研究の規模

昨日示したような結果は、研究の規模が小さいものは大きいものよりも有意な効果が認められる可能性が高いことを意味するわけではありません。ハリスは、よりもっともらしい説明をするならば、規模の小さい研究は、有意な影響が認められなければ、公表される可能性がさらに下がるということだと言うのです。研究者たちは不思議そうなそぶりを見せるたけで、さっさと別の研究に着手してしまうと言うのです。社会科学の分野でも、差が認められなかった研究結果が公表されないことは問題だとの認識があるものの、それは生死にかかわるほどのことではないと考えられていると言うのです。医学で同じ問題が生じることがあるそうですが、医学ではそんな結果もより重要な意味あいをもつそうです。差がないという結果さえ、もしそれが高価な新薬を使っても痛ましい手術をもってしても患者が治癒される可能性が増すわけはないということを意味するのであれば、それは貴重な情報となります。にもかかわらず、医学の世界においてでさえ、差がないという結果は公表されにくく、仮に公表されるにしてもそこまでの道のりは相当に長いようです。

ごみ入れごみ出しとはコンピュータ・サイエンスの言葉ですが、これはメタ・アナリシスにも当てはまるとハリスは言います。細かな研究を一つにまとめると大きなものが完成しますが、それは必ずしも有用であるとは限らないのです。医療の世界では、細かな研究は正しく統制されていない場合が多いようです。患者は無作為には選ばれません。おそらく新しい治療法を施される患者は、従来の治療法が施される患者よりも病状が重いか、もしくは軽いのだろうとハリスは言います。そのような研究では二重盲検法が用いられていないと言うのです。すなわち治療を施す医師と治療が有効だったかどうかを判断する医師は同じ人物であり、患者もまた自分が従来の治療法を受けているのか、それとも新しいものを受けているのかを承知しているのです。

一般的には、新たな医療は最初に規模も小さく、統制も正しくされていない研究によって査定されることが多いのです。しかし、もしそこで有望だとみなされれば、最終的には医学研究者たちが「ゴールド・スタンダード」と呼ぶ、より確かな研究が行なわれることになります。ゴールド・スタンダードを満たす研究とは、規模が大きく、最低でも患者数1000名以上の中から無作為的に行なわれ、二重盲検法を用い、研究者たちと治療法や薬の提供元の間になんら金銭的なつながりがないものを指します。残念ながらこのような研究は心理学の分野では見ることができないと言うのです。心理学の中でも時折医学誌に取り上けられるような研究もありますが、もしそれが医学研究の掲載の可否を判断する際に適用されるのと同じ規準で判断されていれば、それは掲載にはいたらなかったことだろうとハリスは言うのです。

《ニューイングランド・ジャーナル・オプ・メディシン》に掲載された論文に、ゴールド・スタンダードを満たす医学研究とそれ以前に実施された小規模な研究のメタ・アナリシスの結果とを比較したものがあるそうです。研究者の結論は、「われわれの調べた12に及ぶ無作為で統制ずみの大規模なトライアルの結果を、同じ内容で以前に公表された研究のメタ・アナリンスの結果から推測した場合、その35パーセントは正しく推測できていなかった」でした。こうした不一致が見られた場合には、見識ある医者であれば、小さな研究を集めたメタ・アナリンスよりも規模の大きい、より統制された研究を選ぶでしょう。