所属集団

集団性により、人は自分の所属集団に最も好意を寄せるようになります。読書の苦手な集団でもそれが当てはまるのかと疑問をいだくかもしれませんが、答えはイエスであるとハリスは言います。彼らにさえも当てはまるとハリスは思っているのです。彼らは読解力はありませんが、他のこと、たとえば性格や容姿、もしくは運動神経では他人よりも勝っていると思うかもしれません。彼らは読解力はありませんが、しょせん読書は重要ではないと思うかもしれません。学校とはつまらないところで、そこで優秀な成績を残す奴はバカで、いい子ぶりっ子で、ご機嫌とりだという態度をとるかもしれません。イーグルズはラトラーズを見下して口汚ないと言い、ラトラーズはイーグルズを見下して弱虫だと言います。

読書の苦手な集団がいだくであろう態度、すなわち読書は重要ではなく学校はつまらないという態度は、時間経過とともにいっそう膨れ上がります。読書が苦手というだけで、子どもは自分をクラスの中でも出来の悪い生徒だとカテゴリー化してしまうかもしれません。たとえ教師がそのようなグループを正式に認めていなくてもです。そうなると子どもはその集団の規範に従い、その態度を引き継ぐようになりますが、その態度とはおそらく反学校的、反読書的なものとなるだろうと言います。結果は子どもにとって有害であり、しかも蓄積していく類のものです。頭の回転の速い子と遅い子との集団対比効果により、頭の回転の遅い子はますます鈍くなるような規範、正確に言えば、自分を賢くしてくれるようなことを避ける規範に従うようになると言うのです。

集団対比効果はまさにくさびのごとくはたらきます。二つの集団間にあるわずかな裂け目であるごくわずかな差異に打ちこまれ、それを拡げます。こうした効果が生まれる原因は、人に深く根づく自分の所属集団への忠誠心にあると言います。私は〈われわれ〉の一員であり、〈彼ら〉ではありません。〈彼ら〉のようになるなんてとんでもないとハリスは言うのです。

学校において、子どもたちの集団の連帯感は成績や勉強好きの程度に応じて形成されることが多いと言います。読書が得意な子と苦手な子。ガリ勉と運動バカ。ご機嫌とりと落ちこぼれ。高校生になるまでは、そのような集団に名前がつくことも、メンバーが固定することもありませんが、小学校においてさえ同じような原理で動く同志的小集団は存在します。クラスでも、よい生徒と行動をともにする子どもたちは学業に対しても好意的な態度をとりますが、あまりよくない生徒とともに行動する子どもたちは、好ましくない態度をとる傾向にあります。さらにもしある子どもが年度中にある集団から別の集団へと移籍した場合、それは小学校ではまだ見られる現象だそうですが、子どもの態度は新しい集団に順応するよう変化するのです。

これは自尊心の問題ではないとハリスは言います。実践することで術を身につけるかどうかなのだと言うのです。学校に対してさほど好意的な態度をいだかない生徒は、学校を重要だと認識している子どもほど頭をはたらかせないだけだと言うのです。彼らが好意的に思わないのは、自分自身に対してではなく、学校に対してのみなのです。一般的に、彼らの自尊心は低いわけではありません。

所属集団” への9件のコメント

  1. ニュージーランドの就学前教育カリキュラム『テファリキ』の中に“belonging”(所属感)を見つけ出して、何だか嬉しく思ったことを思い出しました。なんでしょうね、私自身、独りではいられない。どこかに所属して生きてきたという過去を振り返って、belongingを身近な感覚としていたのでしょうね。「人は自分の所属集団に最も好意を寄せる」これはよくわかりますね。そして好意を寄せられる所属集団は良き集団でなければならないと思っていますから、常に良き集団づくりを心掛けたいと思うのです。「好意を寄せられる集団」=(自分にとって)良い集団、ということになります。そして「集団対比効果」。これも思い当たるところ大ですね。しかも「まさにくさびのごとくはたらきます」はまさにその通りですね。そしてこの効果が大きければ大きいほど「わたしたち」と「かれら」という構図を鮮明にします。確かに「自尊心」ではないですね。集団意識とでもいいましょうか、所属感とでもいいましょうか、自尊心とはちょっと違う。「子どもの態度は新しい集団に順応するよう変化する」この部分もわかりますね。集団に適応しないとその集団にいてここちよくありませんから。

  2. 中学生の頃、音楽の時間にピアノの下をくぐり抜けたり、変な歌い方をして授業を妨害したりしていた子がいました。卒業して後、他のどの先生とも親交がなかったのに、その音楽の先生とは続いているそうで、あの頃なぜそんなことをしたのか、自分でもわからないそうです。それは今思えば、その時の集団や、真面目に音楽の授業を受ける集団との対比効果の影響を受けていたのかもわかりません。そんな彼は卒業して高校は軽音楽部に所属し、音楽に夢中な日々を送りました。音楽が嫌いなわけでも、先生が嫌いなわけでもなかったとすればやはり、集団の影響というものの力を感じるところです。

