山ほどのデータ

サロウェイは自説を支えるために山ほどデータを集めてきました。その山ほどのデータを詳しく吟味した結果、ハリスは異なる結論に達したと言います。その批判はとりわけ『反逆者に生まれて』に対してだけのものではなく、社会科学全般に対するものです。なぜならそこで活用される方法やその間違いはすべてに共通することだからだとハリスは言います。研究者がまずある事柄を正しいと想定し次にそれを立証するという手法に、どのような落とし穴が隠されているのか、ハリスの見いだした結果はそれを示すことになっています。

サロウェイの山ほどのデータが見かけほど頑丈ではないことをはじめに警告してくれたのは、《サイエンス》誌に掲載された『反逆者に生まれて』の書評だったそうです。評者は歴史家ジョン・モデルで、彼は本書を絶賛する一方で、痛切に非難もしていたのです。出生順位に関する1983年のデータをサロウェイが再分析した結果について、モデルはこう述べているそうです。

「私はこれらの資料を見なおしたサロウェイにすっかり説き伏せられてしまった。だが、それも私がその資料を実際に入手し、同じことを繰り返そうと試みるまでのことだった。いくら努力しようとも、サロウェイと同じようにはゆかず、それに近づくことさえかなわなかった。」

問題の資料とは、以前ハリスが紹介したスイス人心理学者セシル・エルンストとジュール・アングストが周到に行なった先行研究です。エルンストとアングストは1983年の著書の長い一章でその結果を報告していたのです。両者は、1949年から80年までの間に世界中で発表された出生順位についてのあらゆる研究を収集し、収集した研究のほとんどについて、家族内の子どもの数であるきょうだい数や社会経済的地位のばらつきが正しく統制されていないと判断していたのです。社会経済的地位が高いほどきょうだい数が少ないケースが多く、きょうだいが少なければ第一子が数的に多くなってしまうため、こうした変数の未統制は、出生順位における人口学的要困を混乱させるのです。成功している人たちの中でも傑出している人たちの多くが第一子であるのは、出身家族内での彼らの地位が高かったからではなく、出身家族の教育的配慮と収人が他よりも勝っていたのだというのです。

一度変数が混同されてしまうと、それを解きほぐす方法はないと言います。もし出生順位の研究者たちがきょうだい数および社会経済的地位を記録していなかったとなると、その調査は無に帰してしまいます。そのためエルンストとアングストは、これらいずれか、もしくは両方を統制した数少ない調査に焦点を絞ったのです。これらの調査に基づき、彼らは、出生順は性格にわずかしか、もしくはまったく影響しないと結論づけたのでした。

これらと同じ研究のデータ、すなわちきょうだい数と社会経済的地位の両方もしくは片方を統制した数少ない調査のデータが、サロウェイの考えるところの性格への出生順位による影響の礎石になっていると言うのです。実際これは、彼が自分の考えを裏付けるために用いていると言える唯一のデータだと言うのです。『反逆者に生まれて』で取り上げられている統計資料のほとんどは直接性格に関係しているものではなく、歴史上の人物の意見や態度に関連したものばかりだとハリスは言うのです。性格は一般的に成人後はあまり変わりませんが、人の意見などはいつでも変わります。ダーウィンの『種の起源』は多くの人々の意見を変えましたが、その人たちの性格を変えたとは言い難いのです。