統制と遺伝

研究者たちは、人種や民族集団に関しても統制を図ると言います。なぜなら集団によって結婚にかかわる規範が異なるからです。そんな彼らが統制しないのが遺伝だと言います。この種の研究ではそのための手段に欠けているからというのがその理由です。彼らは子どもの環境が及ぼす影響を調べるのに、以前ハリスが愚弄した方法を使っているそうです。犬舎で育てられたフォックスハウンドとマンションの一室で育てられたプードルを比較するあの方法です。研究者たちは一家族につき、子ども一人にしか注目しません。その子どもは、ほとんどの場合、親の実の子どもです。親は子どもに遺伝子を授けるだけでなく、その環境も与えるか、もしくは与えそこねるため、それぞれの影響を区別することができません。それらを区別するには、行動遣伝学的な方法に頼らざるをえませんし、また、養子や双子やきょうだいの研究が必要となります。

しかし、ハリスは安心していいと言います。多種多様な心理的特徴に関してそれは既に調査ずみです。しかも滞りなく行なわれたそうです。調査対象のほとんどはアメリカ人やヨーロッパ人で、圧倒的に中流階級の人が多いのですが、その中では、心理的特徴のほとんどすべてが同じパターンを示したのです。調査対象者の間に見られたばらつぎのおよそ半分は遺伝に原因があるのです。残り半分は環境によるものですが、それは同じ家庭で育つ二人の子どもたちが共有する環境の影響であるとは限らないようです。それどころか、同じ家庭で育つ二人の子どもたちが共有する環境など、彼らがどのような大人になるかを左右する重大な影響としてはほとんど除外されているようなものだとハリスは分析します。

調査対象の中には離婚によってばらばらになってしまった家族が多くありました。これらの調査に参加した被験者の多くは、離婚した母親、母親と継父、もしくはダン・クエールが認めそうにない他の取り合わせによって育てられていたに違いないというのです。ハリスは、ダンには悪いが、それが重大な影響を及ぼしたという証拠はどこにもないと言うのです。親の在不在や、たとえば頻繁に喧嘩することや短くても愛情あふれる手紙を交換することなど夫婦仲の良し悪しが、子どもたちに何か永続的な影響を及ぼしているのであれは、行動遺伝学のデータにそれを見ることができるはずですが、実際にはそれを見ることはできないのです。

さらに正確に言えば、もし親の存在もしくは不在が少しでも永続的な影響を子どもたちに及ぼしていれば、その影響もそれぞれの子どもによって異なるはずです。残念ながら、これは「親は別居の決断が子どもたちにもたらすであろう結果を知る必要がある」などと言う研究者の考え方をハリスは支持するものではないと言います。「もたらすであろう結果」とは何なのでしょうか。もしそれを明確にすることができないのであれば、親は一体何を知らなければならないのだろうかとハリスは問います。たとえば、もし別れて暮らすという親の決断によって一人の子の人見知りがひどくなり別の子の大胆さに拍車がかかるなら、もしくは一人はますます笑うようになり別の一人は笑わなくなるなら、もし全体的な規則性がないとしたらというようなことです。

統制と遺伝” への5件のコメント

  1. 人の親になって17年。わが子の行く末を気にしていない、と言えばウソになります。私たち夫婦のもとに生まれてきてわが子は幸せだろうか、私たちによって将来に不安を感じるようなことはないだろうか、そもそも変な影響を子に与えてしまってはいないか・・・。ハリス女史の論説を当ブログによって詳細に知りながら今日に至りました。そこから得られた学びは、どうやら私たち親の影響はさほどではない、ということです。無論、遺伝の影響はあるでしょう。しかし、その遺伝は外形に後をとどめている他はどうやら私たち親には発現していない遺伝部分かも。環境にしても可もなく不可もなく、と私たちは思うのですが、彼にとってはどうか。「親は一体何を知らなければならないのだろう」このハリス女史の問いは私の中に響いてきます。一体何を知らなければならないのだろう?今度は子として育った自分自身を振り返ってみます。子どもの私は親に何を期待しただろうか?振り返るとそんなこと一切考えずに大人という生き物になったと思うのです。遺伝に文句を言うわけでもなく、環境を恨むでもなく、それをそれとして受け入れてきた。わたしはわたしで、みんなの中で育って来た、その思いを強くするのです。

  2. 親の在と不在が直接子どもに影響を与えるというよりも、その環境に対する周囲の視点がその子に大きな影響を与えているような気がしてなりません。私の場合は18歳で実家を離れました。そこからの人生を考えてみると、死ぬまでの時間のほとんどが、両親なしの時間です。医療の進歩に伴い、今後は100歳まで生きるのが普通になるとも言われています。つまり、親という存在が直接影響を与える時間は、人生の1/5しかありません。その他の4/5の時間をどう過ごすかは、遺伝というものに縛られずに生きていける可能性が自分にはあるのだと知っていることで、救われることもあるような気もしています。

  3. 最近のブログの研究内容では遺伝子という言葉をよくめにします。近しい遺伝子をもつものが近い環境にいたら、もしくは全く別の環境にいたらどうなるかなどの研究です。もしも将来、クローンなどの技術、倫理観が改変され、研究などにいまよりも大々的に使われるようになったらどうなるのでしょうか。さらに興味深いデータや、養育に関しての良し悪しがはっきりと浮かび上がってくるでしょう。クローンを全面的に推すわけではありませんが、その研究結果はとても気になります。

  4. 親がいるかいないかでは子どもに影響を及ぼしてしまうことはあまりないということですが、いるかいないかということに対しての周りの反応と言いますか、その子を取り巻く周囲の環境は変わってしまい、影響を及ぼしていきそうですね。その周囲の環境によって人見知りがひどくなったり、笑顔が増えたりするのでしょうか。
    やはりといいますか、親の影響は思っていたほどでもないということになるのですね。〝親は一体何を知らなければならないのだろうか〟というハリス氏の質問にハッとさせられました。

  5. 核家族化に警鐘が鳴らされていた時代、その昔は家族単位の総人数が今よりも多く、それが少なくなることへの懸念からそういった声があったのだと想像するのですが、いよいよ家族や両親という単位すら子どもの成長にそれ程に関わりがないとなれば、個へと向かっていく現代の流れも何となく辻褄が合うような気がしてしまいました。個の幸福の為に集団がある、というのでしょうか、子どもがこれからの時代を生きていく為に必要なのは、親でなく、まして家訓でもなく、子ども集団や仲間であり、その中で育んだものでもって個の幸福を追求していける、そんな時代になったのではないかと想像しました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です