両親のそろった家庭

マクラナハンとサンドファーの著書に掲載されているグラフや表には興味深い結果を見ることができるようです。重大な影響を及ぼすであろうと考えていたことが、そうではないと言うのです。家庭におけるまま父の存在は子どもに好影響を与えないのです。家庭以外の場所で生物学的な父親と会うこともしかりです。「全国でも代表的な大規模調査に基づく研究では、類別の生物学的な親戚が同居している場合も同じだそうです。すなわち、祖母が同居していても効果はないというのです。祖母が同居する家庭では、生物学的な両親が揃っている家庭よりも子どもが一人にされることは少ないにもかかわらず、学校を中退したり、妊娠したりすることから子どもを守ることはできないのです。継父がいる家庭では、子どもたちは実父がいる子どもたちに負けず劣らず目が行き届いています。行き先が監視され、宿題もチェックされます。それでいながら中退や妊娠を防げないのです。シングル・ペアレントの家庭で暮らす年数もまた関係しないようです。思春期になるまで父親と同居していた子どもが乳児の頃、さらに言えばまだ胎内にいた頃に父親が家を出たという子どもよりも、好ましい状況にあるというわけでもありません。

父親不在でも好ましい境遇にいるのは、これもまた興味深い結果ではあるのですが、父親を亡くした子どもたちです。「未亡人である母親のもとで育った子どもたちは、他のシングル・ペアレントの家庭の子どもたちよりも暮らしぶりがいい」とマクラナハンは言っています。実際、実の両親が健在で、その両親のもとで育った子どもたちと同程度に暮らしぶりがよいという結果もあるそうです。研究者たちはわらにもすがるような思いで、行方知らずの父親と他界した父親によってもたらされた「結果」の違いの原因を探ることになったそうです。未亡人は他のンングル・マザーと比較すると経済的に安定しているのでしょうか。ところが、再婚した母親も経済的にはより安定しているにもかかわらず、継父の存在は役に立たないというのです。親の死は親の離婚よりもストレスになりにくいのでしょうか。親が早死にする原因としてより頻繁に登場するのは、自殺、殺人、癌、エイズですが、ストレスになりにくいとは思えないものばかりです。

「結果」とは研究者が好んで使う表現ですが、彼らが高潔ぶってその表現を避けても、彼らがそう考えていることはお見通しだとハリスは言います。ところが、彼らの考えを支持するはずのデータでは、原困と結果がはっきりしていません。そのデータはすべてが相互に関連しているのです。あるものが他のあるものと同じように変化するということしか立証していないとハリスは言うのです。以前紹介した疫学者たちが、ブロッコリを食べる人たちは概してブロッコリを拒否する人たちよりも裕福であるという結果を見いだしたとしても、実際その可能性はかなり高いのですが、それからブロッコリを食べれば収入が増加し、ブロッコリを食べるのをやめると経済力が低下すると想定するのは早まった考えであるとハリスは言うのです。また宝くじに当たればブロッコリが好きになるというのも同様に早合点だと言うのです。両親のそろった家庭の娘は概してシングル・ペアレントの娘よりも、高校を卒業する可能性、妊娠しないですむ可能性が高いです。これは相関関係だと言います。この結果から、両親のそろった家庭の娘も両親が離婚すれば高校を中退し妊娠することになると結論づけることは、ブロッコリを食べるのをやめると財産をすべて失ってしまうと結論づけることと同様に愚かなことだとハリスは言うのです。仮にそれが真実であっても、データではそれを立証できないと彼女は言うのです。