質問の回答

ふたつの異なる質問を同一人物に回答してもらう時には決まって、はじめの質問の解答と次の質問の回答との間に相関関係が見られる傾向にあると言われています。その相関関係は統計学者が「反応の構え」と呼ぶものにより生み出され、もしくは誇張されるようです。人には決まった方向に反応する傾向があり、質問に対する解答もそれにより偏向されます。幸せな人であれば、すべての質問に対し、楽天的な回答に印をつけるようです。「はい、親は私にやさしくしてくれます。」「はい、私も立派にやっています。」社会的に認められることにこだわる人は、社会的に認められるような回答に印をつけます。「はい、親は私にやさしくしてくれます。」「いいえ、喧嘩をしたこともなければ違法なものを吸ったこともありません。」怒りを感じている人、落ちこんでいる人は、それそれ怒りに満ちた回答、抑鬱的な回答に印をつけます。「親はひどい奴だし、代数学のテストでは落第点をとったし、こんな質問なんてどうでもいいや。」という具合です。

ティーンエイジャーたちが研究者たちに語る親の自分への振る舞い、たとえば、親が厳しすぎるとか、甘えすぎるとか、程良いとかは、親が自分自身で下す評価とはあまり一致しないようです。親の行動に関して子どもの発言に頼らずさまざまな情報源を活用した最近の研究では、程良い親の育児姿勢が優れているというはっきりとした結果は出なかったそうです。しかも事前にボウムリンドが定義した三種類に該当しない親はすべて除外して、自分たちに有利になるような不正工作を図ったにもかかわらずだったそうです。彼らはなんと当初の半数近い家族を除外したのです。

ハリスは、皆さんは研究方法への難解な批判などではなく、なぜ彼女が自分の子どもに苦労したのかを知りたいはずで、同じ間違いを犯さぬためにも、彼女がどのような間違いを犯したのかを知りたいはずだと言います。

結局ハリスの娘は真っ当な人間になりました。親を悩ませたティーンエイジャーの多くがそうであるように、彼女も年を重ねるごとに落ち着き、賢くなりました。成人した彼女はなかなか健全な人間だそうです。ハリスは彼女に、夫とハリスの何が間違っていたのかと訊いてみたそうです。何か別の方法がよかったのではないかと訊いたのです。彼女はそれに答えることができませんでした。彼女自身、今や娘をもつ母親となり、同じことを知りたがっているそうですが、それがわからないそうです。彼女は自分の娘を自分が育ったとそっくりな住宅街で育てることにしたそうです。ティーンエイジの頃はあれほどまでにそこから逃げ出したがっていたにもかかわらずです。

ハリスも彼女の夫も二人の娘を同じようには扱いませんでした。彼女たちは似ても似つきませんでした。二人に同じ作戦が通用しないことはわかっていて、それを試みるのもばかばかしかったからです。親の育児スタイルを研究する者たちが犯した間違いのうち、最も重大であるのは、親の育児スタイルは親の特徴であると仮定することだと言います。それは親子関係の特徴であり、そこには親も子もかかわっているものなのです。

質問の回答” への9件のコメント

  1. ティーンエイジャーたちが自ら下す評価と、親が自らで下す評価とはあまり一致しないというのは、仕方がないように思います。どちらも主観で話してしまうこと、自分にとっての解釈でしか話すことができないという状況が必ず生まれるように感じました。そのために、「保育参観」のような、親と子どものすり合わせを可能にするような機会をもうける大切さを感じます。また、ハリスの娘が自分がした行動の意味を理解できないということに、育児の難しさを感じました。何が正しいのかが決まっていない分野であるからこそ、学び続けなくてはいけない、そこまでの過程で生じたことに向き合い、対策(環境)を構築するという一連の流れができる心の余裕を持たなくてはいけませんね。

  2. 親の回答と子の回答、確かに同じ質問に関して必ずしも同じ回答にはならないことが多いかもしれません。親は親で、へぇー、そう思っていたんだ、とか、子は子で、ヘェー親はそう思っていたんだ、と意外な面を互いに発見することは良くあることのような気がします。「程良い親の育児姿勢が優れているというはっきりとした結果は出なかったそうです。」とくれば、どんな育児姿勢がいいのだろかと思ってしまいます。つまり、程よくても偏っていても然程子どもの人間関係には影響を及ぼさない。むしろ、子ども自らが何らかの縁で関わる人間関係こそがその子に影響を及ぼすということでしょう。また、ある時期、親が心配するような子どもになったとしてもハリス女史の娘のように「真っ当な人間になりました。」となり、なぜそうした過去を持つに至ったか「わからないそうです。」しかも「彼女は自分の娘を自分が育ったとそっくりな住宅街で育てることにしたそうです。ティーンエイジの頃はあれほどまでにそこから逃げ出したがっていたにもかかわらず」。自分の過去を振り返っても何故あの時そうしたのか?わからないことがあります。少なくとも親の影響ではなかったことは確かな気がします。

