優位の結果

ハリスはさらに被験者の類別はまだまだ序の口だと言います。人が揃えばまずテスト攻めにします。もしくは大規模なテストを実施し、彼らの解答をそれぞれ分けて考察できるよう、いくつかの要因別に分ける方法もあると言います。サロウェイの説を支持するものとしてハリスが分類した52の結果の中には次のようなものが含まれていたそうです。一つは、第一子は集団の圧力に屈しやすいという結果ですが、それは二つある条件下の一つにおいてのみ有効だったそうです。また別の一つは、第二子以降は集団活動により高い関心をいだくという結果ですが、それも五つある要因のうち一つのみに当てはまることだったそうです。最後の一つは第一子は第二子以降よりもより多くの項目でより高い恐怖心をおぼえたという結果ですが、テスト全体では表出された恐怖心に出生順位による有意な違いは認められなかったそうです。このように入り交じった結果の存在を知り得たのは研究者達がそれを記録に残し、エルンストとアングストがそれらに言及したからだとハリスは言います。研究者たちが実施したにもかかわらずそれらがさしたる結果をもたらさなかったため、すなわち有意ではない結果が得られたために報告されなかったこれら以外のテストに関しては、知る由もないと言います。100枚のコインは196回だけ投げられたわけではないのです。サロウェイがエルンストとアングスト調査で見つけた72もの有意な結果を得るために一体何回コインが投げられたのか、それを知ることはできないとハリスは言うのです。

「いかなる研究題目においても、問うべきことは有意な結果が“偶然による可能性”以上の比率でもたらされるかどうかである」とサロウェイは『反逆者に生まれて』の中で言及しているそうです。「メタ・アナリシスはこの問いへの答えを導き出してくれています。「メタ・アナリシスは、複数の研究を合体させることで、統計的な力を増強させる」

ハリスは確かにそうだと言います。しかしサロウェイが行なったのは、通常の意味でのメタ・アナリシスではないと言います。普通、メタ・アナリシスを実施する際にはサロウェイが着眼しなかった二つの重要な情報を考慮する必要があります。一つは各研究の規模、すなわちテストされたり観察されたりした被験者数であり、もう一つはその影響の大きさだと言うのです。大きな成果をもたらした大規模研究は、ちっぽけな成果しか生じなかったちっぽけな研究よりも重視されるべきだと言うのです。適切なメタ・アナリシスでは、実際、それらが重んじられるのです。

出生順位による影響は、その存在が認められたとしても、さほど大きな影響ではなと言います。しかし小さな影響であっても、その研究が十分な規模で実施されていれば、すなわち被験者数が十分であれば、統計的に有意になる場合もあります。そのため、もし出生順位による影響があるにはあるがわずかであるという場合、有意な影響は小規模な研究よりも大規模なものにおいてより頻繁に見られるはずだと言うのです。

エルンストとアングストが再考した調査は実際その正反対だったそうです。ハリスは、エルンストとアングストの研究で見つけた179もの結果から被験者数が明示されていなかった16の結果を除外し、残りを研究への参加者数に基づいて、三つのだいたい均等なグループに分けました。そこに現われた傾向は、出生順位による影響はあるがわずかであると想定した場合に起こりうるだろうと思われるものとは逆だったそうです。有意な影響は研究の規模が小さいほど頻繁に見られたそうです。被験者数が375名を超える研究では、54回のうち10回しか肯定的な結果を得ていないのだそうです。