科学的発見

赤ちゃんは統計の標本と母集団の関係を理解することもできるそうです。2008年、カリフォルニア大学バークレー校のゴプニックの共同研究者シューと赤のピンポン玉を使って実験をしたそうです。8カ月の赤ちゃんに白と赤の球を4対1の割合で入れた箱を見せ、そこから無造作に5種の球を取り出します。すると赤ちゃんは、確率的に低い赤玉4個と白玉1個を取り出したときの方が、白玉4個と赤玉1個を取り出した時よりも驚いていたそうです。その状況をより長い時間じっと見つめたというのです。

統計パターンを見つけ出すことは、科学的発見に至るまさに第一歩です。さらに驚くことに、子どもは、科学者のように統計に基づいて周囲の世界に関する理論を組み立てるというのです。

ゴプニックは20カ月の赤ちゃんを対象に、ピンポン玉を緑のカエルのおもちゃと黄色いカエルのおもちゃに変えて実験を行ったそうです。実験者が箱から5個のおもちやを取り出した後、テープルの上のおもちゃの中からどれか1つをちょうだいと子どもに頼みました。カエルのおもちゃが多い箱からカエルをたくさん取り出した場合、子どもが選ぶ色に傾向は見られなかったそうです。しかし、その箱からアヒルをたくさん取り出したとき、子どもはアヒルを選んで実験者に渡したそうです。どうやら子どもは、実験者が確率の低い選択をしたのは、無作為に選んだわけではなくアヒルを好きだからだと考えたようだと言うのです。

ゴプニックの研究室では、幼児が因果関係を理解するために統計データと実験をどのように使うのかを調べてきたそうですが、子どもの思考能力は“因果関係がわかる以前”のレベルをはるかに超えていることが明らかになりました。

ゴプニックたちは「プリケット探知機」という装置を使って実験しました。この装置を子どもに見せ、ある物(プリケット)をのせると光って音楽が鳴ると説明します。次に、この装置にいろいろな物をのせて装置の作動パターンを見せ、子どもたちがどのような因果関係を引き出すか調べたのです。「さあ、プリケットはどれかな?」と。

2007年に、ゴプニックは、現在はコーネル大学にいるクシニルと、未就学児がその装置を動かす方法を確率から学ぶことを発見したそうです。ゴプニックたちは、 2つの積み木のうち1つを繰り返し置いて見せました。黄色い積み木を置くと、装置は3回のうち2回光りましたが、青い積み木の場合は3回のうちの1回だけ光りました。次に積み木を子どもたちに渡し、装置を光らせてと頼みました。子どもたちはまだ足し算引き算ができないにもかかわらず、確率の高い黄色の積み木を置くことが多かったそうです。

積み木を装置に触れずに上方で振って装置を作動させた場合、子どもたちは作動確率の高い積み木を正しく選んだのです。子どもたちは実験の開始時点では、このような“遠隔作用”はありえないと考えていたそうですが、それは子どもたちに尋ねて確認したのですが、子どもたちは確率を使い、まったく新たな驚くべき事実を発見するに至ったそうです。

科学的発見” への7件のコメント

  1. 今回の研究結果からも、子どもが「小さな科学者」であることが理解できます。それも、しっかりとしたエビデンスがあるということを認識しなくてはいけません。このような要素があると知っていながら、昔の日本の子ども観が根強く残ってしまうというのは、不思議で仕方がありません。刷り込みの恐ろしさを感じます。そして、子どもが「確率」や「科学的な根拠」を本能的に把握している事実に驚きました。学生時代に学んだ数学の「確率」の授業を思い出します。生きていく上で、正確な確率を示す場面よりも、こっちの方が当たりそうじゃない?くらいの感覚の方が圧倒的に必要で使いそうな気がしましたし、そんなことを遊びを通して楽しんでいる子どもたちの学ぶ力に圧倒されています。

