きょうだい殺し

最後に、サロウェイの考え方では、社会が激変するのは人口における第二子以降の割合が高いときに起こりやすいということになってしまいます。フレデリック・タウンゼンドは20世紀のデータをもとにこの推測の信憑性を検証し、きっぱりそれを否定しました。1960年代の若者の反逆的行為にかかわったアメリカの20歳から25歳の世代では、実際には第二子以降の割合は低かったのです。第二子以降の比率は平穏だった1950年代の方がはるかに高かったのです。その比率は1970年代に入りふたたび高まりましたが、その頃には若者による反逆的行為はちょうど消沈しつつあったのです。

サロウェイの説は、ダーウィンの適者生存の概念である、がむしやらになる者こそ生き残るという進化論に基づいているそうです。サロウェイ的な見方をすれば、きょうだいとは家族の富を求めて死闘を繰り返すものであるということになります。彼がモデルとするきょうだい関係はカインとアベルであり、はじめに卵から孵ったヒナが巣内の競争を少なくするために後から孵ったヒナを一羽つつき殺す習性のあるカツオドリだとハリスは比喩しています。

しかしながら、きょうだい殺しは、同時に生まれた子どもたちが同時に育てられる種において主に見られるのです。霊長類は一般的に子どもを一人ずつつづけて育てます。それに対して、チンパンジーのきょうだいは、子ども時代は遊び仲間、成人後は貴重な盟友になる場合が多いのです。同じことは伝統的社会の人間のきょうだいでも言えるそうです。カインとアベルは別にして、きょうだい殺しはハリスの住むアメリカを含め、人間社会においてもっともまれな殺人のかたちなのです。

しかしきょうだい殺しはある状況下でより頻繁に見られるそうです。王国、称号、そして農場までそのすべてが長男の手にわたり、それ以降の子どもたちには微塵も与えられないという時代や場所では、より一般的になります。このような状況下で行われる殺人は、表面上、まさにサロウェイの描いたきょうだい間の葛藤です。親に気に入られること、そして家族の富を求めての闘争です。しかし、ここで人を殺人へ駆り立てるものは、親の前での地位を高めたいという弟の欲望ではないとハリスは思っているようです。第一子を殺しても、それを手に入れることなどとうてい無理なのだからと言います。殺人へと駆り立てるのは、成人後に過ごすことが運命づけられた社会において自分の地位を高めたいという弟の欲求なのではないだろうかと言います。長子相続制の社会では年長の兄は家族内だけでなく、集団内においても優勢です。集団内における優勢をめぐる競争は殺人に発展することもあり、それはあらゆる種、さらにはどの人間社会においても見られることなのだというのです。

きょうだい関係は、家族内だけでなく家族外の要因にも左右されると言います。だからこそ出生順位による影響が見られるようになるのです。ヨーロッパ諸国でまだ長子相続制が当たり前だった頃、年下のきょうだいは、家族の中だけでなく、どこへ行こうとも長兄の影に隠れて成長してきました。裕福な家庭の子どもたちが家庭で教育を受け、貧困家庭の子どもたちがまったく教育を受けられなかった時代、子どもたちはその大半をきょうだいとともに過ごしたのです。弟は、家庭においてのみならず、遊び集団においても兄に支配されていたのです。集団内での地位の低さはとりわけそれが何年間もつづくと子どもの性格に一生消えることのない痕跡を残すことになる、というのがハリスの考えだそうです。