  3. 親を悪く言う人は自分を不幸だと思っている、と聞いたことがあります。幸せなら産んでくれたことだけで感謝ができるもので、そう思うとその人がどのような現状なのかで、質問に対する回答が異なることは想像できます。そう思うとどんな回答も、親の子育てがもたらす影響についてを明確にすることはできないのかもわかりません。そして、「親子関係の特徴であり、そこには親も子もかかわっているもの」相互の影響がそこにあることがわかります。白紙論の限界が見えてくるようです。

  4. 自分は最近引越しをしたせいもあり〝彼女は自分の娘を自分が育ったとそっくりな住宅街で育てることにした〟というのに反応してしまいました。気づいたら自分も同じだからです。しかも、同じように10代の頃は実家に寄り付かなかったにも関わらず。親子の不思議な相関関係であるように感じました。やはり親子なんですね。そのように考えていくと、自分の息子たちも自分と同じような過程を経て大人になっていくのかもしれませんね。最後に親の育児スタイルは親子のもの、とありますが、育児スタイルも文化継承であることを感じました。

  5. 今回の内容を読み、ふと、私が日本全国どこかで我が子を育児するならばどこがいいだろうか。と考えてみました。生まれ育った田舎の地元か、常に高い学習環境を周りが用意しているであろう高級住宅街か、知り合いが一人もいないような初めて行く土地か、どの場所にもメリットやデメリットがあり、子供にこうあってほしいという理想像によって変わるのでしょうが、こう育ちやすい環境だから確実に思ったように育つということはありませんし、その逆もまたしかりでしょう。正解がないというところが育児の難しいところであり面白いところでもありますね。

  6. 親が子どもたちに適切な関りや教育を受けさせてあげたいというのは親心としてとても分かります。今回の質問の回答を見ていても、親の主観と子どもの主観ではやはり違いがあり、決して親が思っているような育ちを子どもがしているとは限りません。しかし、「ハリスの娘は真っ当な人間になりました。」というような育ちを見せます。「保育には答えがない」というように育児にも答えはないのでしょう。もしかすると、かえって「こういうもの」と先入観を持って育児をするほうがかえっていい育ちを見せてはくれないような気がします。見守る三省にも「子どもを信じただろうか」とあるようにその子ども自体を一人の人格として認めるほうがよっぽどいいのかもしれません。

  7. 親心とは案外子どもにとってはただのお節介であるのかもしれません。ただ、私もそうですが、子どもには自分のような苦労はして欲しくない、健全で健やかに育って欲しいという想いを持つのは当然だと思います。だからこそ、殆どの親が育自スタイルについて考え、悩むのだと思いますが、「それは親子関係の特徴であり、そこには親も子もかかわっているものなのです」とあり、親だけで考えてどうこうしようというようなものでもないはずです。それを考えると、私自身の子育てもどこか親の主観だけの部分があり、子どもとの相互作用の部分をなおざりしているのかもしれません。

  8. 「人には決まった方向に反応する傾向があり、質問に対する解答もそれにより偏向されます。幸せな人であれば、すべての質問に対し、楽天的な回答に印をつけるようです」とありました。なんだか考えさせられるような言葉でした。自分の精神状態で、見える世界が変わってくるということですね。自分の考え方さえ、変われば、世界も変わるというのは実践できればすごい発見ですね。「程良い親の育児姿勢が優れているというはっきりとした結果は出なかったそうです」とありましたが、これだけを知ると、では、どうしたらいいんだろう?と思ってしまいますね。私たちの保育も基本となる考え方を大切にしつつ、個々の子どもの状況に応じて微妙に関わり方を変えていくというような方法をとっていますが、そのような関わり方が人と関わる上で大切なのかなと思わされました。

  9. 親が自分自身の育児に対する評価と子どもが思う評価が一致しないというのは面白いというか、家族とはいえ感じ取り方が違うのですね。私自身、子どもの頃に親からたくさん怒られましたし、当時は親に対して怒りを感じたことも多々あったと思います。しかし、こうして自分も大人になり、子どもを持つと親の大変さ、辛さを感じることがあります。ハリスの娘が真っ当な人間になり、自分たちの間違っていたことを聞いたところ答えることができなし、そして自分も同じことを知りたがっていると書いてあります。育児は親だけの問題でもなく、親と子ども違いが関係していることが大切で、もう一つは子どもの仲間集団も関わってくると思いました。

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