多くの相関関係

相関関係には原因と結果を識別する手段は付随しません。もし付随したとしても、実際には両者が互いに影響しあっているために、その手がかりとなる矢印は両方に向くか、あるいはその原因が研究者の測定範囲になかったために矢印のない場合もあるだろうとハリスは言います。

心理学者マイケル・レズニックと十数名の同僚たちによる研究に、《JAMA》の1997年9月号に掲載された「思春期の子どもたちを守る―思春期の健全性に関する全国規模の縦断的研究をふまえて」があるそうです。研究者たちは思春期の子どもたち多数に対して多くの質問をし、得られた解答間で多くの相関関係を見いだしたのですが、新聞に取り上げられたときの見出しには「親との絆とティーンエイジャーの健全性の関係、研究によって明らかに」と書かれていたそうです。研究者はそれを「親・家族間関係」と呼び、それをもってすればあらゆる思春期の「健康を害する行動」を防ぐことができるとしました。彼らが意味したのは、より深い親・家族間関係が構築されている思春期の子どもたちは、喫煙、違法な麻薬の使用、そして十代前半からセックスを体験する可能性が低いということなのです。

実際に研究者たちが見いだしたのは、親と良好な関係にあるとか親に愛され大いに期待されていると答えた思春期の子どもたちは、喫煙の経験があるとか外泊が多いとは答えないという傾向です。研究者たちの結論は、思春期の子どもたちが質問に対して答えたその解答にのみ基づいていたのです。それでは親の育児姿勢を調査した研究者たちと同じ間違いを犯していることになるのです。《JAMA》は、新薬試験を実施した医者が、新薬とプラシーポがそれぞれどの患者に投与されたかを聞知していたら、その医学論文の掲載を却下していたはずだとハリスは言います。どの薬がだれにどのように投与されたかという情報は、その効果の判断に関与することがあってはならないとハリスは考えているのです。しかし、《JAMA》は思春期の子どもたちが唯一の情報源として生活における「防護因子」と予測されうる効果の両方を提供した研究を掲載したのでした。

親の育て方が子どもの将来を決めるという仮説には威力があります。政府をも動かしてしまうのです。《タイム》誌によると《JAMA》に掲載された研究には2500万ドルもの国費がつぎこまれました。このニュースを記事にした《タイム》のエッセイストは、彼女自身にもティーンエイジの娘がいましたが、この研究には懐疑的でした。

「18もの連邦機関に費用を負担させたこの研究がこのように関心を集めたのは、“うちのかわいいメアリーは親友モリーに聞かないと何もできないくせに、母親のことは鉢植絵のように扱う”と嘆く親に安堵感を与えたからだろう。「親の影響力と重要性は思春期後期にいたってもまだまた健在だ」と本調査を主導したミネソタ大学教授のマイケル・レズニックは言う。まさに人を安心させる結果だ。あなたの娘があなたを無視するように見えても、耳にピアスを開けることが人生最大の関心事となる以前に培われた絆の名残にすがって生きている、というのだから。」

実際、そうなのかもしれないとハリスは言います。ハリスは研究方法に関しては批判的ですが、子どもたちの中には生物学的な時計が魔の時を告げた後でさえも親と良好な関係を保ちつづける子どもがおり、彼らが麻薬に手を染めたり、危険な性交渉に携わったりといった愚行に走る可能性は低いのです。それは、決してエッセイストのかわいいメアリーを除外するつもりはないとハリスは言います。そしてこれは間違いないだろうとも言うのです。

多くの相関関係” への8件のコメント

  1. 親・家族と子との相関関係。両者間に良好な関係が結ばれているなら子の振る舞いも良好であるとする縦断研究結果にはスムーズに納得がいきますね。まぁ、そうした刷り込みをもっているからなのでしょう、私が。しかも刷り込みは微妙な差、ニュアンスをスパッと切り捨ててしまいます。良かれ悪しかれ刷り込みは白黒判断を優先させ、物事を単純に、しかも安易に決めつけてしまう傾向を有します。いわゆる文化社会的な相関、人口に膾炙され続て来た相関、に私たちはまんまとからめとられてしまいます。一方で、物事すべてには原因と条件と結果が存在します。善因善果、悪因悪果が現出するにはかならずその因果関係を成立させる因子としての条件がしっかりと働いています。この条件が環境だと私は思っています。親も子にとっては環境因子の一つと考えられます。条件の一つということですね。周囲環境の一つとしての親存在。そんなことを考えてみました。