  3. 〝人は自分の所属集団に最も好意を寄せる〟というのは自分が所属する集団での時間が長くなるにつれて、その他の集団との差異が開き、その他の集団との溝が広くなって行き来できにくくなることでの防衛本能のようなものであるような印象を受けました。自分の集団の中の方がストレスフリーだし、気心知れた仲であるし快適です。その溝の深まりがその他の集団がより遠くに見えてくるのですね。集団のチカラの大きさに個人では太刀打ちできないのでしょうか。打ち勝つには相当なパワーが必要になるのでしょうね。

  4. 集団対比効果というものは確かにありますね。それは学校だけに限らず、社会や組織においても起きている効果ではないかと思います。保育においても、学校においても、リーダーとなる人の意識が意図が理念が集団に影響することは多くあります。そして、集団の雰囲気が人に効果が出ることも身をもって体験しています。そう考えると自尊心の問題ではないというのも納得いきます。一人一人のものではなく、本人がどういったカテゴリーとして自分を判断しているのかがあるのかもしれません。大人においてもそうなので、子どもたちにとってはその意識はもっと大きいものかもしれませんね。

  5. 所属集団に対する忠誠心というものは考えていた以上に強い働きをするようです。対比的な集団があったとしても、お互いの良い部分を受け入れ学びあえば良いのではと思ってしまいますが、一度所属意識を持ってしまうとそう単純にはいかないようですね。所属意識によって生まれる集団対比効果は、互いの集団を意識し合うことでマイナスな面だけでなくプラスにも作用することもあるはずだと思うのですが、集団対比効果はまさにくさびのごとくはたらきますとあるように、それもなかなかに難しく、それが現在至る所で起きている国と国同士のいがみ合いにさえも深く影響しているように感じています。

  6. 「学校に対してさほど好意的な態度をいだかない生徒は、学校を重要だと認識している子どもほど頭をはたらかせないだけだと言うのです。彼らが好意的に思わないのは、自分自身に対してではなく、学校に対してのみなのです。一般的に、彼らの自尊心は低いわけではありません。」と長く抜粋してしまいましたが、学校という大きな所属集団の中でのみの作用というのがあることがよくわかります。そして、人間は生まれながらにしっかりと自尊心を持ち合わせているということを信じたいです。その自尊心がどうなるかはやはり環境次第ということになるのですかね。

  7. “人に深く根づく自分の所属集団への忠誠心にある”ということから、私たちが常に集団にあるカテゴリーを意識しながら生活し、そのカテゴリーこそが自身にとって重要な安心で安全な場所であると考えているように思いました。その所属カテゴリーに対する忠誠心は形をかえれば、他のカテゴリーに所属する人へ対して敵対心として存在しているように思いました。そして、そのかれらになる存在がわれわれとなるカテゴリーを侮辱したりすれば、敵意を出し、攻撃的な面が現れるようになるのでしょうか。やはり、集団からの影響力から、子どもから子どもへ集団にある規範を教え、学んでいくのですね。

  8. ブログを読んでいて、とても納得しながら読みました。確かに一つでも何か自分にとってマイナス、それこそ地位が低いものがあると学校自体がつまらないと感じてしまうのは理解できますし、自分もそんな風に感じたことがありました。人に深く根付く所属集団への忠誠心、この行動こそが人が今まで生存してきた生存戦略の一つでもあるように思います。集団に属することで自分が守られる、それは一人では生きていくことが難しいと本能的に感じ取れるからこそ、表れる行動のように思えてきました。

  9. 属する集団の重要性を強く感じるような内容でした。「頭の回転の速い子と遅い子との集団対比効果により、頭の回転の遅い子はますます鈍くなるような規範、正確に言えば、自分を賢くしてくれるようなことを避ける規範に従うようになると言うのです」とありました。少しこの内容とは違うかもしれませんが、学校の場合では教師という力を持っている存在が、安易な決めつけをおこなってしまうことの怖さを感じました。そうである子と、そうでない子に分かれてしまうことで、子どもの可能性を奪ってしまうことにもなるのかもしれませんね。「こうした効果が生まれる原因は、人に深く根づく自分の所属集団への忠誠心にあると言います」という言葉もまた印象的でした。こういった人の性のようなものは自分でも感じます。いいように働けばそれが団結力だったり、チーム力になるのかもしれません。やはり、これも属する集団をどう選択するかということにかかってくるのかもしれませんね。

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