  2. これまた驚かされる実験です。「赤ちゃんは統計の標本と母集団の関係を理解することもできるそうです。」因果関係を知ることができる赤ちゃん。何も知らない、なにもできない赤ちゃんという私たち大人の刷り込みをどうやら廃さなければならないようです。「統計パターンを見つけ出すことは、科学的発見に至るまさに第一歩です。さらに驚くことに、子どもは、科学者のように統計に基づいて周囲の世界に関する理論を組み立てるというのです。」このことにも驚かされます。まさに哲学する赤ちゃんです。「子どもの思考能力は“因果関係がわかる以前”のレベルをはるかに超えていることが明らかになりました。」これも凄い!「子どもたちは確率を使い、まったく新たな驚くべき事実を発見するに至ったそうです。」あまりの衝撃にコメントをせずほぼ引用で終わってしまいそう。数学の確率のことを思い出しますが、そういうことではなく、遊びの中で確率を使っているという事実に驚かされるのです。

  3. 「アヒルを好きだからだと考えたようだ」赤ちゃんの心に思いやりのような、相手の気持ちを推し量るような面が備わっていることの驚きがあります。それは統計的に考えた上での行動なのかもわかりませんが、これを好きなのではないか、これをあげたら喜ぶのではないか、そんなような感情がまるで人間の本性なのではないかと思えてきます。人に喜ばれると嬉しいという気持ちは、なぜか無性に、それこそ理由なく嬉しいものです。人間というのは美しい生き物だと改めて思います。

  4. このような実験「アヒルの実験」では、子どもが相手の気持ちを考えて行動にうつすような、相手を思いに気づいて「こうかな?」と推察するような行動がみられたことは驚きます。子ども集団の中では、絶えずこのような行動をして、他者に対する考え方や気持ちを察するようなことをしているのでしょう。そういえば、赤ちゃんのオムツを替えている時にこちらが替えやすいように足を動かしてくれることがほとんどの場合あります。赤ちゃんがこちらの意図を察してのそのような行動でしょう。人間の素晴らしさを感じます。

  5. 統計や確率をまだ理解できないであろう年齢にもかかわらずわかっているのは、はたして野生に生きていた頃の本能なのでしょうか、それともこれまで様々な経験を紡いできた遺伝子が成す技なのでしょうか。運動をしていると、その競技にあった遺伝子を持っているであろう人に少なからず嫉妬心を抱いてしまうことがあります。残念ながら運動には努力では埋められない差というものがありますが、その点で本能というのは誰にでも身についているはずのものですから統計や確率を理解するちからのようなものも本能であってほしいですね。

  6. 赤ちゃんですら、大きく見た統計を基に予想をしているのですね。また、その経験を基に相手の好みや状況を読み取っているということに驚きます。こういった物事の様子を関連付けているということにも赤ちゃんの能力がこれまでいかに軽くみられていたかということを感じます。また、未就学児の実験も面白いですね。正確に確立の高い積み木を選んでいる。しかも、尋ね確認をとると統計を使っているということも分かったのですね。保育の中でも子どもたちは大人が教えなくても、数字や文字を使っていることがあります。周りの環境や友だちの様子から使い方を学んでいるのでしょうが、その事柄の理解、名称と意味との関係性は統計をも駆使して理解しているのでしょう。そこで起きているひらめきの経験は大人ではなかなか教えれないところですね。そして、だからこそ、「環境を通す」必要があるのですね。

  7. ピンポン玉の実験は驚いてしまいますね。しかし、「子どもは、科学者のように統計に基づいて周囲の世界に関する理論を組み立てるというのです」ということは、とても理解できます。そのために子どもたちはとにかく行動し、遊びを通して、様々な体験から理論を組み立てているのかもしれませんね。まさに、自分の体で世の中を理解しているようです。頭ではなく、体を動かし、やってみて、試してみて学ぶことが一番効果的だからこそ子どもたちは行なっているのかもしれません。そう思うと、やはり大人は子どもたちから学ばなければいけませんね。「子どもの思考能力は“因果関係がわかる以前”のレベルをはるかに超えていることが明らかになりました」という言葉にはとてもワクワクさせられます。子どもの存在の可能性を感じます。

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