永続的な影響

元生徒の話から判断するに、ミスAは聖人に近かったようだとハリスは言います。堪忍袋の緒が切れることなどありませんでした。勉強についていけない生徒のために放課後も残って面倒を見ました。あらゆる家庭環境をもつ生徒が集まっていましたが、すべての生徒が文字は読めるようになりました。親がお弁当をもたせるのを忘れた生徒、もしくは経済的にもたせることのできなかった生徒には自分のお弁当を分けてあげました。彼女は生徒たちが教室を去ってから20年たっても彼らの名前を覚えていたと言います。

教科書のサイド・ストーリーでハリスは、こうしたミスAの永続的な影響は彼女が一年生に与えた幸先のよいスタートによるものだとしました。ところが「へッド・スタート」のように、計画的に与えられた幸先のよいスタートは短時間で驚くほどの向上をもたらしますが、それは時間とともに消滅してしまいます。ヘッド・スタートとは、就学前の子どもに対して施す米国政府の教育事業で、主に経済的に恵まれない子どもを対象とし、教育、医療、栄養面でサポートし、初等教育を受けるにあたり不利がないようにとの配慮で行なわれているものです。ではなぜミスAの効果は消減しなかったのでしょうか。

ハリスは、ここに一つのヒントがあると言います。ペダーセンが話を聞いたミスAの元生徒の中には一年生のときの担任の名前を誤って答えた者はいませんでした。ところが、彼女のクラスにいなかった四人は誤ってミスAが一年生のときの担任だったと答えたのです。これを「願望思考」とペダーセンは読んでいます。

この「願望思考」が、一度も足を踏み入れたことのない教室の記憶を創造させたのでしょうか。記憶とは世間が考えるほど信頼をおけるものではないとハリスは考えています。記憶とは創り出すことも、破壊することもできると言うのです。しかし、ここでは何か別のものが作用していたのではないだろうかとハリスは考えます。

それを説明するためには、脇道にそれてしまいますが、リーダーについて話さなければならないとハリスは言います。集団には、必ずとは言わないまでも、リーダーが存在します。リーダーはその集団のメンバーであるとは限りません。集団は内部からも外部からも影響を受けます。教師とは集団の一員ではないものの、ある集団に影響を与える立場にいるリーダーなのだとハリスは言います。

リーダーが集団に影響を及ぼす方法には三通りあると言います。第1に、リーダーは集団の規範、つまりメンバーたちが順応しようとする態度や彼らがふさわしいと考える行動に影響を与えます。そのために集団のメンパー全員に直接影響を与える必要はありません。その過半数、もしくは集団の支配層にいる注目度の高いメンバーたち数人に影響を与えるだけで十分だと言います。テレビなどの文化的な力も同じように影響を及ぼします。集団社会化説によると、集団の男子全員が同じテレビ番組を見ている必要なありません。仲間の多くが見ていさえすれば、その子がその番組を見ようが見まいが、その子の規範が受ける影響は同じだというのです。

第2に、リーダーは集団の境界線を引くことができます。誰が〈われわれ〉で、誰が〈彼ら〉であるか。これはヒトラーが得意としていたことだとハリスは言います。

第3に、リーダーは集団のもつ自己イメージ、すなわちステレオタイプを定める力をもっています。

永続的な影響” への9件のコメント

  1. なるほど「ミスA」による「永続的な影響」の意味がわかりました。「ミスAは聖人に近かったようだ」。紹介された事を一つひとつをみていくと、そう簡単にできることではありませんね。最初の「堪忍袋の緒が切れることなどありませんでした」。私が通った小中高の中で「堪忍袋の緒が切れ」なかった先生はいただろうか・・・?私が塾を経営していた時堪忍袋を切らさずにクラス運営をしていたか?あぁ、キレたこともあったな。他のクラスの生徒も羨むような先生。先生ではなく「聖人に近」い存在だった。これは凄いことですね。そしてそのクラスの生徒に永続的に影響を及ぼすに至る。これも凄い。「教師とは集団の一員ではないものの、ある集団に影響を与える立場にいるリーダー」。ハリス女史のこの認識を頂きたいと思います。そしてリーダーの3要素。規範、境界、イメージ。「影響を与える」存在がリーダー。リーダーでなくても、他者へ自分の存在が影響を及ぼすことがあると考えると、自分の言動行動については気を付けなければならないなと思ったところです。

  2. 子ども集団について多くのことを学ぶ中で、保育者や教師という立場の大人という存在は、子どもたちが子ども集団を成立し易くする為の、いわば環境設定係の係員のようなもののような捉え方に、勝手に落ち着いていたことに気付かされます。やはり、保育者も教師も人格的な高みへと、その道を直向きに歩んでいかねばならないのだと再認識する思いです。高潔なリーダーと、その元で育み合う子ども集団。それが新しい日本を作り出していくのだと思い、この仕事のやりがいを改めて感じます。

