辞書とコンピュータ

本や雑誌で溢れるような家庭ばかりの均質的な地域の子どもたちだけが通う学校では、教室内は読書に対して好意的な雰囲気につつまれるでしょう。「だから何?どうでもいいじゃん?」という雰囲気は、読書とは必要に迫られてするものであって、決して楽しむためにするものではないと言う人々が住む均質的な地域の子どもたちが通う学校のものだとハリスは言います。そして両方の地域の子どもをかかえる学校では、子どもたちは対照的な文化をもつ子ども集団に分裂することになるだろうと言うのです。

《サイエンス》誌に掲載された記事によると、子どもたちがよりよい成績を残すのは、彼らが家庭に辞書とコンピュータをもっている場合だそうです。その記事の筆者は、明らかに家庭がその違いを生み出したと考えているとハリスは言います。しかし彼女は家庭ではなく、文化だと思っていると言います。辞書とコンビュータのある家庭は、大卒の親たちが住む中流階級の地域にある場合が多いのです。そのような地域では、読書、そして教育に対して好意的な考え方をもつ文化を育みます。子どもたちはその文化を仲間集団にもちこみ、仲間集団はそれが皆に共通するものであることから、それをいだきつづけることになると言うのです。

これでなぜ私立学校やカトリック系の学校に通う子どもたちが好ましい成績を残すのかが理解できるだろうとハリスは言います。これらの学校は均質的な人間を対象としているのです。そこに通う子どもたちは、親がそのようなことに心を配り、実際に子どもたちの教育に金を払うという家庭から来ているのです。こうした学校に奨学生を何人か入学させると、沈もうが泳ごうが、彼らは同級生の行動や態度を身につけるようになるのです。同級生の文化を身につけるのです。イギリスのサッチャー元首相は、洗練された私立校の奨学生でした。

さらにこれで低所得者層の地域から多数の子どもたちを私立やカトリックの学校に入学させても好ましい結果が出ない理由も理解できるかもしれないとハリスは言います。彼らは独自の集団を形成するので、学校にもちこんだそのままの行動や態度を保ちつづけがちなのです。

短期の教育介人プログラムは、子どものIQに短期間しか効果をもたらさないのが普通だとハリスは言います。では長期の教育介人プログラムはどうでしょうか。究極の教育介入プログラムといえば養子だと言います。通常、その子が生まれた家庭よりも社会経済的地位において、高位に位置する新しい家庭を子どもに与えるのです。

ハリスは同僚から「親は重要ですか」という大げさな質問をメールで受け取ったそうです。彼はすぐさま、肯定的な私見を続けていたそうです。養子縁組によって子どものIQは上昇する、さらにそれは子どもはよりよい家庭環境から得るものがあることを示している、と彼は書いていたそうです。

子育て神話を信じている人は、そのIQの上昇は家庭環境、すなわち養父母によるものだと考えようとします。ベビーベッドの上にぶら下げられたモビール、本の読み聞かせ、本棚に置かれた辞書、机の上のコンピュータ、それらによるものだと考えます。ところがこの家庭で育てられた子どもは、中流階級の地域で育てられ、中流階級の学校に通います。彼の仲間たちも、モビールが吊され、本の読み聞かせが行なわれ、辞書やコンピュータが購入される家庭の子どもたちです。この子どもは、読書や学習は大切で、楽しみでもあると考える文化で育てられます。本を読んだり、コンピュータを使ったり、博物館に行くことを好意的に思う人たちです。

集団の形成

数字は他愛のないものではなくなるとハリスは言います。教室内の子どもたちが対照的な集団に分裂するか否か、それは一つには教室内の子どもたちの数にかかっています。人数の多いクラスは人数の少ないクラスよりも分裂しやすいのです。また何によって分裂するか、出身村、人種、民族、宗教、はそれぞれの社会的カテゴリーに属する人数社会経済的地位、もしくは学業成績なのかによります。集団を形成するには最低でも何人かは必要ですが、その数ははっきりしていないようです。この問題にかかわる研究は過去にもあまり行なわれておらず、どのみち子どもたちを対象としたものはないそうです。二人いれば集団が形成される場合もありますが、通常は二人よりも多数、おそらく三、四人以上は必要となるようです。

