人間関係の記憶

霊長類の社会生活はさらに複雑です。霊長類もまた自分の行動を集団のそれに順応させますが、彼らは自分の生活にかかわりのある個人に関しては、その動きに注目します。助けを必要としたときにコミュニティのどのメンバーなら当てにできるか、どのメンバーを避けるべきかを知る必要があります。この才能は私たちの種で花開いたものだと言われています。人間は誰が親切にしてくれたか、誰に親切の借りがあるかを記億しているのです。誰なら信用できて、誰なら信用できないかを個人の経験と口伝えで知るのです。自分に悪事をはたらいた者に、時には一生ずっと恨みをいだき、報復の機会をうかがうのです。また、悪事をはたらいた本人も、その被害者を忘れるわけにはいきません。私たちは人に関しての記憶がすこぶるよいと言われています。私たちの脳の中には人の顔を認識することにすべてを捧げる特別な領域があるのだそうです。

昔から言われてきた「情けは人の為ならず」と言う言葉も、「因果応報」と言う言葉も、人間は誰が親切にしてくれたか、誰に親切の借りがあるかを記億しているという特性を言い表したものかもしれません。

人間関係を記憶する領域は意識とつながっているそうです。個人の行動を所属集団の行動に順応させる心の中の領域は、重要でないわけではありませんが、意識とのつながりは薄いそうです。その作用の多くは、ガラスのコップをもち上げることを可能にする筋肉運動のように、不随意に行なわれるものなのです。

世界に関するデータのほとんどは、私たちが無意識的に集めたものです。自分が知っていることの多くについてはなぜそれらを知っているのか自分でもわかりません。ただ知っているだけなのだと言うのです。子どもたちは赤い果実は青いものよりも甘いことを知っていて、どちらかを選ばせると赤い方を選ぶのですが、その理由はわかっていないそうです。テータの収集、カテゴリーの構築、さらにカテゴリー内のデータを平均する作業はすべて意識よりも下のレベルで行なわれるのだそうです。

ハリスが今まで言及してきた過程は概して意識よりも下のレベルで行なわれるものです。私たちは自らをある人間の集団と同一視します。その人たちのように話し、行動することを身につけます。彼らの態度を模倣します。異なる社会状況に話し方や行動を順応させます。自分の所属集団や他集団のステレオタイプをつくり出します。これらは意識下におくこともできるのですが、そこは安住の地ではないとハリスは言います。ハリスは、子どもたちが気づくこともなく、意識的に努力することもなく行なうことについて言及してきました。子どもたちは心のもっとも使い勝手のよい部分を使って他のことを自由に行なうことができるようにしむけていると言うのです。

集団と個人的な人間関係。それらはともに私たちにとって重要ですが、どのように重要なのかはそれぞれで異なります。仲間との子ども時代の経験と、家庭での親との経験は、違った形で私たちにとって重要なのだと言うのです。

親子間の絆は一生つづきます。私たちは一度ではなく、何度も親に別れを告げるのです。それでも決して彼らを忘れたりはしません。わが家に戻るたびに家族の思い出が引き出され、それに浸る機会が与えられるのです。その間は子ども時代の友人についてはあっさりと忘れ去られてしまっていて、校庭で何が起きたかは記憶から消えてしまうのです。

子ども時代を振り返ったとき、頭に思い浮かぶのは親です。責任を押しつけたいのなら、心の中の人間関係を司る領域にすべきだとハリスは言うのです。それはあなたの考えや思い出を不当なほど多く奪ってしまっているのだと言うのです。

「あなたに悪いところがあるとしても、決してそれを親のせいにしてはならない。」とハリスは忠告します。

人間関係の記憶” への7件のコメント

  1. そうですね、ハリス女史の最後部分の一言「あなたに悪いところがあるとしても、決してそれを親のせいにしてはならない。」本当にそうだと思いますし、親となっている今、子に対して贖罪の意味を込めて自分に言い聞かせなければならない言葉です。加害者と被害者関係。これは永久でしょう。言った方も言われた方もしっかり覚えている。やった方もやられた方もしっかりと覚えている。言動行動の重大さ故。しかし、行為の比重については加害者被害者で異なる。すると、記憶関係が曖昧になっていきます。よく、やられた方は忘れないが、やった方は忘れている、ということがあります。親子関係では四六時中一緒の場合関係の記憶は極めて曖昧になるような気がしますが、親子以外関係の場合、そう優しくないように思われます。他人であるがゆえに寛容に慣れる場合と他人であるがゆえに責任をとことん追求したくなる、そいうこともあるでしょう。何だか難しいですね。