  3. ミスAによる子どもたちへの一つ一つを読んでいると、献身的であり、愛情あふれるものがありますね。たしかに聖人に近かったと言われても不思議ではないと思いました。そして、そのミスAの影響が永続的に続いていくには、リーダーについての知識が必要であるということで、リーダーについての話しになっていくところに、話の深淵に入り込んでいくようで今後が楽しみになります。
    〝教師とは集団の一員ではないものの、ある集団に影響を与える立場にいるリーダーなのだ〟とあり、自分もその一人として子どもに影響を与えている立場にあるということを改めて再認識しました。

  4. ミスAは子どもたちに対してとても親身になってかかわったのですね。「応答的な関わり」がここではきっと実現していたことだと思います。また、これらの関りが子どもたちに永続的に影響を与えた理由にリーダーシップが大きく関わってくるのですね。ついこういうのを見ていると自分はできているのだろうかと考えてしまいます。ただ、「リーダーが集団に影響を及ぼす方法」を見ていると集団のとらえ方や集団に属する個々の人たちの集団認識をどう持たせるかということが重要のように見えます。自分が集団にとってどういった役割や意味があるのか、いわゆる所属観や集団の理念というものがやはり影響としては大きいように読み取れます。

  5. ミスAはまさに聖人と呼ぶにふさわしい人ですね。果たして私がその境地に達することができるのか・・・甚だ自信が持てません。子どもたち一人ひとりを理解し、献身的で応答的な対応をしていたということをうかがい知ることが出来ますが、永続的な影響を与えたに至る要素はそれだけではなく、先生という立場、リーダーとしての役割も関係しているようです。リーダーが集団に影響を及ぼす方法が3通り挙げられていますが、曲がりなりにもその立場にある私にとっては非常に参考になると読み進めていました。全てが全てという訳ではないでしょうが、リーダー次第では集団のあり方が大きく左右されることもあり、できれば永続的にプラスな影響を与えられるような形を目指していければと思いました。

  6. 「堪忍袋の緒が切れることなどありませんでした」と言う時点で違いますね。藤森先生も我が子を育てたときに怒った覚えがないとおっしゃっていたことを思い出します。堪忍袋の緒が切れる前にと言いますか、それ以前の対応が素晴らしいからそういった状況にならないのだろうなと想像します。声かけであったり、愛着の取り方であったり様々な要因がそこにあることがわかります。そして「リーダーが集団に影響を及ぼす方法」では先生という存在の在り方についても考えさせられる内容ですね。

  7. “ミスAは聖人に近かったようだ”といったところが永続的な影響もっていたということなのですね。そこから考えていくと、”記憶とは世間が考えるほど信頼をおけるものではないとハリスは考えています。記憶とは創り出すことも、破壊することもできると言う”がつながりを感じます。つまり、願望思考により、見られること、体罰などがあった時代に、一人の存在として尊重され、そして、尊敬されるなかで、生活することができたことが存在価値を生むということが、重要である、ということがそのミスAのクラスにいなかったにも関わらず、そう思い込んでいた思考がそうでありたい、そうでいたいという願望を生んだことを理解できます。相手に認められるなかで、生活できる、すべての人に与えられた権利であるのに、大人の主観で保育を展開してしまうのは、子どもにとってあまりいい影響でないことを改めて感じました。

  8. 確かにミスAの接し方を聞くと、まさに聖人のようですね。私もミスAの生徒だったならば同じように、生涯忘れることのない先生でしょう。先生という存在は子ども集団の一員ではないかもしれませんが、子ども達に影響を与える存在ではありますね。そしてリーダーが集団に影響を及ぼす3通りの要素ですが、とても重要なことが書かれているかと思います。個人的には1つ目の集団の中で注目度が高いメンバーに影響を与えるだけで十分というのは、とても大切のような気がしました。よく藤森先生が言われる事で、保育を変えることで保護者から反対されたとしても、全体の2割は良く思っていて、2割が反対し、残りの6割を良く思ってくれる2割の人に動かしてもらうという話しと通じるなと思いました。

  9. 「記憶とは世間が考えるほど信頼をおけるものではないとハリスは考えています。記憶とは創り出すことも、破壊することもできると言うのです」というのはなんともいい話なような悪い話なようなですね。そういう意味では先のブログにもありましたが、考え方一つで人は変われるのかもしれませんね。ただ、意図して記憶を変えるというのはなんだかむずかしそうです。知らぬ間に変わっていたということの方が多そうですね。リーダーについてもとても参考になりました。「その過半数、もしくは集団の支配層にいる注目度の高いメンバーたち数人に影響を与えるだけで十分だと言います」とありました。集団の中で、その集団にとって影響力を持つ人を変えることで、集団も変えることができるということですね。

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