ラ・パスからの生徙が大多数を占め、サン・アンドレス出身の生徒がわずかしかいない学校では、結果もまちまちです。クラスによってはサン・アンドレスの子どもたちは一人ないしは二人しかおらず、そのような場合彼らは大多数を占めるラ・パスの子どもたちの規範を受け入れるようになるでしょう。また別のクラスにサン・アンドレスからの子どもたちが四、五名いれば、その人数は集団を形成するに足り、攻撃的であることが行動の規範になります。

以前ハリスは、父親が不在で所得の低い「ハイ・リスク」家族出身のアフリカ系アメリカ人の子どもたちに関する調査に関する調査について述ベていました。低所得者層の地域に住む子どもたちは他方の中流階級地域の子どもたちよりも攻撃的でした。攻撃的な行動が彼らの住む地域の規範だったのです。ところが、白人の中流家庭がほとんどだという地域に住む、父親のいない低所得家庭の子どもたちは、とりわけ攻撃的というわけではありませんでした。彼らは一緒に登校する白人の中流家庭の子どもたちと「攻撃性のレベルにおいては同等」だったのです。彼らは多数派を占める仲間たちの行動の規範を受け入れていたのです。

そこには数字が関係しているとハリスは考えています。むしろ重要な意味あいをもつと言うべきだろうとも言ってます。異なる社会経済的地位、異なる民族集団もしくは異なる国からの生徒がそれぞれ数人ずつしかいなければ、彼らは多数派に同化することになりますが、もし独自の集団を形成するだけの人数が揃っていれば、そのまま違いを維持し、また対比効果によりその違いが増すこともあると言います。ちょうど半数ずつの場合はどちらにも転びます。たとえばクラスが二つあり、その二つともが多数派の人数と少数派の人数が均衡していれば、一方はいくつかの集団に分裂し、他方はまとまった状態がつづくかもしれません。これらは運、個々の子どもたちの特徴、そして何よりも教師に左右されるのです。

教師としての役割が最も難しくなるのは、生徒の社会経済的地位が広範囲に及ぶ場合です。読むものといえばシリアルの箱の裏くらいしかない家、テレビを早朝から深夜までつけっぱなしの家、そのような家庭で生まれた子どもは、本や雑誌で溢れる家庭に生まれた子どもとは違った読書観をもって登校してきます。大卒の親をもつ子どもと高卒の親をもつ子どもとでは、教育の妥当性への考え方、人生の最初の四分の一に学校で精いっぱい努力することをどの程度普通だと思えるかが違ってきます。子どもたちはこれらの態度を仲間集団にもちこみ、その態度が仲間の多数と共通していれば、それをもちつづけることになるのです。

対比効果

通常、子どもたちのほとんどは、親とほぼ同じ言語、文化を身につけることになります。それは、言語も文化も地域の人々と共有できる場所に住む親がほとんどだからです。ところが、大規模な公立学校ともなると、種々雑多な地域から生徒が集まることになり、これらの地域はそれそれ異なる文化(正確にはサブカルチャー)をもつこともあります。それぞれの地域の住民にはそれぞれ異なる訛りがあり、家庭生活のあり方や公衆での望ましい行動、そして暮らし方に関してもそれぞれ違った考えをもっています。ハリスは、以前も紹介していますが、メキシコの二つの村である、平和な村ラ・パスと暴力の村サン・アンドレスのように、アメリカでもわずか数ブロックを隔てて隣接する地域が、違いを見せる場合があるのです。

