市井の研究者

「言ってはいけない―残酷すぎる真実」(新潮社)という本の中で著者の橘 玲氏は、小タイトルを13章に分けて書いています。その最後の2章分は、ジュディス・リッチ・ハリスの理論にについて書いています。彼は、実はこの本の前に幻冬舎から出版された「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」の中でもハリスの記述を引用しているそうです。彼はそれに関してこう述べています。

「これは“わたしはなぜ「わたし」になったのか”という問いを考えるうえで、市井の研究者である(そのための専門家のあいだでじゅうぶん評価されているとは言えない)ハリスの集団社会化論は繰り返し紹介する意義があると考えたからです。」

その動機は別として、私ももっとハリスの考えを親の育児に対してだけでなく保育に影響をさせていくべきだと考えています。

橘氏は、まずハリスのおかれた境遇について紹介しています。

ハリスは在野の心理学者であるという紹介をしています。彼女がどうしてそのような立場であるかというと、彼女がハーヴァード大学で心理学の修士号まで取得したものの博士課程で落とされ、研究者の道を絶たれたからだと言います。これは、私が紹介したことですが、その後の人生をこのように紹介しています。そのうえ彼女は39歳の時自己免疫疾患の難病を発症し、それ以来ずっと闘病生活を続けてきたのです。ほとんどは自宅で過ごし、月に何回か近所の図書館まで歩くのがやっとだったそうです。

そのうえ彼女は歳のときに自己免疫疾患の難病を発症し、それ以来ずっと闘病生活

を続けてきた。ほとんどは自宅で過ごし、月に何回か近所の図書館まで歩くのがやっと

だったそうです。しかしハリスは、研究の夢を諦められなかったそうです。病気のため心理学の実験を行なうことも、学会に出席することもできませんでしたが、彼女には、当時、誕生したばかりのインターネットがあったのです。

自宅でさまざまな学術論文に目を通し、研究者たちにEメールで質問します。そんな自

己流の「研究」をつづけていたハリスが興味を持ったのか、「非共有環境」の謎だったのです。

ここで、橘氏は行動遺伝学の用語である「共有環境」について説明をしています。知能や性格、行動など「わたし」をかたちづくる要因には「遺伝」と「環境」があります。遺伝率は双生児の研究などによって統計的に推計可能で、それによって説明できない部分が「環境」なのです。兄弟姉妹にも、似ているところと似ていないところがあります。これは、環境のなかにお互いを近づけるものと遠ざけるものがあるからです。これを「共有環境」「非共有環境」と呼びます。

兄弟姉妹で言葉づかいが似ているのは、遺伝の影響に加えて同じ家庭で育ったからです。

これが共有環境の影響で、一般には子育てのことをいうそうです。しかし、同じ家庭で育った一卵性双生児でも、見分けがつかないくらいそっくりになることはありません。どんな子どもでもすべての環境を共有するわけではないからです。

市井の研究者” への6件のコメント

  1. ハリス女史が39歳の頃から免疫疾患に悩まされながら、それでもやれることから自身の研究課題に取り組んできたこと、まったくの脱帽です。おそら21世紀型理論の発見者として当該学会から今後評価されていくのでしょうか。そうあって欲しいものです。さて人をその人にしていく「遺伝」と「環境」。私が保育界に入ってからというもの「心」と「環境」がいつも対置されてきたような気がします。心とは一体何か、がいつも思考の対象となってきました。ところが私は常にその人を取り巻く環境が大事だと思ってきました。どんな他人と関わるか、興味関心を引き出してくれるモノが豊富にあるか、そして時間の流れを実感できる空間が広がっているか、など環境という二字熟語でくくられる世界こそが私を私たらしめていると思ってきました。そして、親から受け継いだ遺伝、これも無視できませんね。遺伝と環境で私たちは作られていると思うのですが、心が大切だとよく言われてきました。非認知能力は容易に心と結びつけられます、特に我が国では。はたしてそうなのでしょうか。

  2. ハリスのおかれた境遇について紹介していました。事故免疫疾患という病におかされながらも、諦めきれなかった研究への情熱が「集団社会化論」を作り上げたのですね。実際に研究室に行けなくても、インターネットを活用したり、メールで質問したりなど、今の自分にできることで研究を続けようとしてきた姿には、不思議と心を打ちます。もちろん、病気を発症するまでの積み重ねはあると思いますが、そのような研究スタイルであっても、問題を突き詰めていくことができるのですね。良くも悪くも、ハリス氏のおかれていた状況だからこそ、他の研究者が見落としていたところを考えることができたのでしょうか。

  3. 39歳という若い年齢で難病にかかってしまったにも関わらず、研究することをあきらめずに、自分に置かれた環境でできることを考え、それをやるという姿勢、素晴らしいものですね。自分の置かれた環境の中での最善を尽くすということの凄みを感じます。どのような状況でもあきらめなければ突破口はある、ということなんでしょう。
    そして、そのことが幸いしたのかハリス氏の研究は藤森先生に届き、長い年月をかけて自分のような末端にまで届いている。まるで、その病気すらも研究のためであったかのようですね。

  4. 私はなぜ私になったのか、これはなかなか深く面白い問いですね。果たして私はなぜ私になったのでしょうか。性格、特技、癖など探せばそれを身に付けた要因や身に付けようと考えた要因が見つかるのでしょうか。私はあまり将来についての夢や目標というものを持たずにここまで生きてきましたが、それにもなにか遺伝や環境で影響しているものがあるのでしょうか。夢や目標を持たずに生きてきたことを少し後悔しているので、なにか改善の余地が環境にあるならば知りたいものです。

  5. 仕事は老いない、いつも新しいから楽しいということをハリス氏の生き方から感じる思いです。ハリス氏の残した計り知れない功績、保育や子育てに奮闘する人たちはその恩恵を十分に受けられる権利があり、それは著書を手にすることであるし、臥竜塾ブログと出会うことであると思います。
    今日も園へ向かう電車の中で、昨日とは違う新しい一日になるような予感がします。現場は学んだことを実践する場で、いつだって実践者でありたいと思いました。

  6. ハリス氏が39歳の時自己免疫疾患の難病を発症し、歩くのがやっとなほどの闘病生活を続けながらも、研究をあきらめなかったというのは驚かされます。それだけの想いがある研究だからこそ、これだけの結果がついてきたのでしょうね。そう考えると、自分の日々の忙しさも、うまく糧とすれば、また保育の楽しみ方も変わるのかなと感じます。

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