家庭内に存在

エルンストとアングストが再考した調査の中には、親が子どもの性格を評価したもの、もしくは子どもたちが自分のきょうだいを評価したものがいくつか含まれていたそうです。これらの研究結果は概してサロウェイの考え方、そして世間一般のステレオタイプと一致していたそうです。第一子は親から見れば、真面目で感受性が強く、責任感があり、不安げで大人志向が強い。第二子以降は独立心があり、愉快で反逆的。第二子は、兄や姉のことをいばっていて攻撃的だと評しています。

親やきょうだいによる評価を用いた少数の研究はその数に見合わないほどのデータをサロウェイのメタ・アナリシスに提供したに違いないとハリスは言います。そのほとんどは複数の結果をもたらし、さらにその結果の大多数はサロウェイの考えに肯定的なものばかりでした。実際、エルンストとアングストが取り上げた研究のうち、サロウェイ説に肯定的な結果の割合は自己報告式のアンケートでは22パーセントだったのに対し、家族評価に基づく研究では75パーセントとなっていたそうです。

エルンストとアングストはこれら二つの形式では結果が符合しないことに気づき、家族による性格評価を使用することを批判しました。彼らはまず親が子どもの性格を判断することの有効性には疑問があると述べています。家庭による判断は家族以外の人間の判断と一致しない場合が多いとハリスも随所で述べています。そのうえ、親が自分の子どもたちを語るときには、否応なしに第一子である上の子と第二子以降の下の子とを比較することになるため、上の子はより成熟しているように評価されてしまうのです。

親やきょうだいが性格を評価した場合では出生順位による影響はしばしば見られるようですが、普通、家族以外の人によって評価された場合には見ることはできません。エルンストとアングストはこの不一致に対していくつかの説明を試みているそうです。彼らの思いついた仮説の一つは、性格は社会的状況と関連している、というものです。第一子が第一子のように、第二子以降が第二子以降のように行動するのは、親もしくはきょうだいの面前だけのようです。「第一子的性格は親と一緒のときにしか現われないのかもしれない」とエルンストとアングストは言っています。ハリスが紹介した証拠は、この仮説と一致しています。子どもたちは、親やきょうだいとともにいるときの行動様式を身につけるようになりますが、それは他人や他の状況にもちこまれることはないようです。

性格への出生順位による影響は確かに存在します。しかし、それは家庭内に存在するのです。人はそれを家の中に置き去りにしたまま、玄関を出ます。家族による評価がからんだ成人向けの研究のほとんどで、出生順位による影響が見られないのはこのような理由からのようです。

『反逆者に生まれて』の主眼点は性格全般ではなく、革新と反逆にありました。サロウェイによると第二子以降は、他人の急進的な考え方や革新的な考え方を受け入れやすく、親の時代遅れな考え方を退ける傾向にあるといいます。サロウェイは歴史上の人物、すなわち後世のためにその発言や行ないを記録に残すに値するだけの重要人物の見解やその行為に関するデータを示し、その仮説を裏づけようとしたのです。