タバコを吸う理由

研究によると、あるティーンエイジャーがタバコを吸うようになるかどうかを見極める最良の方法は、その友人がタバコを吸うかどうかを見ることだそうです。親がタバコを吸うかどうかよりも当たる可能性高いそうです。これは、日本では、ティーンエイジャーに限ることではないようです。タバコを吸っている人たちは、その仲間の多くが吸っている場合のことが多い気がします。吸わないグループは、皆タバコを吸いませんし、吸っている集団は、吸っている人が多くいます。その仲間内では、どちらが普通であるかということが重要な気がします。また、その中で違った行動をすると、他の人からバカにされる可能性が高いからの気もします。特に、タバコを吸っている人たちの中で見られるのは、禁煙をしようとする人を応援するよりも、なんとなくバカにする気配があるような気がします。そんな人たちを見ると、大の大人になっても、ティーンエイジャーのような精神年齢を持っているのではないかと疑ってしまいます。

タバコを吸うティーンエイジャーは他の「問題行動」も起こしやすいという研究もあるそうです。酒を飲む、違法薬物に手を出す、若い頃から性生活が派手になる、授業を抜け出す、学校を退学する、法を犯す。彼らの所属する仲間集団ではこれらの行動は正常なことと考えられているのだとハリスは言います。

ところが、すでに述べたように、喫煙とは複雑な習慣です。タバコには常習性があります。コカインやニコチンといった常習性のある物質を体験する可能性、そしてそれを常習してしまう可能性は人によってさまざまですが、それらの差には遺伝的要因も関与していると言われています。喫煙は性格特性に見られるのと同じパターンを当てはめることができることがわかったそうです。同じ遺伝子を共有する人同士ほど似る、すなわち両者ともタバコを吸うようになるか、それとも吸わないでいるかだそうです。ところが同じ家庭で育ったからといって、それが一致する可能性が高まるわけではありません。喫堙者を親にもつ子どもの多くがタバコを吸うようになるのは、喫煙という習慣には一部、遺伝的な要素がかかわっているからなのだそうです。

環境の影響を遺伝的な影響から切り離したのはアリゾナ大学の行動遺伝学者ディヴィッド・ローだったそうです。ティーンエイジャーがタバコを吸うようになるか、それとも吸わないでいるか、そこに環境が影響を及ぼすルートはたった一つしかなく、それはもし仲間たちが吸えば、おそらく彼女も吸うようになる、ということです。一方、遺伝子が影響を及ぼすルートは二通り、1つは性格への影響を通じてです。衝動的な興奮好きは、喫煙に対して肯定的な能度をいだく仲間集団に落ち着きやすいようです。二つ目は、ニコチンを常習しやすいかどうかです。

タバコを吸う仲間との接触はティーンエイジャーがタバコを体験することになるかどうかの決定要因となります。遺伝子は依存症になってしまうかどうかを決定するそうです。

ハリスは、遺伝子に対してはなす術もないが、依存症になることを避ける唯一の方法があると言います。それは、子どもたちにタバコを体験させないことだと言います。「危険!危険!」というラベルをタバコの箱に明記するだけでそれが可能だと思っている人は、思春期の頃の自分を忘れてしまった人だろうと言います。ユーモア作家デイヴ・バリーは、15歳の夏にはじめてタバコを体験していますが、当時としては、今日のティーンエイジャー同様、それはやむにやまれぬ理由からだったそうです。

タバコを吸う理由” への10件のコメント

  1. なんとも思い当たることの多い今回のブログ内容です。環境と遺伝。「大の大人になっても、ティーンエイジャーのような精神年齢」を暗に認めあう集団、これはなかなか手ごわい集団ですね。「大の大人」というところが問題です。そうした集団には近づかない。距離を置くに限りますね。タバコの常習性は喫煙習慣を辞められて初めて気づくことでしょう。あれだけタバコの自販機の存在を気にしていた自分が今ではその存在にすら気を向けない。タバコだけではなく自販機というものに目を向けるのはのどが渇いてペットボトルの水を購入する時だけ。私の祖父も父も喫煙者でしたから私にも遺伝していたのでしょう。それでも依存性がなかったのは幸いでした。わが子が喫煙をし始めたらその責任の一端は私にあります。飲酒についても遺伝家系の中にあり依存性がさほどないことを自分で確かめながら日々を過ごしています。タバコやお酒に縁のない人は無条件で尊敬します。

  2. ある会社では一服する時間が認められていて、タバコを吸わない方が損しているような気がするという話を聞いたことがあります。職場環境によってもタバコへの考え方が全く異なるかもわかりませんね。しかしながらそれは大人の話で、大人集団の中でも拒むに拒めないような雰囲気が漂うとするならば、子ども同士では尚のこと、仲間のそれに抗うことは困難なのかもわかりません。そしてそこに魅力という魔法が加わります。遺伝的に体が受け付けない人にとっては、美味しくもないのに吸ってしまうという何とも不思議な時期を体験することになります。体が拒否をしても心が動かされてしまう、心のもつ力の強大さを知る思いがします。

