友だちの世界

親よりも「友だちの世界」のルールを優先することが子どもの本性だとすれば、「子どもはなぜ親のいうことをきかないのか」という疑問にはなんの意味もないと言います。逆に不思議なのは、宗教や味覚のように「親のいうことをきく」ものが残っていることだというのです。

ハリスは、「親が影響力を行使できる分野は、友たち関係のなかで興味の対象外になっているものだけだ」と考えました。特殊な場合を除いて、子どもたちは友だちの親の宗教に関心を持ちません。同様に、豚肉やニンジンを食べないとしても、それだけで仲間はずれにされることもありません。グループの「掟」は、食べ物の好き嫌いとは無関係なのです。

どのような友だちグループにも、内(俺たち)と外(奴ら)の境界があります。女の子ならおしゃれやファッション、男の子ならゲームやスポーツ、あるいは喧嘩や非行についての暗黙の掟によって、仲間か仲間でないかが決められていくのです。

子どもは友だち集団のなかで、グループの掟に従いつつ、役割(キャラクター)を決めて自分を目立たせるという複雑なゲームをしているのです。子どものパーソナリティ(人格)は、遺伝的な要素を上台として、友だち関係のなかでつくられていくのだというのです。

このように考えてはじめて、別々に育てられた一卵性双生児がなぜよく似ているのか、その理由がわかるのです。

子どもは、自分と似た子どもに引き寄せられます。一卵性双生児は同一の遺伝子を持っているのですから、別々の家庭で育ったとしても、同じような友だち関係をつくり、同じような役割を選択する可能性が高いでしょう。遺伝と友だち関係が同じなら、その相互作用によって瓜二つのパーソナリティができあがったとしてもなんの不思議もありません。

ハリスの集団社会化論は発達心理学に大きな衝撃をあたえましたが、”主流派”のなかにはいまだに子育ての重要さを説くひとたちも多いようです。

それはすべての親が、自分の努力は報われるという「子育て神話」を求めているからでもあると言います。ハリスが発見した“子どもの本性”だけが、「別々の家庭で育った一卵性双生児は、なぜ同じ家庭で育ったのと同様によく似ているのか」という疑間に明快にこたえることができるのです。

1998年、ハリスは満を持して「子育ての大誤解」を上梓しました。この本を書くようにハリスを後押ししたのは著名な進化心理学者・言語学者のスティーブン・ピンカーで、彼の推薦もあって同書は書評などで大きく取り上げられ、高い評価を得ました。

その後ハリスはアメリカ心理学会賞を授与され、研究者としての「名誉」を回復することになるのです。その賞は、かつてハリスを“研究者失格”と見なしたハーヴァード大学心理学部長ジョージ・ミラーの名を冠したものだったのです。

橘氏は、彼の著書「言ってはいけない―残酷すぎる真実」の中で、最後の2章にわたってアメリカの在野の心理学者ジュディス・リッチ・ハリスを紹介しています。12作用は、彼女の集団社会化論を取り上げていますが、13章では、子どものパーソナリティ(人格)は遺伝的な適性と友だち関係との相互作用のなかでつくられるという主張を取り上げています。

友だちの世界” への8件のコメント

  1. 『逆に不思議なのは、宗教や味覚のように「親のいうことをきく」ものが残っていること』とあり、その理由として「友だち関係のなかで興味の対象外になっているもの」があげられていました。興味がないことであれば、自分の立場が危ぶまれることはないですからね。これほどまてまでに、子どもたちにとっては「友だち集団」の影響が巨大であるということなのてすね。では、見守る社会はどのような位置付けとしているべきなのかという疑問もあがってきたりします。そして、子育て神話を信じ続ける親の気持ちは正直まだわかりませんが、そう思い続けることが親の役割の一つだ、我が子のために何かアクションを起こすことが大事だと思い続けている人は覆いでしょうね。

  2. 橘玲氏の「言ってはいけない」は結構センセーショナルな内容でした。その中に「子育ての大誤解」の著者ジュディス・リッチ・ハリス女史の学説が紹介されていたこと、そして丁度藤森先生がハリス女史の子ども集団論?子どもの「世界」論?に触れられていたこと、この一致に興味関心を抱きました。藤森先生がかつてより説いてこられたことをあちらこちらの方々が証明し始めている。そして私自身も一々納得しながら学んでこれたことも幸いなことでした。私は子どもを授かって以来、私たち親ができることは一生懸命働いて子どもに食べさせることだけ、まぁ後は洗濯をしてあげるくらい(ちょっと極端か)、そして子どもが自分で稼いで生計を立てられるまで見守ること、そんなことを考えて今日至りました。ですから世の中にはびこっている学習塾通いをはじめとする親の努力、すなわち「すべての親が、自分の努力は報われるという「子育て神話」」なるお話に乗せられることなくやってこれたと思っています。「見守る育児」で子の育ちを見守ってきました。おかげさまで、親子ともども、それぞれの世界を楽しみながら暮らしています。感謝の気持ちしかありません。世の中の親御さんに「見守る育児」を伝えていきたいと思っております。

