確率論的モデル

子どもが本当の科学者のように意図して実験や統計分析を行っているわけではないことは明らかですが、子どもの脳は科学的発見をするのと同様の方法を無意識に使って情報を処理しているに違いないとゴプニックは考えています。認知科学では、脳は進化によって設計され、経験によってプログラムされるコンピュークーのようなものだという考え方が基本としてあるそうです。

情報工学や哲学の分野では、科学者や子どもの強力な学習能力の解明に向けて、数学の確率的な概念を取り入れ始めたそうです。機械学習用のコンピュータープログラム開発のためのまったく新しいアプローチとして、「確率論的モデル」が使われているそうです。このモデルは、「べイズモデル」とか「べイズネット」とも呼ばれているそうですが、あまり聞きなれない言葉ですね。しかし、このプログラムは複雑な遺伝子発現の間題を解くこともできるし、気候変動の理解に役立っこともあるようです。この手法によって、子どもの脳内コンピューターがどう働くのかについて新たな概念が生まれたと言われています。

確率論的モデルでは2つの基礎的な考え方を組み合わせます。まず、子どもが物事や人、言葉に関して持ちうる仮説を数学的に表します。例えば、因果関係についての知識を事象と事象とを結んだ図で表すことがてきます。「青いレバーを押す」から「アヒルが飛び出す」に矢印をひけば、仮説を表現できます。

次に、仮説と各事象が起こる確率とを体系的に関連づけます。事象が起こるパターンは科学では実験や統計分析から導かれます。データによく合う仮説がより高い可能性を持つのです。ゴプニックは、子どもの脳はこれと同じような方法で、周りの世界についての仮説を確率パターンと関連づけていると考えてきたそうです。子どもの推論の仕方は複雑かつ鋭くて、単純な関係や規則では説明できないと言うのです。

さらに、子どもが意図せずにこうしたベイズ統計解析をしているとき、異常な事例を考慮に入れるという点では大人よりもむしろ上手なようだと考えているようです。ゴプニックたちは、これから学会で発表予定の研究で、4歳児と大人にプリケット探知機を見せました。この装置の動かし方は少し変わっていて、 2個の積み木をいっしょに置く必要があります。その方法を探り当てるのは、大人より4歳児の方がうまかったそうです。大人はそれまでの知識に頼りすぎて、目の前の装置はそれに当てはまらないことを示しているのに、普通そんな動き方はしないと考えてしまうからのようです。確かに、このような刷り込みは真実を曲げ、本質を見つけるのにも邪魔なものになる可能性があります。それは、さまざまな点で思い当たりますね。

ゴプニックのチームが最近行った別の研究では、子どもは教えられているいると思うと自分の統計分析を変えてしまい、その結果として創造性が低下する場もあることがわかったそうです。実験者は4歳児に正しい一連の操作をすれば音楽が鳴るおもちゃを見せました。例えば、ハンドルを引いてから球状部を握るといった操作をすればよいのです。

何人かの子どもに「私はおもちゃをどうすれば音楽が鳴るのかわからない。みんなで調べてみよう」と言って、少し長い一連の操作をいくつか試して見せました。長い操作の最後に行う短い操作によって、音楽が鳴る場合と鳴らない場合があるようにします。さあ、おもちゃを鳴らしてみせてと言うと、多くの子どもが必要とされる短い操作だけを試し、自分で見た統計に基づいて不要だと思われる部分をちゃんと省いていたのです。

確率論的モデル” への5件のコメント

  1. 「子どもの脳は科学的発見をするのと同様の方法を無意識に使って情報を処理しているに違いない」というゴブニック氏の考えには、現場の先生たちから多くの共感をえるでしょうね。不思議なものに対する好奇心や探究心、試行錯誤しながら仕組みを知ろうとする姿は、まさに研究者です。それを意図したり、深い考えのもとしていないというのがポイントですね。そのような思考を日常で使用することで、今後不思議なことに出会った時の見方や対応、そして追求・探究といった理解を深めようとする流れが自然とできますね。豊かな考えを持っている人というのは、幼い頃にこの研究者のような体験を多くしていることが想像できました。そして、プリケット探知機の扱い方についても、「大人より4歳児の方がうまかった」という結果があり、大人をも上回る発想・アイディア・問題解決能力を秘めているというのは、本当に驚きです。

  2. 赤ちゃんもそうですし、ハイハイヨチヨチの子たち、そしてその上の子どもたちも、動きや表情は変化にとんでいますね。「子どもの推論の仕方は複雑かつ鋭くて、単純な関係や規則では説明できない」ということは何となく理解できます。大人になるにつれてその複雑さや鋭さが整理整頓され、角が取れてくるようです。「刷り込みは真実を曲げ、本質を見つけるのにも邪魔なものになる」確かにその通りで、赤ちゃんや幼児たちには刷り込みがないようです。ありのままを見て、そして行動する。常に事実や本質に迫っているのでしょう。「子どもは教えられていると思うと自分の統計分析を変えてしまい、・・・創造性が低下する場もある」。このことにも思い当たる節が確かにあります。受け身になると創造性は低下し、やがてなくなります。逆に積極性を促されてもそのことがプレッシャーになることもあります。いずれにせよ、やらされ感満載だと想像力、創造力は落ちていくことでしょう。

  3. 取っ手のついたドアが実は引き戸になっていて、それに気付いて開けられるのは子どもの方が早い、というような実験とその結果がテレビ番組の中で紹介されていました。子どもの思考の柔軟性と大人がいかに刷り込まれているかを感じたのですが、この度の内容でもそれを改めて感じる思いがします。
    「子どもは教えられているいると思うと自分の統計分析を変えてしまい、その結果として創造性が低下する場もあることがわかった」この研究結果もとても興味深いです。思いやりから思考がストップしてしまうということでしょう。まるで授業を受けるかのような保育が一日の大半を占めている場合、子どもは大人への気遣いに疲れてしまうのかもわからないと思えてきます。

  4. 赤ちゃんをみていると、探索、研究をしている姿が日常にあります。〝子どもの脳は科学的発見をするのと同様の方法を無意識に使って情報を処理しているに違いない〟という文章がすんなりと入ってきます。おもちゃで遊ぶことはそのまま研究につながっているのではないかと思うくらい、子どもたちはいろんなことをしています。
    そして、後半には〝子どもは教えられていると思うと自分の統計分析を変えてしまい、その結果として創造性が低下する〟とあり、大人が子どもが遊んでいるのをみていて、もどかしい時という場合は確かにありますが、そこでどうするのか?ということが大人に求められていますね。

  5. 子供がよくピタゴラ装置のようなおもちゃを笑うでもなく驚くでもなく、ただじっと観察しながら延々と繰り返し遊んでいるのを目にし、何をしているのか、面白いのかと疑問に思うことがよくありますが、あれは自分の中の仮説と実際の現象を擦り合わせていたのでしょうか。子供たちの行動にはなぜそれをするのかがわからないことが数えきれないほどありますが、それは本能ににた部分で行われていることなのですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です