仮にラ・パスとサン・アンドレスの中間地点に学校があり、子どもたちが両村から通学していたら、おそらく社会学者ジャネット・ショーフィールドの黒人・白人関係調査の舞台となった学校ウェックスラーのような雰囲気が校内に漂っていたことだろうとハリスは言います。子どもたちは、ラ・パス出身者とサン・アンドレス出身者に分かれ、別々の集団を形成するだろうと言います。別の村の出身者と友だちになることはまれだと言います。サン・アンドレスの子どもたちは、ラ・パスの子どもたちを軟弱者、臆病者と呼ぶでしょう。ラ・パスの子どもたちは、サン・アンドレスの子どもたちはいつも人を乱暴に扱うと訴えるでしょう。集団性が顕著になるのです。対比効果により両集団の違いが増大するのです。

ハリスは、ここで少し違ったシナリオを想定しています。学校の位置をラ・パス寄りに変え、通ってくる生徒のほとんどはラ・パス村の子どもたちですが、どういうわけか、一人だけサン・アンドレス出身の男の子(この子をミゲルと名づけます)がこの学校に通うことになりました。一体何が起こるでしょうか。彼はどのような行動をとるのでしょうか。

ミゲルが校庭の暴れん坊になるのではと思うかもしれません。彼が自分の村で身につけたものをもってすれば、確かに彼はニシンの群れの中の一頭のサメです。けれども文化の違い、その中でも行動の規範の違いがいじめっ子を生み出すとは思わない。どの文化にもいじめっ子はいます。彼らは行動的規範を破る人たちです。これは性格上の問題であって、文化的な問題ではないのです。

ミゲルが平均的な、いわばジョゼフのような男の子だったと想定した場合、何が起こるかというと、集団社会化説によると彼は学校にいる間はラ・パス出身の子どもたちのように行動します。サン・アンドレス出身者が彼一人だけでは集団をもてないからです。もしミゲルが彼の村から毎日通学し、家の近くにも別の友だちがいれば、彼はバイカルチャーになるでしょう。家の近くでは、他のサメたちと一緒に泳ぎ、学校ではニシンたちと泳ぎます。でももし彼の友だちが全員ラ・パス出身の子どもたちで、放課後も週末もその子どもたちと遊ぶというのであれば、彼はジョゼフ同様、生まれ育った村の文化を失うことになるのです。彼は新しい文化、ラ・パス文化を身につけるのです。その新しい文化の行動の規範を受け入れることになるのです。

共有する文化

母国を離れるという決断だけが移民のつらい選択ではないとハリスは言います。新しい国に到着すると、彼らは別の決断と直面します。自分たちにとってより大切なのは、子どもたちが母国の言語と文化をもちつづけることなのか、それとも子どもたちが新しい言語と文化に熟達することなのかと言うことです。自分たち以外にポ,ーランドからの移住者のいない地域に居住したことによって、ジョゼフの両親は後者を選びました。彼らの息子は「正真正銘のアメリカ人」となり、生粋のアメリカ人である仲間たちとも区別がつかないほどになりました。ところが、ジョゼフのアメリカ化はポーランド語の学習停止という代償をともないました。揺りかごに揺られながら覚えたポーランド語は、家庭では引きつづきそれを使ってはいたものの、彼を陸に上がった魚のような気持ちにさせるようになってしまったのです。

文化は古い世代から新しい世代へと、家庭ではなく、仲間集団を通じて受け継がれていきます。子どもたちが身につける言語や文化は仲間たちのものであり、たとえ食い違うものであっても親や教師のものではありません。共有する文化がなければ、つくればよいとハリスは言います。子どもたちが集まってつくり上げた文化はごたまぜになりがちですが、ふつりあいな内容が混在するいい加減なものではありません。

子どもたちは大概、文化をつくらずにすみます。親から譲り受けたものに、自分たちのより洗練された好みに合わせて手を加えればいいのだとハリスは言います。もっとも、流行をつかむ主な情報源がテレビとなった今日では、むしろ洗練さに欠けた好みというべきかもしれないと言っています。

