意外な脳力

今年訪問したドイツの園で、どこでも行われていた「オープン保育」からは、自由遊びの価値をもう一度取り戻そうという考えが根底にあるようです。ですから、最初に取り組むきっかけとなった、OECDが行っているPISAの学力調査の結果から、乳幼児教育を見直す際に「遊び」を中心にすることはブレずに始まったのでしょう。

それから、取り組む際に懸念していた保育者たちを動かした子ども観には、白紙論が否定されてきたことがあると思います。このことについて、同じ別冊日経サイエンスの中で、以前ブログでも何回か紹介したカリフォルニア大学バークレー校の心理学教授と哲学の客員教授をしているA・ゴプニックが「子どもの意外な“脳力”」という記事を書いています。彼女は、他者も心を持つことを理解し、相手が自分とは違うものを信じたり、欲したりする場合があると理解する能力である「心の理論」の草分け的研究者として有名です。

これらの研究から、子どもは科学的取り組みをする存在であるということがわかってきました。それを根拠にしているかわかりませんが、ドイツにおける「小さな科学者たち」という取り組みでしょう。最初にドイツに行ってその取り組みを見た時には、随分と高度な、また、早期教育的なイメージが強かったのですが、ここ30年くらいの間に、子どもは科学者のように実験をしたり、統計的に分析したり、物理や生物、心理に関する理論を直観的に組み立てたりしながら、周りの世界について学んでいることも明らかになってきました。そのことを根拠に幼児期から科学的実験や科学的考察をさせる取り組みが始まったのかもしれません。

そんなことを踏まえて、A・ゴプニックの「子どもの意外な“脳力”」を読んでみたいと思います。まず、触れているのは、白紙論の見直しです。いわゆる「赤ちゃんは白紙で埋めれ、その絵を描いていくのが保育の仕事である」と思ってきたことについてです。

30年ほど前には、心理学者や哲学者、精神科医のほとんどが、赤ちゃんや幼児は理不尽で自分本位なうえ、道徳概念がないと考えていました。子どもは“ここ”と“今”という枠に縛られていて、因果関係を理解できず、他者の経験を想像することも、現実と空想を区別することもできないと思われていました。いまだに子どもを未完の大人と考える人は多いようです。

しかしこの30年間で、ごく小さな赤ちゃんでさえ私たちの想像以上にさまざまな知識を持っていることがわかってきました。さらに、子どもは科学者のように実験をしたり、統計的に分析したり、物理や生物、心理に関する理論を直観的に組み立てたりしながら、周りの世界について学んでいることも明らかになってきました。

2000年頃から、このような幼い子どもの優れた能力を支えるメカニズムについて、コンピューター科学や進化、神経科学の観点を取り入れた研究が行われるようになりました。こうして得られた画期的な発見は、赤ちゃんや幼児に対する私たちの概念を変えただけでなく、人間の本質についての新たな見解をもたらしたのです。

意外な脳力” への5件のコメント

  1. 今回のブログを読んでいれば、しなかったはずの質問をしてしまいました。その質問の答えは「A・コブニックの「子どもの意外な“脳力”」を読んでみたいと思います。」でしたね。アリソンコプニック氏に関しては「哲学する赤ちゃん」という衝撃的なタイトルを持つ本があることを思い出します。「子どもの意外な能力」については当ブログでその内容を知ることにしましょう。「哲学する赤ちゃん」を同時進行で読むのも楽しいかも。赤ちゃん「白紙論の見直し」から始まるようです。これは面白いですね。それにしても、赤ちゃん白紙論は根強いです。しかも子育て神話の根も抜きがたく蔓延っています。A・コブニックの「子どもの意外な“脳力”」、その内容が楽しみです。「赤ちゃんや幼児に対する私たちの概念を変えただけでなく、人間の本質についての新たな見解をもたらしたのです。」という今回のブログの締めの文が刺激的です。つまり、赤ちゃんや幼児のことがわかると実は「人間の本質」がわかるということです。人間の本質とは哲学の本質的課題です。その課題の解決の一助になることでしょう。ますます関心が高まります。

  2. 「子どもは全てを持って生まれていくる」という藤森先生が普段から言われていた言葉が印象に残っています。全ての能力を持ち合わせているなら、その子に関わる全ての大人は、ないものを与えようとするのではなく、その能力が引き出されるような環境を用意することが重要であると考えなくてはいけないと学びました。また、「乳幼児教育を見直す際に「遊び」を中心にすることはブレずに始まった」というドイツの動向は、保育を見直す指針となります。これまでに述べられてきた「遊びの必要性」のように、“そもそも”を考えていくという学び方も、藤森先生からまさに学んでいます。そして、乳幼児教育の指標が大きく変わっていく転換期であることを、感じざるを得ません。

  3. 30年経って、現在のような子ども観、赤ちゃん観の確立があったのだと思うと、これから30年後はどのような変革があるものなのか本当に楽しみになります。情報化社会において、その速度は加速する一方で、もしかしたら望むような未来はもっと短期間で訪れるかもわかりません。その時にこの仕事をしていて、本当によかったと改めて思うでしょう。
    今、子どもたちは、日本の決めた制度の中でどうにかこうにか生き抜こうとしていて、そう思うとそれを見守ろうとする保育者とその思いはとても似ていて、それは対制度、対子ども、対大人、ということでなく、新しい時代へと歩みを進めていく仲間であり、生活共同体であるのではないかと思えてきます。

  4. この仕事を始めて子供と毎日近くにいるようになってからまだ数ヵ月しかたっていませんが、それでも子供というのは私の想像以上に色々なことを考えていて、私の想像を遥かに越えた点と点を繋ぎ会わせるのだな、と感じています。そしてそれは、私が思い付かなかっただけで意外と繋がりがあることが多いこともまた驚きの一つです。能力は持っていてもそれを処理する力はまだまだ幼いですから使いこなせてはいないのでしょうが、それでも感心させられることばかりです。

  5. 子どもはさまざまな能力を備えている、という考え方は藤森先生から学んだ考え方でした。その考え方は30年程前からその端を発していたということは、自分が養成校にいる頃からその考え方はは存在していたということになります。だとするなら、世の中に定着し始めたのはここ10年くらいになるのでしょうか。
    先の30年後にはどのように考え方が変わっているのか楽しみになりますし、自分たち大人も柔軟に対応していかなければならないことを思います。

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