  3. 子ども集団における〝グループの「掟」は、食べ物の好き嫌いとは無関係〟と例えのような感じでありましたが、食べ物の好き嫌いも子育て神話の1つのような感じなんでしょうね。栄養が足りてる足りてないという単純なものだけではない何かが人間の中には存在していることは確かです。そんな風に親には計り知れないほどいろんなことを考え、学び、成長していっていることを親は知るべきなんだと思います。

  4. 子育て神話を信じ努力は報われると願い続け、過干渉気味に育児をするのは、名外野手といわれているイチローや、「今でしょ」で話題となった林修先生などの社会的に影響力の強い人達が、親が献身的に支えてくれたから今の自分があるんだ、というような発言をすることも影響しているのでしょう。もちろん彼らの親は彼らに必要なものを用意し続けましたがそこに親の意思をほとんど介入させていません。彼らが求めたものを用意し続けただけなのです。ただ、それがなぜだか曲解され、こどもが求めずとも親が用意し与えることこそ至高だと思われてしまっているのでしょう。

  5. 実体験が理論をより明確に理解させるということがあると思います。この度書かれている内容の一つ一つは、今日に至るまで実際に体験してきたことを思い出させるようで、幼かった自身が友だちとの世界を軸にして人格を形成してきたのだということを、あの場面、あの場面と一つ一つの場面まで思い出させるような、薄れていた記憶を呼び覚ましてくれるような、そんなインパクトでもって頭の中に入ってくるようでした。その時感じたこと、その時怖かったこと、嬉しかったこと、その一つ一つを今は大切な思い出と思うことができます。話が離れてしまいますが、大人になるといいことばかりですね。先生も仰っていましたが、長生きをするといいことがある、歳を重ねるからこそ味わえる過去の色々な出来事を振り返る楽しみを、これからも味わっていきたいと思います。

  6. 「親が影響力を行使できる分野は、友たち関係のなかで興味の対象外になっているものだけだ」親が子どもに影響を与える者は少ないのですね。しかし、未だ、子育て神話はかなり根強く残っていますし、親においてもそれが知らず重荷になっていることも非常に多いでしょうね。しかし、結局、友だち関係や仲間関係が子どもたちにとっては影響力がある。最終的には子ども主体が結果として子どもにとっては重要であり、子ども一人一人に学ぶ力もあれば、自分で自律していく力もある。まったくもって白紙論は通用しないことがそこにはあるのでしょう。しかし、多くの人は自分の経験を基にしたことを子どもたちに押し付けることで自分も通ってきた道だからと安心するのでしょうね。しかし、結果として、同じ人生は自分とは子どもとはいえ違うのだから、同じようには人生をトレースすることはできない。わかっていても、自分の二の舞は踏ませたくないという親心がそこにはあるのでしょうね。しかし、結果として子どもの自律を阻害してしまうのはもったいないことです。「見守る」ということは子どもたちに必要な距離感であるということを改めて感じます。

  7. 「子どもは友だち集団のなかで、グループの掟に従いつつ、役割(キャラクター)を決めて自分を目立たせるという複雑なゲームをしているのです」ということはまさに大人でもやっていることですね。その力は将来、社会という様々な人たちがいる環境で過ごす場合にとても大切な力になってきます。自分がこの集団の中ではどのような役割が適当なのかを理解して行動することはそのままチーム保育の考え方にもつながっていきますし、社会の中での役割にもつながっていきますね。そして、「子どものパーソナリティ(人格)は、遺伝的な要素を上台として、友だち関係のなかでつくられていくのだというのです」とありました。遺伝という要素が思っている以上に重要になるということを知ることで、また子ども観、子どもの見方が変わってくるように思います。

  8. 子ども集団の中で子どもたちが自分の興味を持つもの同士が集まり集団を作る事や、その中でも仲間はずれにならないように、集団の流行りや掟に従いつつ自分の役割を決めたりと、まさに社会を学んでいることに関心しました。まさに大人の社会ですね。そうした子ども集団の中で私たち保育者は子どもたちにどうアプローチを仕掛けていくのか考えないといけないと思いました。当たり前のなのかもしれませんが、環境というのは、そうした子どもたちが集団を作れるようなきっかけなのですね。保育室にある環境を通して、子どもたちは共通な遊びをきっかけに友達になり、集団を作り、そして社会を学ぶ・・・こうした一連の流れを作るのが私たちの役割ですね。

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