減る自由遊びの時間

ブラウンの研究では、犯罪を起こした人の多くは自由遊びを制限されているという結果が出ましたが、自由遊びの制限は、発達が妨げられることもわかってきています。ほとんどの心理学者が、遊びにはよい効果があり、その効果は成人期まで続くと考えています。しかし、逆に、遊びを経験したことのない子どもにどの程度の害が生じるかについては必ずしも意見が一致していないそうです。というのも、たっぷり遊ぶ時間もなく成長する子どもというのは、過去にはほとんどいなかったからです。ところが今日では、子どもがみな自由に遊びにいそしむとはいえなくなってきています。2005年にArchives of Pediatrics of A誌に発表された論文によると、子どもの自由遊びの時間は、 1981年から1997年までに3 / 4に減っているそうです。その多くの理由は、子どもをよい大学に入れるため、両親は遊びの時間を削って、子どもにもっと系統だった活動をさせるようになっているからだそうです。

いまでは、幼稚園から、子どもたちの放課後の時間は音楽やスポーツのおけいこ事で埋め尽くされています。遊びの時間こそが創造性や協調性を伸ばすというのにです。いくつかの研究で、ヒトでも動物でも、遊びのない幼年期を過ごすと、正常な社会的・感情的・知能的発達が妨げられるというブラウンの考え方が裏付けられています。ブラウンなどの心理学者は、子どもの自由遊びを制限すると、不安を抱えた、不幸で社会にうまく適応できない大人になるのではないかと懸念しているのです。「遊びが非常に不足すると、深刻な結果が待っている」とプラウンは述べています。しかし、遊びを始めるのに決して遅すぎるということはありません。大人になっても遊びは精神的・肉体的健康を促進するのです。

すでに19年には、遊びが消えることへの懸念が表面化していました。それで、その状態を危惧して、その年、すべての子どもの基本的な権利として遊びを保護・保存して促進するために、デンマークで国際遊び協会(lnternational Play Association)が設立されました。

しかし、そうした考えに注目が集まるようになったのは、この10年余りだそうです。遊びの価値を広く流布させ、遊びがなくなることを懸念する意識を高めるために、全世界で多くの非営利組織が設立されはじめました。プラウンが発起人となって、カリフォルニア州カーメルバレーに設立した非営利組織の全米遊び研究所(National Institute of Play)をはじめ、児童連盟(Alliance for Childhood)や遊び研究協会(Association of the Study to Play)などの組織がそれです。

しかし、これはアメリカの事情ですが、子どもたちはサッカーやスクラブルやスーザフォン(大型のパルプ式低音金管楽器)などで“遊んで”います。たしかに、これも遊びと言えば言えないこともありません。ではなぜ専門家は、こうしたゲームや系統だった活動が自由遊びを侵食していることを心配するのでしょうか?

確かに、規則に従うゲームはおもしろいし、よい学習経験になります。そうしたゲームは、例えば社会的なスキルや集団の団結力といったものを伸ばすとミネソタ大学の教育心理学者ペレグリーニは述べています。しかし「ゲームには、あらかじめ決められ、従わなければならない、優先されるべきルールがある」とペレグリーニは説明しています。「ところが遊びにはそうしたルールはないので、より創造的な反応ができるのだ」というのです。

減る自由遊びの時間” への9件のコメント

  1. 「1981年から1997年までに3 / 4に減っている」というデータ、また、「遊びを始めるのに決して遅すぎるということはありません。大人になっても遊びは精神的・肉体的健康を促進する」ということは、なんとなくですが感じている世の中であると思うのですが、それを本気で考えたことがないのがほとんどであると思います。「遊び」の重要性に気づき、それを保障しようとする動きは、同時に乳幼児教育の内容に大きく関わってきますね。それも、ルールのない「遊び」というポイントがあるということで、まさに、柔軟な発想を得意とする子どもからの自発的な遊びそのものです。子どもの中に答えがあるということなのですね。

  2. 今日、中国から親子数組がやってきて、当園の保育を体験していきました。帰る前に時間があったので少し質問を受けました。英語などのレッスンはないのかとか、喧嘩をしたらどうするのかとか、園の特徴は何か、など尋ねられました。私も中国の幼稚園は月謝が20万円から30万円もするので驚いていると話すと、小学校に上がるまでに中国語や英語、数学を幼稚園で教えてくれるからそれくらいの月謝を支払うのは当然だし、月謝が安いとそうした授業をしてくれないから不安になる、とその親御さんたちは言っていました。子ども同士で関わって遊ぶ遊びの意味を説明してみました。もろもろ話した後、当園の子どもたちの遊んでいる姿から何を感じたかを尋ねました。すると、子どもたちがとても自信を持っているように感じたとか、遊びに積極性を感じたとか、自分たちのような訪問者がいても遊びを中断することなく続けている姿に驚かされたなどの感想を頂きました。とても良い体験ができた、と言っていました。遊びが子どもたちに保障する創造性やダイナミズム、脳の神経回路やシナプスへの影響を考えると、そのことの重要さを改めて認識しました。私自身、遊びは大好きです。いきいきしていられます。

