転居

経済的に不利を被っているスラム地域では、両親が揃っている家庭の子どものほうが、シングル・ペアレントの子どもよりも暮らしぶりがよいわけではありません。もっともこのような地域に住む家族の大半はシングル・マザーが世帯主です。というのも、パートナーのいる母親は、別の地域に住む経済力があるからです。成人した男性のいる家庭のほうが高収入を望めるということは、両親が揃っている家庭の子どもたちは、中流階級の文化をもつ地域に住むことが多く、その結果、中流階級の規範に順応する可能性が高いことになるのです。

継父のいる家族では高収人が望めるはずですが、そこで育つ子どもたちにその高収入がよい結果をもたらさないのはなぜだろうかとハリスは問います。答えは、これらの子どもたちは別の間題をかかえているからだと言うのです。それは転居回数が多すぎること。彼らはある地域から別の地域へと転居を繰り返します。その回数は他の家族構成をもつ子どもたちよりも多く、その都度彼らは仲間集団を失い、新たな集団とまた、いちからはじめなくてはならなくなるのです。転居するたびに新しい仲間集団の規範に順応しなおさなければならず、新たな社会的階級をその都度最下位からのぼりはじめなければならないのだと言うのです。

この転居による仲間集団との関係は、孤児院で、その後のことを考えて仲間集団を構成するのを避けたり、仲間集団での生活をおこなっても、その関係があまり深くならないように定期的にシャッフルしたことで、子どもたちに愛着障害が生じたり、施設から出た時に、社会の中で、人との関係で困難を生じた研究を思い出します。

転居は子どもにとってつらいことだとハリスは言います。転居を繰り返す子は、父親がいるいないにかかわらず、仲間から拒絶されやすいのです。彼らは同じ土地に根をはる子どもたちよりも行動的にも、学業的にも多くの間題をかかえることになると言うのです。マクラナハンとサンドファーは、父親のいない思春期の子どもたちの間で見られる高校中退、10代の出産、無気力さなどの増加のおよそ半数は転居にその理由を求めることができるとしているそうです。転居と家族収人の低さの両方が父親のいる子どもといない子どもとの差を生辞させているのだとハリスは言うのです。

これらの不利な条件はともに家族以外の場所で起こりうる事象によって説明することができるとハリスは言います。住む地域が変わることによって規範がころころと変わり、集団の規範に順応するのが難しくなり、それが子どもの仲間集団の身分を危うくさせ、社会化を妨げることになると言うのです。家族の収人は子どもが暮らす地域、地元の仲間集団に根づく規範を決めてしまいます。転居回数が多すぎること、低所得であることは、子どもが高校を中退したり、在学中に赤ちゃんを産んだりする危険性を高めることになると言うのです。

もっとも高校中退や十代の妊娠は仲間集団の影響を受けやすいものであることは既に知られていることです。しかし、ハリスは、あなたを納得させるには、もっと広範囲な話題をもち出さなくてはならないと言います。それは、離婚の影響だと言うのです。離婚が子どもたちの性格、精神衛生、さらには子どもたち自身の結婚生活の安定に及ぼす影響です。両親の離婚は本当に子どもたちにひどい仕打ちを与えてしまうのでしょうか。もしそうではないのなら、なぜ人々は皆そうだと思うのでしょうか。そんな疑問についてハリスは考えています。

転居” への6件のコメント

  1. 転居回数と低所得の両方が子どもたちの人生をあらぬ方向に導いてしまう。すなわち「高校を中退したり、在学中に赤ちゃんを産んだりする危険性を高めることになる」ということです。このことは日本でもあてはまるのでしょう。それにしても「転居回数」が影響を及ぼしていたとは驚きです。転居によって「新たな社会的階級をその都度最下位からのぼりはじめなければならない」。なんだかわかるような気がします。引っ越し貧乏、などと言われますが、引っ越しによって貧乏となり、結果、人生、あらぬ方向へ。私も今まで何回か引っ越してきましたが、「新たな社会階級」の中では確かに「最下位から」昇り始めていましたね。そしてこの引っ越しが子どもに影響を及ぼす。わが子もその影響を受けたか?もう一つ「離婚の影響」。これは確かに大きいような気もしますが、「両親の離婚は本当に子どもたちにひどい仕打ちを与えてしまうのでしょうか。」と疑問視されています。果たしてどうなのか。次回のブログが楽しみです。