  3. 煙草を吸うか否かは遺伝も関係している、とのことですが、うちの家計で祖父母も含め煙草を吸うのは父だけです。五人いる兄弟も一人も吸っていません。しかし、父のわんぱくでいたずら好きなところは兄弟のほとんどが遺伝しています。煙草を吸う人は問題行動を起こしやすくなるとありますが、逆の考え方で問題行動を起こしやすい人がタバコにてを出しやすい、とも言えるのかなと感じました。

  4. 〝禁煙をしようとする人を応援するよりも、なんとなくバカにする気配がある〟そんな気配があるところに近づきたくありませんが、この間コカインの所持かなんかで逮捕された芸能人のワイドショーで「あるイベントでは普通に覚醒剤を使用するイベントがある」というような節の話しがあっていて、そんなイベントの雰囲気とは?と疑問に思ったところでした。また、喫煙は遺伝的な要素も少なからずあるということなんですね。お酒が体に合わない人がいることを考えると、喫煙についても遺伝的な面が考えられることは普通のことであるようにも思えました。

  5. タバコを吸っている人がいると吸いたくなるとよく言います。依存してしまうタバコの要因もあるのでしょうが、仲間の雰囲気や環境によるものもあるのですね。「ティーンエイジャーのような精神年齢を持っているのではないかと疑ってしまいます。」この言葉はちょっと自分に置き換えて考えてしまいますね。「彼らの所属する仲間集団ではこれらの行動は正常なことと考えられているのだ」こういった集団の影響があるのは確かに分かる気がします。その場にいるからその場にふさわしい行いをしなければいけないとこの年、立場になって感じることも多くあります。それまではあまりそう考えることもなかったですし、「歳外にもなく」という言葉があまりピンとこないことも多かったのですが、今ではわかる気がします。その時代によって気が付くこともあれば、気が付かないこともあります。それが成長なのかもしれません。そして、それはヒトに言われてできることではなく、自分で気づいたり、意識することも大切なように思います。そのためには自己評価ができることも重要なのだと思います。

  6. 「タバコを吸う仲間との接触はティーンエイジャーがタバコを体験することになるかどうかの決定要因となります。遺伝子は依存症になってしまうかどうかを決定するそうです。」とあるように実際に吸っていたときのことを思い出します。「環境」だけで吸っていた自分。そして遺伝としても父が吸っていました。やめるときも同様吸わない人の中にいることでやめることができたというのは本当に「環境」の影響の大きさを感じます。「自分がどの環境に身を置くか」という選択も重要ですね。

  7. 自分も大学生の頃に喫煙をしていました。きっかけはやはり仲間の影響で、自分もタバコを吸い始めました。ちなみに私の親、祖父もタバコを吸っていましたが、私が高校生の時に祖父がタバコが原因で亡くなってしまい、それを間近で見た父がタバコをやめました。それのせいか父からもタバコは吸うもんじゃない!と常々言われていましたし、祖父の事もありましたが、やはり仲間に誘われたわけではありませんが、すぐに周囲に流されてしまう私は自ら手を伸ばしてしまったのです。しかし就職が決まってから一切やめて現在に至りますが、やはりタバコをやめられたのも環境かもしれません。

  8. 「仲間内では、どちらが普通であるかということが重要な気がします」とありました。この「普通」というのがなかなかにやっかいだと感じることが多々あります。そもそも「普通」という解釈は属する集団によって異なるものでもあり、その普通に限らず個人の判断基準は集団を形成する仲間の影響が大きく関わっているように思えます。喫煙をしない私は、これまでに煙草を吸わないことで吸っている人から「真面目だね」と言われることが多々ありました。別に真面目と言われることに対しては何も思いませんが、「煙草を吸わないこと=真面目」ということに違和感を感じ、それについては未だに納得がいきません。私も「普通」と認識していることや、正しいと信じている判断基準がありますが、実はそれは万人にとっての普通ではなく、他者の認識とズレている部分があるのかもしれません。

  9. 「タバコを吸う仲間との接触はティーンエイジャーがタバコを体験することになるかどうかの決定要因となります。遺伝子は依存症になってしまうかどうかを決定するそうです」遺伝と体験について、とても分かりやすいです。確かに、中学時代、高校時代にタバコを吸っていた同級生を思い浮かべてみるとそのことが当てはまるように思いました。私は比較的、ほとんどの同級生と絡みはありましたが、属する集団といえば、やはりタバコを吸っている人のいない集団でした。ただ、一番仲のいい友だちがそのようなことをしていたら止めていたように思います。というのも、その友だちとの集団というのは、なんというのでしょうか、仲間を認めてもらえるための努力をしなくてもいい集団であったように思います。それぞれがそれぞれでいいというような感じでしょうか。

  10. やめたくなくても、やめられない、やりたくなくても、しなければいけない状況下になっている、これを煙草から考えるだけでも、喫煙者は、思い当たるふししかないように思います。そのような場に入ってしまえば、そうすることが当たり前になってしまう、考えてみても、家庭というよりも、友人など、社会的集団のなかでの生き方があり意味で柔軟でありことがわかります。集団の一員としている努力することは、環境で過ごすなかで、感じとった生き方なんですね。

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