ほとんどの子どもたちは親から言語と文化を受け継ぎます。これはハリスも否定してはいません。親もほとんどの友だちも英語を話すのであれば、新たな言語を案出する必要も、一から英語を学習しなおす必要もありません。文化にしても同じです。この引き継ぎ、この親子間の取り決めこそが発達心理学者を惑わせたものの一つだとハリスは言います。間違った手がかりが与えられ、まるで薫製ニシンの匂いに惑わされた猟犬みたいになってしまったとハリスは痛烈に批判しています。家族の条件を何一つ変えずに、その家族を別の言語、別の文化をもつ場所に移動させると、まったく違う結末が子どもたちを待ち受けることになると言うのです。子どもたちは、もし年齢的に幼ければ、第二の言語と文化を第一の言語や文化と同じように、すばやく、いとも簡単に身につけることだろうと言います。思い切って外の世界へと飛び出す前に地元の慣習を教えてくれる親がいることのメリットはさほどではないと言うのです。ただ、のちのち学校の友だちを家に呼ぶことになったとき、さほど気恥ずかしい思いをせずにすむくらいのことだと言います。

通常、子どもたちのほとんどは、親とほぼ同じ言語、文化を身につけることになります。言語も文化も地域の人々と共有できる場所に住む親がほとんどだからだと言います。学校に行くと、子どもたちは自分と似たような家庭環境をもつ子どもたちに囲まれます。あとは流れに沿って泳げばよいのです。

言語とは

もしジョゼフの両親がポーランド系移民の多く住む地域に定住し、英語を少ししか話せない、もしくはまったく話せない子がジョゼフの他にも同じクラスにいたとしたら、どうなっていただろうかとハリスは考えます。それとも、英語を話せない子どもたち向けにバイリンガル・プログラムを実施している学校にジョゼフが通っていたとすると、その方が彼は幸せだったでしょうか。確かに新しい生活への移行は楽だったでしょう。確かに新しい学校での最初の数カ月をさほど緊張せずに過ごせたでしょう。しかし、同じようにすばやく順調に英語を覚えることはできたでしょうか。

論議を呼ぶ問いではありますが、ハリスは、自分はこの論議を前に尻ごみするような人間ではないと言います。この問いへのハリスの答えは、ノーだとはっきり言っています。バイリンガル・プログラムは、見識ある批評家の言葉を借りるとすれば、「災難をもたらす失策」だと言うのです。

集団社会化説はこのようなプログラムが失敗に終わる原因を説明することができると言います。それはこれらのプログラムが異なる規範、英語を話さないことや、英語を流暢に話さないことを許すような規範をもつ子どもたちの集団をつくってしまうからだと言うのです。彼らを担当する教師が、文法上正しく訛りのない英語を話すだけでは不十分だとハリスは言います。聾学校で「かなりの聴力」を保持する子どもたちが話さなくなるのは、教師に原困があるのではありません。学校の教師のほとんどは正常な聴力をもっています。

言語とは、社会的行動でもあり、知識、すなわち教えられるものでもあると言うのです。教師は知識を伝達することはできますが、生徙の行動の規範に影響を及ぼす力には限界があるとハリスは言います。優秀な英語教師でさえ、英語を話すことこそ彼らの集団の規範であると生徒に納得させることができなければ、生徒が遅々として上達しない状態にいらだたしさを覚えることになるでしょう。難しいのは、彼らを浮かばせておくことではなく、流れに逆らって泳ぐよう説得することだと言うのです。

移民家族の多い地域ではバイリンガル・プログラムのおかげで、子どもたちは学校時間の大半を同じ母語を話す他の子どもたちと一緒に過ごすことになります。ある教師が語っていることを、ハリスは紹介していまs。

