添い寝とひとり寝

世界にわずかしか残っていないのであまり多くを知られてはいないそうですが、ハリスは狩猟採集民族の社会も何度か紹介しています。それは、進化によって若者はどのように育てられるべき存在となったのか、伝統的社会を観察することがそれを知る手がかりとなったのです。こうした社会では赤ちゃんは最初の二年間、手厚い保護のもとで育ちます。母親から片時も離れることはなく、日中は母親に抱きかかえられ、夜は添い寝してもらいます。今日にいたっても、世界中のほとんどの社会では、赤ちゃんは母親と一緒に寝ます。

赤ちゃんの世話の中でアメリカの親たちを最も悩ませるのが、睡眠が妨げられることです。赤ちゃんはなかなか寝つきません。赤ちゃんに夜じゅう振りまわされます。そこで、小児科医の多くは赤ちゃんに一人寝の習慣をつけさせるべきだと親に助言します。しかし、遊牧する狩猟採集民族の小集団の赤ちゃんは通常の状況下では一人にされることはありませんでした。もし彼が一人きりになったら、はじめの泣き声で母親がすぐ飛んでこなければ、重大な事態が発生したことになります。母親が死んだか、もしくは母親が赤ちゃんの世話を放棄したか、いすれかである公算が高いのです。一団は遊牧しつづけるというのに、置いていかれてしまうのです。何とかしてすばやく親が考えを変えるよう説得しなければ、彼の先には死しかないのです。とはいえ、彼に与えられた説得のための唯一の手段は泣き叫ぶことだったのです。恐ろしかったから、腹が立っていたから泣き叫んだのです。それも無理はありません。

赤ちゃんには驚くほど適応力があります。アメリカの赤ちゃんのほとんどは一人寝にすっかりなれてしまいます。しかし中にはそれができない子もいるのです。赤ちゃんと一緒に寝てもかまわない、それが自然の摂理にかなったことだと言ってもらえるとホッとする親が多いのです。ハリスの下の娘もその一人だったそうです。赤ちゃんを泣かせつづけることを嫌うのです。赤ちゃんを泣かせつづけることは、自然の摂理に反することなのです。しかし、親はそのことで赤ちゃんと同じくらい苦しみながらも、育児アドバイザーがそうするように勧めるという理由だけで、赤ちゃんを泣かせつづけるのです。

育児アドバイザーたちはまた、小さな脳が正常に成長し、正常なシナプスの形成を促進させるためには、赤ちゃんに正しい「刺激」を与える必要があると提唱します。話しかけ、本を読み聞かせ、興味深いものを見せよと。この助言は二つのデータに基づいていますが、二つのデータとも不十分に理解されていたり、間違った解釈がされていたりしているとハリスは言います。一つは若い動物、ネズミ、ネコ、そしてサルにおける重度の感覚遮断は、永続的な神経学的障害を引き起こす可能性があるという研究結果です。二つ目は相関関係だと言います。子どもに読み聞かせをし、しゃれたモビールをベビーべッドに飾る親はより賢い子どもをもつ傾向があるというのです。

もしシナプスが正しく結合するために、脳が詩の読み聞かせやしゃれたモビールを必要としていたのであれば、私たちの先祖は欠陥をかかえた脳をもったまま遊牧生活をつづけていたことになります。伝統的な社会で赤ちゃんが何を経験したのかを知ることは、発達中の人類の脳がどのような環境を期待するように設計されているのかを知る手がかりとなるのです。このような社会の赤ちゃんは本を読んでもらうこともなく、話しかけられることも少なかったのです。見るもの、聞くものはあふれていましが、それはどの赤ちゃんにも共通することです。こうした赤ちゃんは、母親の腕の中で過ごす最初の二年間ではほとんど何も学びませんが、だからといって彼らが何も学べないわけではなく、時が熟せば、立派な大人になるために知るべきことは学ぶようになると言うのです。

