反社会的および攻撃的な行動

発達心理学者の中には、子どもから親への影響を調べる際、一卵性双生児であれば、遺伝的要因が首尾よく統制されていると考えている人たちがいるそうです。親が別々に扱っても、それが双子間の遺伝的な違いへの反応であるはずはありません。とはいえ、卵子が一つである一卵性の双子について、その遺伝的なちがいが存在することが知られる前から、双子であっても完全にうり二つではないことを、誕生の瞬間から二人が違っていることを私たちは知っています。双子をよく知る人たちであれば、二人の違いは一目でわかります。「発生におけるばらつき」と呼ばれる発達段階で偶発的に出現する違いが二人の身体的な特長となって表出するのです。異なる指紋、異なるそばかす、知力のわずかな違いなどです。双子の一人が糖尿病もしくは総合失調症を発症しても、もう一人は健康であり続けます。さらに幼少期より、双子の性格はそれぞれ異なります。親は子ども同士の違いを引き起こすのではなく、元々存在する微妙な違いに親が反応しているのだとハリスは言うのです。

反社会的および攻撃的な行動に関する研究は、発達心理学のみならず、社会学や犯罪学でも盛んに行なわれているようです。犯罪学では現在、ケビン・ビーバーとジョン・ポール・ライトを中心とした研究グループにより画期的な研究が実施されているそうです。犯罪学者のほとんどは子育て神話を信じて疑わないようです。ビーバーは、「彼らは、親は犯罪の主な原因だと信じている」と言っています。ハリスの本に刺激されたのか、ビーバーの研究グループはその仮説を検証しようといくつかの研究を行なったそうです。

最初の研究の題名は、「子どもたちの自制心の養成に親はどれだけ重要か」です。研究者たちはこの研究に参加した親の子育て習慣を数値化しました。子どもにどの程度目をかけ、愛情を注いだか、決まりごとを設定し、それらを守らせたか、などです。親だけでなく教師にも学校での様子、たとえば衝動や感情を抑えられるかどうか、学校で正しく振る舞うことができたかどうかの聞き取りを行ないましたが、親と教師の回答は切り離して処理したそうです。これは双子研究だったため、自制心の遺伝的影響についてはおよその見当がついたとハリスは言います。遣伝子の影響を考慮した上で検証した結果、子育て習慣と教師が評価する子どもたちの自制心との間には相関関係は認められなかったのです。

子どもの自制心を育てるのに、親は重要ではないというのであれば、何が重要なのでしょうか。まずは遺伝子でしょう。最初の研究がそれを示しました。ではほかには何があるのでしょうか。二つ目の研究でも自制心を取り上げましたが、ここでも親と教師が子どもの行動を評価し、親は自分の子育てについて報告しました。この研究には双子がいなかったことから遣伝子の影響を十分に統制できませんでしたが、親の子育て習慣と子どもの自制心の間でごくわずな関連性が認められたそうです。研究者たちは他の要因も検証しましたが、中でも子どもの行動を予測するものとして他を圧倒したのが、教室内の他の子どもたちの行動だったのです。同級生が頻繁に不良行為をはたらく環境下にいる子どもたちは、家庭での自制心の低下が認められたのです。以前ハリスは、就学前の子どもが保育園仲間の訛りを身につけ、それを家にまでもち帰る話をしていました。同じことが訛り以外の行動についても当てはまるという証拠があると言います。

反社会的および攻撃的な行動” への4件のコメント

  1. 子どもが親に影響を与える、この発想を持ち合わせている大人は多くないような気がします。たいていは、親の影響が子に及ぶと考えます。そして一卵性双生児の調査研究から導き出された結論は「(子どもの同士の間に)元々存在する微妙な違いに親が反応している」ということです。なるほど、と思いました。一人っ子であっても年々歳々違ってくるわが子の振る舞いに親である私たちが反応している、ということは振り返ってみると首肯できますね。確かに、子の有り様に親は影響されている。今回のブログでは自制心の養成に関して触れられています。「教室内の他の子どもたちの行動」が子どもの自制心の養成に大きく関わっているということですね。つまり子ども集団間に影響被影響の関係が見て取れるということです。このことも何だかわかるような気がしますね。ヒトとの関係に関わることは基本、家庭の外で学んだように思います。関わる人たちの影響は大きい。特に他人軸な私には大いに影響するのです。

  2. 双子の方と長い間時間を共にしたことがないので、二人の違いについて敏感ではありませんが、普段生活を共にしている人にとっては二人の違いが明確であり、遺伝的にも違いがあるということなのですね。「発生におけるばらつき」は双子であっても存在すること、また、その違いに対して親は行動を変えていることになるのですね。そして、子どもへの影響の大きさとして「中でも子どもの行動を予測するものとして他を圧倒したのが、教室内の他の子どもたちの行動」とあり、子どもの集団の重要性が再び上がってきました。大人よりも、子どもに発達が近い他の子の存在というのは、子どもの日常により近い存在であり、大人にはない影響力をはっきすることは想像できても、より明確になってくれば保育の形は自然と決まってくるかもしれませんね。

  3. 「親は子ども同士の違いを引き起こすのではなく、元々存在する微妙な違いに親が反応している」白紙論を土台とした考え方で子育てを行い、子どもの見せる姿に苦しんでいる親がいるような気がします。今までの自分の子育てがそうさせたのではと苦しみ、また、家の外での教育者の指導方法がそうさせたのではと苦しみます。そのどちらも大人がその子をそうさせた、という間違った子ども観からくる苦しみであり、白紙論という古い子育て観を脱しなければ得られない気付きというものが得られるように、保育者は親へ発信できる存在であるべきなのかもわかりません。日々のコミニュケーションを大切にしていきたいと改めて思います。

  4. 私の通っていた中学校は近隣でもそれなりに有名な不良の多い学校だったのですが、偶然か私たちの代は教員たちの間でも語り継がれるほど静かで不良行為の少なかった代だったそうです。ただ面白いことに、入れ替わりで出入りした3つ上の代と3つ下の代は、市で問題になるほど不良が多かったそうで、教室内の他の生徒の行動が影響を与えるとありますが、教室外の他の生徒も影響を与えていることを感じた今回のブログでした。

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