らしく振舞う

「黒人の生徒にとって学業で優秀な成績をおさめることとは、友人を裏切り、クラスの中でも白人が支配する集団に入ることを意味する場合が多い」とショーフィールドは言っているそうです。よい成績をおさめる黒人の子どもには、そんなに努力するなと仲間から圧力がかけられるようです。集団の規範に馴染めないと、「白人のよう」と言われてしまいます。これらの子どもたちはその反学校的な態度を親から受け継いだのではありません。すべての人種、民族において、親は教育を重視し、子どもたちが優秀な成績をおさめることを大いに期待します。研究者の中には、黒人やヒスパニック系の親のほうがヨーロッパ系アメリカ人の親よりも教育を重視しているという結果を得た者もいるそうです。

ショーフィールドのウックスラーでの研究は1970年代後半に実施されたものですが、状況は今日でもさほど変わってはいないとハリスは言います。その20年後、プロンクスの一人の教師がニューヨーク・タイムズ紙の記者に語ったところによると、彼女の黒人の生徒の中には「手錠をはめられた姿をテレビカメラで撮られたほうが、本を読んでいるところを見られるよりもましだ」と考えている子がいる、と言っています。さらに「白人のよう」は今も黒人の子どもたちの間では侮辱的表現として使われているそうです。

黒人の子に黒人らしく、白人の子に白人らしく振る舞うよう圧力がかかるのは、ラトラーズに涙をこらえるよう、イーグルズにののしってはならないよう圧力がかかったのと同じことだと言うのです。それは集団内からかかる圧力であり、外部からの圧力ではないため、必ずしも公然となされるわけではありません。また自分の属する集団の規範に従うよう強いられることもまれです。ハリスは、ここでは黒人と白人の違いを取り上げましたが、学校によってはアジア系アメリカ人とヨーロッパ系アメリカ人が対照をなしていたり、白人の集団同士、黒人の集団同士が対照をなしていたりしているのです。ニュヨーク州ロングアイランドのある学校では、ハイチからの移民の子どもたちとアメリカ生まれの黒人の子どもたちの間に葛藤があることを、校長がジャーナリトに話しているそうです。ハイチ出身者も黒人であり、優秀な生徒である、あるハイチ生まれのティーンエイジャーはアフリカ系アメリカ人に嘲られたと訴えたそうです。「オレたちが成績がよくて、また先生たちを尊敬したりすると、彼らはオレたちが『白人のよう』に振る舞っている、彼らよりもいい子ぶっているって言うんだ」。ブルックリンやプロンクスの一部では、ジャマイカ移民の黒人の子どもたちや孫たちが、他の黒人の子どもたちと対照的な集団を形成しているそうです。ジャマイカ出身者は成績優秀で、確かに成功者も多いそうです。彼らのサクセス・ストーリーは一世代前のユダヤ系の移民たちを彷彿させると言います。退役軍人であり、大統領になることを要請されて辞退したコリン・パウエルは、ブロンクスに定住したジャマイカ移民の子どもだそうです。

このあたりの学校における事情は、幸いに日本ではあまり見られない気がします。これまで単一民族が中心で形成してきた日本では、違う形での問題はあるかもしれませんが、黒人、白人の確執や、移民による出身地の違いによる確執などはなかなか難しいものがあるようで、アメリカが今だに子どもの権利条約が批准できない事情が少しわかるような気がします。

らしく振舞う” への10件のコメント

  1. 黒人の子供に、お前は白人のようだ、と言えば黒人の子供にとっては大変な侮辱になると言いますが、そこに嫌悪を感じることは同時に白人を侮辱していることにもなり得ますね。もちろんその裏には白人からの差別や迫害といった背景があってのことなのでしょう。しかしやられたからやり返すといったループはどうすれば終わらせることができるのでしょうか。子供達の喧嘩にしても、なぜ叩くのかと問うと叩かれたからやり返したのだと言います。差別し合うことが彼等らしさであるならば差別はなくせないのでしょうか。このような堂々巡りの問いの解決方法は、もはや私にはそこに存在しうるのかすらわかりません。

  2. アメリカにおける人種問題はやはり私たち日本人の想像を絶します。「「白人のよう」は今も黒人の子どもたちの間では侮辱的表現として使われている」とは・・・。人種問題の根深さを改めて知らされる今回のブログ内容です。北米大陸には現在ネイティブアメリカンと呼ばれる人たちが住んでおり、やがて現在の英国やアイルランド、ドイツやイタリア、フランス、などのヨーロッパ諸国からの現在ヨーロッパ系白人が移住し、その白人たちの奴隷としてアフリカ大陸から現在アフリカ系アメリカンと呼ばれる黒人たちが連れて来られ、スパニッシュ系、アジア系、と住むようになりました。それにしても残念なことは、子どもたち世界で「人種問題」が言いようもなく先鋭化していることです。読書するくらいなら手錠をはめられてテレビに映し出されたほうがましだ、と発言する黒人の若者。アメリカ合衆国こそ「子どもの権利条約」を批准して子どもが安心して暮らせる国づくりをして欲しいと思います。アメリカ合衆国がそうした国家になるなら地球は、いや人類はもう少し長く生存できると思うのですが。