「結局ロシア系の生徒たちはお互いロンア語で、ハイチ出身の子どもたちはクリオール語で、ヒスパニック系の子どもたちはスペイン語で会話するようになるのです。常に一緒に行動し、サブカルチャーを築きます。一緒に登校し、学校でも一日じゅう一緒です。」

独自の集団を形成できないほどロシア系の子どもが少なければ、彼らに英語を教える目的校のプログラムは、彼らを他の移民集団とひとまとめにしてしまいます。

「カウンセラーの一人は笑みを浮かべながら、ロンア系生徒の中にはスペイン語訛りの英語を話す子もいれば、ジャマイカ訛りを覚えた子もいると話した。」

同じ集団に属する子どものほとんどがスペイン訛りの英語を話していれば、彼らも最終的にはそのような英語を話すようになります。訛りは消えません。消えるはずもないとハリスは言います。その集団ではそれが当たり前で、皆がそのようにしゃべっているのだからと言うのです。思春期にいたるまで同じ集団に属していれば、大人になってもそのしゃべり方は変わらないだろうと言います。もし彼らが行動をともにするときに使用する言語、すなわちランチルームや校庭で使用する言語が、スペイン語、ロシア語、韓国語であれば、英語は彼らにとっての第二言語にしかなりません。考えるのも、夢見るのも、スペイン語、ロンア語、韓国語になるからだと言うのです。

言葉の習得

しばらくジョゼフは泳ごうともしていないように見えました。新しい学校に転入して数カ月、彼は沈んだままで、教室内でもしゃべることはほとんどありませんでした。けれども自分の身のまわりで起こっていることへの注意は決して怠らず、先生が何を言っているのか、それを知る手がかりを他の子どもたちを観察することで得ようとしました。たとえば、先生がスペリング・ドリルを取り出すよう指示したとすると、ジョゼフは周りを見まわし、他の子どもたちがスペリング・ドリルを取り出しているのを見て自分も同じものを取り出しました。

彼の進歩は驚くほど速かったのです。11月の終わりには、校庭へ向かう間に次のような文章を話していたそうです。「トニー、遊ばしてくれなければ、もう車、あげることしないよ」。完璧ではありませんが、言いたいことはトニーに伝わりました。

アメリカに来てから11カ月、8歳半になったジョゼフの英語の使い方と理解力は、いまだポーランド訛りは消えないものの、生粋のアメリカ人の6、7歳に相当すると評価されました。その1年後には同年代の子どもたちに追いつき、訛りもわずかに残る程度となりました。心理学者が次にジョゼフを調査したのは、彼が14歳になってからのことでした。この時点では彼の発音は生粋のアメリカ人である彼の仲間たちとも区別がつきませんでした。それでも彼は相変わらず家ではポーランド語を話していました。彼の学校での成績にも同じような傾向が見られたそうです。低学年では読書に苦労した点が見られたそうですが、5年生以降、彼は平均かその少し上の成績を残しているそうです。

ジョゼフの通う学校には、ジョゼフが自分はその一員だと思えるようなポーランド系アメリカ人の集団もなければ、英語を話せない子どもたちの集団もありませんでした。ダジャ・メストン同様、彼は特殊な存在ではありましたが、一人では集団は形成できません。そのため彼は自分自身を単なる〈子ども〉、〈2年生男子〉としてカテゴリー化し、その社会的カテゴリーでふさわしいとされる規範を取り入れたのです。英語を話すこともその規範の一つでした。もしジョゼフが聾学校に投げこまれていたら、そこで沈もうが泳ごうが、規範はかなり違ったものとなり、ジョゼフは言葉ではなく手を使ったコミュニケーションを身につけたことでしょう。聾学校を訪ねたある社会学者は、そこは「聾であることを身につける場所」であると述べているそうです。以下に、その社会学者とその学校のべテラン教師との会話をハリスは紹介しています。