  2. 「誰なら信用できて、誰なら信用できないかを個人の経験と口伝えで知る」サピエンス全史の中で、ホモ・サピエンスが進化し続けられた大きな理由の一つに、噂話をする能力があったからと書かれていたことが思い出されます。そう思うと、なるほど確かに幼い頃から膨大な情報を交換し合いながら成長をしてきたのかもわかりません。その情報共有の相手は親だったかどうか、初めて買ってもらったテレビゲーム機、あれがあんなにも欲しかったのは間違いなく友だちの影響でした。そういった些細なことの積み重ねの中で、忘れてしまった情報と、頭から離れない情報とが精査され、刈り込まれながら、必要なものだけを残した今があるのかもわかりません。
    そして今ふと思ったのは、こうして親についての研究に触れるからこそ親のことについて考えますが、仕事をしている時は仕事のことを、それが学生時代であればその時の旬なことを、子ども時代であれば、と、思考の中に親の入る隙間というのはとても限られていたということに気付かされます。改めて今まで解説されてきた多くのことに納得してしまうような気持ちです。

  3. 幼い頃から家族の大切さを親や社会から自然と伝えられてきたように思います。血の繋がりが最終的に自分の助けとなるという、それこそ神話のようなものがある気がします。もちろん、その繋がりによって実際に助かる面もあるでしょう。しかし、血の繋がりがなくても助ける場合もあるし、助けられることもあるはずです。また、「私たちの脳の中には人の顔を認識することにすべてを捧げる特別な領域がある」というように、血の繋がりに関係なく、人の顔に関心を寄せることが生きていく上で必要な能力になっているのでしょうね。そして、最後のハリスの言葉は心に残ります。親のせいで自分がこうなっていると思っている方に、一刻も早く今後の希望を込める意味で伝えていかなくてはいけませんね。

  4. 〝子どもたちは赤い果実は青いものよりも甘いことを知っていて、どちらかを選ばせると赤い方を選ぶ〟ということに単純に驚いてしまいました。子どもはやはり、白紙で生まれてくるものではなく、生き抜く術を持って生まれてくるということなんですね。
    〝私たちの脳の中には人の顔を認識することにすべてを捧げる特別な領域がある〟とあり、何となく覚えているものも含めると膨大な量覚えているのでしょうね。だから「顔を覚えてるけど、名前は…何だっけ?」となるのですね。そして、さいごのぶんし最後の文章は心に染みるような、自分を振り返って、そして、これからも自分の中に刻みたい言葉です。

  5. 意識より下でカテゴリーの構築やデータ収集が行われているということは先入観を持つというのは本能的に行われているということなのでしょうか。よく思い込みや先入観はタブーだと言われていますが、カラフルなキノコを食べよとしないのはそこに毒があると思い込むからであり、その思い込みがあるからこそ危険を回避できるともとれます。たしかに思い込みなどによって生活や考え方は窮屈になってしまうかもしれませんが、完全悪ではないということや、役に立つ場面もあるということは忘れてはいけませんね。

  6. これまで子どもの性格には親は関係がないことが取り上げられ、では親はなんのためにいるのかと感じていましたが、ようやくその部分がはっきりしてきました。なるほど、親はその子どもにとって「一生における安心基地」なのですね。そうするとやはり親にとって子どもたちに大切な距離感は「見守る」ということなのでしょう。不安な時にいつでも助けに行ける。または、そこにいる。というような存在であり、年齢を重ね大きくなっていくに応じて、その距離感は離れていくようにしていかなければいけないのですね。何かをしてあげなければいけないというのではなく、必要なときに必要な分を与える。まさに「ギビングツリー」の無償の愛そのままなのですね。今の時代は子どもが望んでいる以上に手を出しすぎているのかもしれません。そう考えると家庭と社会集団とは切り離されているということはよくわかります。

  7. 人間関係の記憶の中でも親に関するものは他のものと違った意味合いがあるようです。親子間の絆は一生つづき、わが家に戻るたびに家族の思い出が引き出され、それに浸る機会が与えられるとあるように、親とは子どもにとって人生の原点回帰の場であり、よりどころとなる場所であるように受け取れます。親は子どもに対して子育て神話で提唱されているほどの影響力はもなく、側で子どもが育つことを信じ見守るとこだけしかできないのかもしれません。しかし、それこそが子どもにとっての大きな支えであり、安心して集団の中で社会化を果たす要因であるように思えます。どれだけ歳を取ろうとも親との記憶は特別なものであり、それがあるからこそ前に進めるのかもしれません。

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