  3. 仲間からの嘲笑を浴びることは何よりも辛いことだったかもわかりません。その中で自身を貫ける人いうのは余程強い魂の持ち主であるのでしょう。周囲や世間にあまりにも関心の高かった思春期のような時期にとってきた行動を振り返ると、自身がどのような性格の持ち主であるのか、わかるような気がしました。それは時に、集団やカテゴリーというものへの忠誠であったし、時に反抗でもありました。そうして様々な所属先へ身を投じながら、自己というものを形成していったのかもわかりません。学びを重ねていけば、どんな所属先にあったとしても振り返って後悔をするということはないように思え、学ぶことの大切さを改めて感じました。

  4. 〝「白人のよう」は今も黒人の子どもたちの間では侮辱的表現として使われている〟とあり、お互いにそのように言われることはとても辛いものがあることが想像できます。男なのに「女のよう」と言われることと近い気がします。それほどに人種の違いによる差別は根深いものがあるのでしょうね。自分も昔はそのような意味合いのことを他の子に言ったことも、言われたこともあることを思い出しましたが、所属していると思っている集団内でのそのようなものがどんなものであるのか、ということを考えることが当時はできませんでした。自分もそうですが、人は生きている間にいろんなところに所属し、学んでいくことは前回までの内容から学んでいます。どこに所属してもそれぞれの中で、外での学びというのを貴重だということを感じました。

  5. 「集団の規範に馴染めないと、「白人のよう」と言われてしまいます」とありましたが、このような経験は私も実際にあります。いくら正しいと思って行動したことでも、真面目ぶってる、そんなに良く思われたいのかなど、嫌みや非難を受けてしまい、非常に複雑な立場となってしまいました。「黒人の子に黒人らしく、白人の子に白人らしく」のように深く集団に属してしまえば、自分の気持ちよりも集団内の規範やメンバーを重視せざるをえないというのは苦しい所ですし、集団内の圧力は私が思っていたよりも強い影響があるようです。集団での自分の立場をとるのか、それとも自分の意思に従って行動をするのか、非常に悩ましい判断をすることがこれからも多々ありそうです。

  6. 国によってさまざまな問題があるのでしょうが、アメリカの場合はその可能性はより複雑でありそうですね。「黒人のよう」「白人のよう」と形を求められるのは窮屈なことですね。ここまで、はっきりとした差別や区別は日本ではあまりないのかもしれません。昔、小学校の道徳教育の中で差別の話がありましたが、在日の方などの話はまさに今回のような内容があったようにも思います。日本の場合はまだまだ一部の状況だからかあまり大きな問題にはならないですが、これからの多様性が求められるようになるとこういった問題も出てくるかもしれません。多様な文化や多様な社会が求められる中で、より柔軟なコミュニケーション能力を持つためには今保育でできることがたくさんあるでしょうね。

  7. 「黒人の生徒の中には「手錠をはめられた姿をテレビカメラで撮られたほうが、本を読んでいるところを見られるよりもましだ」というところは本当に人種差別の根深さを知らされます。黒人と一括りにするのではなく何系の何人といった違いからもらしさが違うことも伺えます。20年前とさほど変わらないとありますが、そう考えるとアメリカの大統領になったオバマ氏というのは相当な圧力のようなものがあったのでしょうね。黒人の大統領で当時少し話題になったことが思い出されます。

  8. 人種差別していることよりも、その人種と同じにされることに対して、反発的な気持ちになる、こういった、人種というもののなかでも、人は、分けることをするのですね。
    白人は学習ができる、黒人は、できないなどというレッテルがあるため、意欲的に取り組むことが周りのおなじ人種からでさえ、攻撃的な態度をとられてしまう。このわれわれとかれらというカテゴリーを分けることが場面として現れることが、様々な集団のなかであることを感じます。

  9. 日本はそこまで人種問題が少ないというか、アメリカで起きている人種問題を聞くと、壮絶ですね。黒人の生徒が読書を読んでいる姿を見られるより、手錠をはめられた姿を見られた方がましという感覚が信じられません。それだけ白人と黒人の間に大きな溝があるということですね。これを文化と言ってはいけませんが、歴史をたどってみても白人が黒人を奴隷にしていたことなど、どうしても簡単には解決できない人種問題が未だにあるというのは本当に難しいことです。日本はアメリカに比べるとそこまで人種問題はないかもしれませんが、それでも気をつけないといけませんね。

  10. 「よい成績をおさめる黒人の子どもには、そんなに努力するなと仲間から圧力がかけられるようです」なんと、仲間からの圧力というものがあったのですね。しかし、よく考えてみるとそうかもしれませんね。「お前は俺たちの仲間だろ」と半分脅しのような言い方は子ども時代をふりかえるとどこかで聞かれた声かもしれません。その言葉からは、自分が属しているカテゴリー、集団、グループからの排除の恐怖のようなものがちらつくので、敏感に反応してしまうものなのかもしれませんね。だからこそ、自分が属しているカテゴリーのみんなと同じような振る舞いになっていくのですね。

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