社会学者「聾者独特の行動」は見られますか。それは何ですか、どのような行動を指すのてすか。」

教師「説明になるかわかりませんが、こにはかなりの聴力をもつ子どもが入学してくることもありますが、しばらくするとその子どもたちもますます聾者っぽく振る舞うようになるのです…話すことをやめてしまうだけではありません…好ましいことではありません。遺憾ですが、それが現実なのです。」

社会学者「もう少し説明してください。以前聞いたことがあります。…ここに入学した子が話すことのできる子であれば、彼ら(生徒たち)は、話すのをやめさせてしまう。そうですね。」

教師「話さなくなります。」

社会学者「なぜでしよう。…話すのをやめさせるようなプレッシャーがあるのですか。」

教師「他の子どもたちからのプレッシャーです。そして彼らは聾者のように振る舞うようになるのです。」

教育介入プログラム

教育介人プログラムが功を奏するためには、集団としての子どもたちの行動や態度に修正を加えるものであるべきだとハリスは思っていると言います。そのようなプログラムが長期的な効果を発揮するためには、子どもたち同士が連絡を取り合って、一つの集団をつくり上げているという意識をもちつづけることが必要となります。ゆえに、学校全体の子どもたちを対象としたプログラムのほうが異なる十数校に通う17人の子どもたちを対象にしたものよりも効果があるのではないかとハリスは推論しています。

ハリスが思い描いているのは学齢期の子どもたちの攻撃的行動を減少させ、相互の助け合いを増やすよう設計されたプログラムなのです。訓練は対象として選ばれた学校の生徒全員に施され、その結果、彼らの校庭や食堂での行動にわずかですが有意な進歩が認められたそうです。変わったのは集団の規範でした。ハリスはこの仮説を予言していたそうですが、子どもたちの家庭での行動には進歩は見られませんでした。

親向けの教育介人プログラムは子どもたちの家庭内の行動に改善をもたらすことはあっても学校での行動には効果はありません。学校を基準とする教育介入プログラムは学校での行動に効果はありますが、家庭内については変わりません。ハリスがこの説を主張してから10年になりますが、この結果は今もなお真実であり続けており、それこそが子育て神話に対する強力な反証となるとハリスは言います。なぜ強力かというと、正しく実行された研究であれば、子どもたちは教育介入プログラムを受ける実験群か、受けない実験群かに無作為に振り分けられるからです。すなわち両群の子どもたちは遺伝子的に同質と見なされ、その研究では遺伝子の影響がすでに統制されていることになるということです。さらに導人された研究法は因果関係の有無を検証する実験研究であり、相関研究でなかったという点も大きいと言います。

以前ハリスが紹介した人物に、シンデレラの他にジョゼフという少年がいました。彼は実在する少年だそうですが、本名ではないそうです。彼が7歳半のとき、ジョゼフの両親はポーランドからミズーリ州の片田舎に移住してきました。ジョゼフにしても、その父親にしてもアメリカに到着した時点ではまったく英語を話せませんでした。母親だけは六週間の語学コースを受講し、いくつかの英単語は発音できていました。

ジョゼフの両親は手に職をもっていたわけではありませんでした。ミズーリで父親がはじめに就いた仕事は庭園業の作業員、その後は守衛としてはたらきました。母親は外の仕事には就かず、移住してから7年たっても彼女の英語力はたいへんに乏しいものでした。ハリスがこのように彼の背景について述べているのは、ジョゼフには遺伝的にもしくは文化的になんらかの有利な条件があり、それが彼の新しい生活への移行を容易なものとしたのでは、との疑いを避けるためであると言います。ジョゼフを調査した心理言語学者の報告書を見るかぎり、彼は普通の両親をもつ、普通の男の子でした。