  2. 学びのポイントに、縦断的学習と横断的学習があると以前知りました。その両方による研究の必要性だけでなく、ティーンエイジャーと親、双方の意見を聞きながら行っていく研究が重要なのですね。また、《JAMA》に掲載された研究には、約30億もの金額がかかっていたということで、実際に研究資金というものを耳にしたことがなかったので非常に驚きました。国にとっても、研究を行うというその決断は大きなものであることが理解できます。そのような金額を使用する上で、国民の考えに添えるかという点、そして、その国民の意識を国が求める方向性に指し示すことができるものに、投資をするとということなのでしょうね。

  3. 〝親と良好な関係にあるとか親に愛され大いに期待されていると答えた思春期の子どもたちは、喫煙の経験があるとか外泊が多いとは答えない〟とありました。「答えない」という表現の仕方が「本当のところはわからない」という意味を含んでいるように思えてしまいました。つまり、回答した思春期の子どもたちの中には「本当のことを言っていない子もいるかもしれない」ということになるのではないかと。すいません、ひねくれ者ですよね。本当のことを言わない要因としてメンツが挙げられるのではないのでしょうか。慣性の法則ではありませんが、そういうキャラであれば、そういうキャラでいようとするのではないかと思います。つまり、他人にどうみられているかを気にして、他人の期待に応えていこうとする、周りの環境が影響を与えているのではないかと考えてしまいました。

  4. 子どもにとってそれだけ大人が影響を与えることができると、そういう知見の元に今までの子育てやそれを代替とするような保育があったことを改めて感じます。言うことを聞かない息子も大丈夫、小さい時から築き上げた絆が彼の中で生きているのだからと言われれば少しホッとするような気持ちにもなりますが、逆を言えば犯罪に走ってしまった場合には、やはり親との絆が、育て方がそうさせたのだということに結び付いてしまうように思います。子ども集団や子ども社会の中で子どもが成長をしていて、その行動を選んでいると思うととてもスッキリと全てのことが合致するように思えるのですが、白紙論の上で子育てが述べられる以上、親神話を脱することが難しいのかもわかりません。

  5. アンケートや統計を取ることに関しても慎重でなければいけませんね。また、質問の内容がナイーブな内容だけに、本来の気持ちとそのアンケートとが必ずしも一致しないということもあるのかもしれません。親との関係が良好な関係にあることや親に愛され期待されていると応えた思春期の子どもが喫煙や外泊が多いと答えないというのも納得できる気がします。結局のところ、その相関性の中には親との関係性なども大いに関わっているのではないかと思います。そして、その関係性は家庭や親にとっても様々な出方を見せるのだと思います。ただ、そうはいっても親と良好な関係を作っている子どもは愚行に走る可能性は低いというのは親も環境の一つとして影響があるということが言えるのだと思います。家庭と教育機関などの外の環境、そのどちらの関係も子どもにとっては重要ということなのでしょうね。

  6. 「親の育て方が子どもの将来を決めるという仮説には威力があります」とあり、それは今でも社会に浸透しているとものと思えます。だからこそ「親・家族間関係」をもってすればあらゆる思春期の「健康を害する行動」を防ぐことができると聞けば、親が関心を示すのは至極当然のことだと思えます。しかしながら子育てや親子関係の構築において実際にそういった特効薬のようなものはなく、今でも多くの親が悩んでいます。子育てに正解はなかもしれないし、親の子どもに対する影響力というものは貧弱なのかもしれません。それでも尚、子どもの育ちに対して親子関係にスポットが当てられるのは、親としての重要な役割があると信じられ、そして実際にそれがあるはずだからではないでしょうか。具体的にそれが何かは分かりませんが、それはブログにもある「培われた絆」であるのではないかと考えています。

  7. 「どの薬がだれにどのように投与されたかという情報は、その効果の判断に関与することがあってはならないとハリスは考えているのです」とありました。客観性はそれでは見えてこないということでしょうか。私たちも勝手に刷り込みを持ってしまい、物事を見てしまうということはたくさんあるように思います。知らぬ間に刷り込み、レッテルを貼ってしまっている。そして、そのことに気がつかないというのは少し怖いことですね。また、ある意味では「そう思い込みたい」という思いから物事を判断してしまっているということもあるように思います。なかなか難しいですね。

  8. 親と良好な関係を持ち続けることが麻薬、喫煙、セックスを10代前半に手を染める可能性が低いと書かれてあります。このような結果を聞くと、親として安心はしますが、油断はできませんね。まだ小学校にも行ってないので、今後思春期を迎え、今までとは違う友人関係を築き、彼を取り巻く環境も大きく変わった時にどうなるのか気になるところです。子ども達がどのような環境に身を置くか、そこは親が立ち入ることができない領域かと思います。しかし子どもと良好な関係を築くという領域は大切なことですし、それは親だけでなく、保育者も園児と似たような関係を築くことが大切だと思いました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です