかわいいというのです。