仲間集団内での分化

学童期の女子はもともと一人二人で遊ぶことを好みますが、日常的に集団で一緒に行動することがなくてもある社会的カテゴリーの一員として自覚することができます。友達はそれぞれの行動に相互に影響しあいますが、その効果は長続きしないと言うのです。集団社会化説によると、友情は他の人間関係同様、長期的な影響を及ぼすものではないというのです。

ハリスは、おそらく自分が犯した過ちは、二つの説が実際には二つに分かれているところを、あたかも一つの説のような印象を与えてしまったことだと言います。一つ目の説は社会化を取り上げ、それは集団への帰属と同化によって果たされるという説のことです。二つ目の説は性格の形成についてです。それは集団内での分化によるところが大きいという説です。一つ目の説については、証拠も十分揃っていると言います。キンダーマンの研究、ロバーズ・ケイヴの実験、ビーバーその他による同級生の行動が及ぼす影響についての研究などです。しかし、この説についてはまだまだ裏付けが足りないと言います。

幼少期から思春期にかけて仲聞うちで地位が高かった子どもは、大人になると程度の差こそあれ、自身に満ちた性格になるとハリスは考えているようです。仲間集団内での地位は、仲間からの受容とは異なると考えています。それは同時に同級生から好かれるか嫌われるかとも違うと言います。発達心理学者たちはこれまで子どもたちの「人気」「不人気」について、相当な量のデータを集めてきているそうです。しかしそのほとんどはハリスの学説を検証するためには使えないと言います。なぜならその多くで使用された質間項目では「人気」のもつ様々な意味を区別することができないからだと言うのです。攻撃的な子どもは嫌われるかもしれませんが、地位が高い子どももいます。大学生を対象とした研究では集団からの受容と集団内の地位には大きな違いがあることがわかっているそうです。

仲間集団内での分化による長期的な影響を裏付けるもっとも有力な証拠は、以前ハリスが紹介したメアリー・コーバー・ジョーンズが実施したかなり古くて小規模な研究だと言います。ジョーンズは思春期の男の子について、年齢のわりには身長の低い子と高い子を比較し、その結果、両者に性格的なちがいを見いだしたのです。その性格の相違点はその後15年が経過し、成長の遅かった子どもたちも身長では追いついた後でも、まだ残っていたそうです。思春期に身長が低かった子どもたちは相変わらず自信なさげで、ゆとりが感じられなかったそうです。思春期に身長が高かった子どもたちはキャリアを構築するにあたり、官公庁などでかなりの要職に就く可能性が高いそうです。背が高く、大人っぽいティーンエイジの男子は仲間内では地位が高いのです。

1957年に発表されたジョーンズの研究はまだまだ繰り返し検証される必要がありますが、最近実施された研究を行なったのは心理学者ではなく経済学者だったそうですが、その研究では間接的にですがジョーンズの結果を支持しているそうです。経済学者が調べようとしていたのは、なぜ身長の高い男性は低い男性よりも高給取りなのか、という点です。大人になっても身長が高い人はおおむね思春期から背が高いのですが、思春期と成長後の身長の相関は完全ではありません。経済学者たちは統計学上、思春期での身長の高さによる効果と大人としても身長が高いことによる効果を区別することに成功したのです。その結果、大人として得る給料を大きく左右するのは大人になってからの身長ではなく、思春期当時の背の高さだったのです。

仲間集団内での分化” への6件のコメント

  1. 現在、友情関係で悩んでいる学生に「集団社会化説によると、友情は他の人間関係同様、長期的な影響を及ぼすものではない」という言葉を伝えてあげたいですね。どうしても、子どもは自分の周りにいる友達集団が全ててあるかのように思いがちですが、社会に出ればその関係性も変わっていくこと、また、将来の自分にとってそこまで影響を受けないということが分かれば、より自分らしい生活がおくれるかもしれません。また、身長に関する地位や収入との関連性も面白いですね。日本では、最近になってソフトバンクの孫さんや、ゾゾタウンの前澤さんなど、低身長の方々の活躍が見られますが、平均するとやはり高身長の方々の方が高給取りになるのでしょうか。思春期に身長が高いということで、「自信」や「ゆとり」を得ることができるなんて、うらやましすぎますね。

  2. 背の高い低いがこうした影響を及ぼすのですね。私は背が低いので、リーダー向きではないな、と思っています。まぁ、それでも、なんだかんだ言って、「長」のつく立場を経てはきましたが。もっとも、長がつけばリーダーかという問題はあります。「思春期当時の背の高さ」がものを言う。私は中学時代まではそれほど自分の背丈を低いとは意識していませんでした。高校に進学して初めて自分がチビであるという認識を得るに至るのです。それで高校大学といくのですが、背は低いまま、態度はでかかったかもしれません。「なぜ身長の高い男性は低い男性よりも高給取りなのか」これも刺激的です。背の高低が収入にまで影響を及ぼすとは。日本ではどうなのでしょう?あまり関係しないような気もするのですが。ところで、背が高い人が園長さんや理事長さんをやっていると様になりますね。藤森先生はじめ何人かのそうした人々を思い浮かべます。組織が安定している、そんな感じもしますね。

  3. 「集団からの受容と集団内の地位には大きな違いがある」いつも威張っていて部下から嫌われていても上司の立場にいる人、親切で皆から慕われながら部下という立場にいる人、大人になっても同じような社会の中にいることに気付かされます。嫌われながらも高い地位につくことは可能であることを改めて感じるのですが、子ども集団においてもそのような形で高地位につく子どもがいるようで、それを見守ろうとする大人はどんなことをしてあげればいいものなのでしょう。大人のしてあげられることは些細なことで、してあげる、なんてお節介なのですが、人から嫌われながら手に入れる成功なんて本当に悲しいことなのだということ、そうなる前に教えてあげたい、と思うこともまたお節介なのかもわかりません。

  4. 背が高いとスポーツでは重宝されることが多いのですが、〝思春期に身長が高かった子どもたちはキャリアを構築するにあたり、官公庁などでかなりの要職に就く可能性が高い〟というデータもあるんですね。自分も中学生までは背が高い方でした。高校ぐらいから伸びなくなり、今では小さい方ですが、大人になってからのことよりも思春期に高いか低いかが重要であることにも驚きます。身長が高いことによるプラス面は大人になってからよりも、思春期の頃の方の大きなものなんでしょうか。確かに背が高いだけで、威圧感とか威厳とかは相手に与えられる気がします。

  5. これはあまり関係のない話かもしれませんが、なぜ高身長の男性は女性にモテるのかとても疑問に思います。高身長の方が、狩猟などで優位だった歴史があるのかもしれませんが、それにしては比較的筋力のない細身の男性も身長が高いというだけで、男の私から見ても顔が映えて見えてしまうというのが不思議でなりません。そこに更に収入面などでも差をつけられてしまうとしたら、低身長の私は立つ瀬がありませんね。

  6. 「幼少期から思春期にかけて仲間内で地位が高かった子どもは、大人になると程度のさこそあれ、自信に満ちた性格になる」とあります。ここで印象にでてきたのがオランダのイエナプランを見学したときでした。年少学年1~3学年から年長学年4~6学年に行くにあたって先生が「今まで年少学年だった子どもたちが、年長児学年に行くにあたって、年上になる経験もあれば、また年下になる経験もする」ということを思い出しました。異年齢で子ども集団を過ごすことは同年齢で過ごすよりも、必ず地位が高くなる機会が回ってきます。イエナプランは小学校のプログラムでしたが、幼少期から思春期にかけてとまさにど真ん中の時期に当たる子どもたちと思うととても有用な考え方のように思います。また、今回思春期の身長がその後の給料やキャリアにおいても影響があるというのはなんとも眉唾な話ですが、統計学上での相関関係があるというのを見ると何とも不思議ですね。どういった意味合いがそこにはあるのか気になります。

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