  3. 遊ぶことの大切さを知ってか知らずか、随分と遊びながら過ごしてきたと感じます。社会に出てからの遊びというのは、やりたいことをやっている、ということと言い換えられるでしょうか。そう思うと、色々と遊べています。大掛かりな趣味はありませんが、その時その時にできる一番したいことをいつもしているような実感があって、それは何にも代え難い幸せだということに気付かされます。子どもたちはどうでしょうか。昔と比べたら窮屈になってしまっているように感じられるこの時代で、沢山遊べているでしょうか。子どもたちに沢山の楽しい時間があるように、見守る大人が遊んでいくことはとても大切なことなのかもわかりません。

  4. 自由遊びをしている子供達を観察していると時々唐突に突拍子もないことをいい、周囲の大人達を笑わせてくれることがありますが、よく考えてみるとしっかりと繋がりをもっていることが多く相手を説得し説き伏せるために子供も色々考えているんだなぁと感心させられます。ルールがないというのは我々大人からしたら不安でしかないことですが、それは想像力や創造力がある程度凝り固まって考えが窮屈になっているからなのでしょうね。

  5. 子どもの自由遊びの時間が減ってきている原因として〝子どもをよい大学に入れるため、両親は遊びの時間を削って、子どもにもっと系統だった活動をさせる〟とありました。これは子どもの将来を思ってのことだと思いますが、勉強ができても、人間としてのものがおろそかでは本末転倒になってしまうということは、以前のブログにもありました。それほどまでに子どもの頃の「遊び」は重要なものであるんですね。ルールのない遊びが得意な子どもはやはり、主体的に自分からそこにあるものからなんでも作り出していくような、そんな存在であり、そんな環境が必要であるように感じました。

  6. “たっぷり遊ぶ時間もなく成長する子どもというのは、過去にはほとんどいなかったから”とあることは、子育てをする親として考え深いものがあります。この自由遊びに対して、子どもが集団のなかで、集団を通して、社会的ルールを知るとなるとゲームなどではなく、遊んでいながらのその”時”というものが必要な気がします。現代では、学ぶことが知学につながり、学びと遊びという考え方がまだまだ社会的に浸透していないことも感じます。遊びが教育的面も支え、そして、そこには自由遊びがあることが必要である、それも集団のなかでこそ、環境としてあるべきものだと思いました。

  7. ルールのある遊びと自由遊び、自由遊びのほうがより子どもたちが創造的な反応ができると言います。確かに系統だったルールは自由遊びにはありません。そのため、自分たちでルールを作っていかなければいけません。子どもたちの自由遊びを見ていても「~ってみんなで決めたもん」という言葉を聞くことがあります。実に民主的なルール決めがそこにあるのです。「子どもの自由遊びを制限すると、不安を抱えた、不幸で社会にうまく適応できない大人になるのではないかと懸念している」とブラウン氏が言っていますが、それは2歳児を見ていると感じます。私の園では3号と1号がいるので子どもたちの様子を見ていると、子ども同士の関わりの多さでコミュニケーションのやり取りはちょっと違うようにも感じます。大切なのは自由遊びをすることではなく、「人と関わりながら主体的に遊ぶ」ことが重要であるのでしょうね。最近では塾や習い事、核家族化のために、家庭で自由に子ども同士が関わって遊ぶということが難しい世の中です。そういった時代背景の中で、保育をしていく上で、こういった情報は非常に有効になってくるでしょうね。

  8. 遊びは子どもにとってとても重要なものですね。藤森先生も子どもは生まれながらにして有能であるということをいわれますが、まさに子どもはその時の自らの発達に必要な、発達を後押しするような行動をちゃんと行っていますね。それが遊びという姿でもあらわれますが、このように子どもは自ら育つ力を備えているということを信じ、決して無能な存在ではないという子ども観を持つことの大切さを改めて感じました。『「ゲームには、あらかじめ決められ、従わなければならない、優先されるべきルールがある」とペレグリーニは説明しています。「ところが遊びにはそうしたルールはないので、より創造的な反応ができるのだ」』とありました。このように自分たちでルールを作り、関わり、折り合いをつける力を身につけるような自由あそびの時間をしっかり大人が用意してあげなけばいけませんね。そのようなきっかけを作ってあげるのが、保育者の役目でもあるのかもしれません。

  9. 大人にとっての「遊び」確かに大切な気がします。藤森先生が講演でも遊び心の話をされていました。「遊びがある事で心に『間』ができて、その間を持てる事で人は『人間』になることができる」と言われたのを印象強く残っています。遊びの中でのルールは確かに必要な時もあるかもしれません。ボードゲームなどはルールを互いに理解しないと、やってもつまらないでしょう。それ以外での遊びの中でのルールは子ども達自身が考えながら、独自で決めていくと思います。そうした経験がとても大切なのかもしれませんね。そうした姿を保育者が口を出さず、見守るスタンスがもっと重要のような気がします。

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