  2. 転居回数と低所得の両方が子どもたちの人生をあらぬ方向に導いてしまう。すなわち「高校を中退したり、在学中に赤ちゃんを産んだりする危険性を高めることになる」ということです。このことは日本でもあてはまるのでしょうか。「転居回数」が影響を及ぼしていたとは驚きです。転居によって「新たな社会的階級をその都度最下位からのぼりはじめなければならない」。なんだかわかるような気がします。引っ越し貧乏、などと言われますが、引っ越しによって貧乏となり、結果、人生、あらぬ方向へ。私も今まで何回か引っ越してきましたが、「新たな社会階級」の中では確かに「最下位から」昇り始めていましたね。そしてこの引っ越しが子どもに影響を及ぼす。わが子もその影響を受けたか?もう一つ「離婚の影響」。これは確かに大きいような気もしますが、「両親の離婚は本当に子どもたちにひどい仕打ちを与えてしまうのでしょうか。」と疑問視されています。果たしてどうなのか。次回のブログが楽しみです。

  3. 私たちは、住む環境が変われば、その場の雰囲気や風習、文化に適応することで人間関係をスムーズに行えるということはなんとなく理解しています。その適応する能力というのは、思っているよりも大きな労力を要するのでしょう。適応スキルが磨かれるよりも、拒絶のような距離感を半ば諦めのような感覚として生まれてしまうのかもしれません。人間は、どうしても見知らぬ人に対しては警戒するものだと思います。転校生に対しても、まずは様子をうかがうというのも、本能的に防衛反応としての姿であるということでしょうか。現在、日本では3人に1人は離婚している状況です。また、LGTBなど、マイノリティへの見方も時代とともに変わってきました。これまでの研究をとらえた上で、転居に対する社会の見方というのも変えなくてはいけないことを示唆しているにも感じました。

  4. 私は今までの小中高の12年間で引っ越しをするという経験がなく、正直引っ越しというものに憧れを抱いていました。クラスで一人だけ違う制服、授業で特別扱いされるということにたいしての羨望、そして仲間たちからちやほやされることにたいしてとても憧れていました。しかし、引っ越しをする彼らからしたら友人とは引き離され、土地勘は消え失せ、信頼できる教師もいなくなるとなれば、憧れるものでもありませんね。引っ越しを機にいじめや不登校が始まってしまうこともあるわけですからなおさらでしょう。

  5. 転居というのが子どもたちの人生に大きな影響を与えてしまうということに驚きです。子どもたちの柔軟性には現場でも以前のブログでも承知していましたが、「また一からはじめる」ということの労力は大変なものだというのは想像がつきます。それを繰り返し繰り返し行わなければならない状況になった時、「またどうせ早いうちに一からやり直すことになるんだろ?」的な順応しようとすることを諦めるようなことになってしまうのでしょうか。はじめての場所や人というのは、自分は特にですが、緊張するものです。転居について、これからは自分たち大人が思っているよりも慎重に考えていかなければならない事項であることを感じました。

  6. 4月から小学校へ通う長男も少しずつ慣れてきたようですが、4月1日からの学童には保育園時代からの友達がいないこともあり、2日だけ通うにとどまってしまいました。小学校が始まり、小学校の友達と学童へ行くことによって少しずつその緊張も解けてきたようで、小学校→学童を過ごした初日「簡単だった」と感想を聞いた時にはホッとしたものでした。繊細というのでしょうか、そんな気質の長男ですが、今以上に子ども集団の中に出たり入ったりする生活は苦痛そのものだと想像します。そういう状況下でも逞しく生活を送る子どもたち、その生活に疲れてしまった子どもたち、どちらにも尊敬の気持ちが湧いてきます。その子たちの見えない努力を大人は認めてあげたいですね。

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