添い寝とひとり寝” への6件のコメント

  1. 中国では0~2歳の施設保育は難しいと言われます。その理由のひとつ目は祖父母が家庭においてケアをするから。先日訪れた上海のデパートの遊技場において、祖父母に連れられてやってきた子どもたちの姿を見かけました。父母は仕事に出かけ、祖父母が面倒みるというシーンを実際に拝見しました。もうひとつの理由は、中国の保育者は赤ちゃんの泣き声に耐えられない、ということでした。同じく上海で話をした時、泣き叫ぶ赤ちゃんについて日本の保育者は一体どうしているのか、という質問を受けました。中国の私たちには耐えられないのに、日本の保育者はニコニコしながら泣き叫ぶ赤ちゃんに対処する、ということらしいのです。「赤ちゃんを泣かせつづけることを嫌うのです。赤ちゃんを泣かせつづけることは、自然の摂理に反することなのです。」この視点を日本の保育者たちは有しているのかもしれません。もっとも泣くことを否定しているわけではありませんね。泣くことも意思の表明、意見の表明と捉えるならば、最初から泣かせないようにする保育を「落ち着いている」という言葉のもとに是認するのはどうか、と思ったりします。「育児アドバイザー」なる存在には気を付けなければならないと思ったところです。

  2. 読み聞かせなど、乳幼児にとって常識のように語られていることに対して、何の疑問を持ちませんでしたが、「脳が詩の読み聞かせやしゃれたモビールを必要としていたのであれば、私たちの先祖は欠陥をかかえた脳をもったまま遊牧生活をつづけていたことになります」という言葉を聞いてハッとしました。その言葉の裏にある背景を読み取る必要があるのですね。少子化やスマホなどの普及によって、子どもが言葉を使用する頻度が減っているとか、乳児期に目で追えるものを身近に置くことなどの環境が、遊牧生活には日常にあったということなのかなと想像してみました。そして、「時が熟せば、立派な大人になるために知るべきことは学ぶようになる」という言葉は、育児をしている方にとっての救いの言葉にもなりそうです。

  3. 地球史において人類の歴史は浅く、また、育児アドバイザーによる育児となればそれこそごく最近に生み出されたものと考えることができるように思えます。アドバイザーも革新的なアイデアの提供者であろうとする為に、いつしか人類の生き方の根幹から外れてしまっていたとしても、それが斬新であったり、また従来の提案をくつがえすようなものであったりすれば、余計に躊躇なくそれを流布してきたということと捉えられなくないのかもわかりません。
    だからこそ今もう一度その根幹を見つめ直す必要があるのだと思えてきます。保育がテレビのニュースで取り上げられることが増えてきている昨今、その視点で展開されている保育がここにあることを多くの人に知っていただきたいです。

  4. 兄弟がいる家庭のほとんどの子は一人寝を経験すると思いますが、そういった子供は大きく分けて赤ちゃん返りをする子とそうならず一人寝ができるようになる子の二種類にわかれると思います。ではこの赤ちゃん返りとはなぜ起きるのでしょうか。親の気を引くためであるならば、まだ一人寝ができる状態ではないということを理解していて親に伝えるために起こるのか、もしくは他の理由があるのか、私の家庭では早い子は二歳になる前に一人寝をしていますが赤ちゃん返りをした子とそうでない子がいました。根本的な原因はいったいなんなのでしょうか。

  5. 世の中どんどんと便利になっていて、今が令和元年ですが、平成元年の時は今の世の中のことは想像し得なかったくらい革新的なものが続々と発表されていると思います。そんな風にどんどんと世の中が変わっていく中で、いつも変わらないものを見つめていくことが大切なことだ、ということを藤森先生から教わりました。そのような意味で〝伝統的社会を観察することがそれを知る手がかりとなった〟というものが変わらないものを見つめる機会であるのではないかと思いました。

  6. アメリカの一人寝の習慣が始まったのは親の睡眠が妨げられることから始まったのですね。赤ちゃんの都合ではなく、大人の都合から始まったということに驚きました。それもやはり赤ちゃんは白紙から生まれたという白紙論により出てきた説なのだろうと思います。始めからそういった環境ではなかったら、赤ちゃんは泣かなくなるという始まりだったのでしょうね。しかし、これまでの赤ちゃんのものを考えてもただ泣くのをあきらめたということのほうが適しているのだろうと思います。人間の「そもそも」を考えていくと文明が進めば進むほど、人が生きてきた中で試され、積み重ねてきた経験則が文明の理論によって、否定され、過渡期になって初めてこれまでの経験則を見直す機会になっているように思います。ものが豊かになり、便利な世の中になっている反面、「ヒト」を捨て始めているように感じます。

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