ジョゼフがミズーリ州に到着したのは五月でしたので、彼は夏の間に英語を話す友だちをつくり、彼らが話す言語を学びはじめることができました。学校がはじまった八月の終わりの時点で、心理言語学者たちは彼の英語力は二歳程度だと評価していました。学校は、彼に通訳をつけることも、英語を話せない子どもたち向けの特別クラスを編成することもしませんでした。彼は同年代の子どもたちと同じ2年生のクラスに入れられました。ポーランド語を話せる子どもは一人もいませんでしたし、先生もポーランド語を話せませんでした。彼への指導はすべて英語でした。時に「泳ぐか、沈むか」と呼ばれる方法だったのです。

ヘッド・スタート

クロード・スチールが示したように、「数学であまりに優秀な成績をおさめるのは、集団の規範に違反しているのではないか」と女性に思わせることは今もって可能だとハリスは言います。彼はこうした影響を引き起こす原因は社会全体がいだく有害なステレオタイプにあると考えています。ハリスはその原因は集団が集団自身に対していだくステレオタイプにあると考えていると言います。しかし、これは社会もまたステレオタイプをもつという意見を否定するものではないと言います。ジェンダーがさほど顕著ではない状況においては、女の子も若い女性も科学や数学でよりよい成績を残しています。女子大からは意外に多くの優秀な女性科学者たちが誕生しているのです。これらの大学に籍をおく女性たちも私たちと同じ社会の一員ですが、彼女たちは自分自身を女性としてカテゴリー化することは少なく、自分自身を男性と比較することも少ないようです。

社会全体としてはアフリカ系アメリカ人を、ジャマイカ出身の親をもつ子とそれ以外の国を出身国とする親をもつ子に区別して見ることはありません。ジャマイカ人の子孫がこれほど成功するのは、彼らが別の、彼ら独自のステレオタイプを保持しているからだと言うのです。

アメリカでは就学前に発達の促進を図るプログラムは1965年よりはじまりました。有名なところではヘッド・スタートがありますが、これらはどの程度効果的なのだろうかという疑問を持ちます。この疑問を解決すべく二人の発達心理学者が取り組みました。一人はこれらのプログラムの支持者、もう一人は批判的な学者だったそうです。批判的な立場の学者は、ヘッド・スタートは「低所得者層の子どもたちが学校で落ちこぼれることを防ぎ、よりよい成人に成長させるため」に設計されているのに、そのような結果が出ているという確固たる証拠はほとんどない、と指摘します。支持者は追いこまれます。彼女はアフリカ系アメリカ人の子どもたちにおける学業成績にはヘッド・スタートは長期的な恩恵をもたらさないと認めざるをえなくなり、対象となる家族が「地域のサービスを受けやすくなる」こと、またその子どもたちの「予防接種の接種率が向上する」という恩恵に言及するしかなかったようです。確かにこれらも価値ある目標ではありますが、当初の目標からはほど遠いものです。

ヘッド・スタートのようなプログラムのほとんどは対象となる子どもたちに一時的な効果しか与えず、中には大きな効果を何一つ与えないものもあるとハリスは言います。興味深いことではありますが、子どもに大きな効果をいっさい及ぼさないものは親の行動を変えようとするものである場合が多いと言います。専門家が子どもたちの家庭を訪問することが趣旨であるプログラムは、親の行動に変化をもたらします。たとえば、子どもへの虐待は著しく減少するようです。ところが、家庭以外での子どもたちの行動や学校での成績には目に見える効果は何一つ認められないそうです。親が関与するプログラムも関与しないプログラムも結果はさほど変わらないそうです。ハリスは、これこそ集団社会化説が予言することにほかならないのだと言うのです。

ステレオタイプの脅威

はるか昔にドイツで行なわれた調査に、アメリカ軍人を父親にもち、ドイツ人の母親に育てられた子どもたちに関するものがあるそうです。研究によると、白人を父親にもつ子とアフリカ系アメリカ人を父親にもつ子の間ではIQに差はなかったそうです。二つの人種が混じり合う子どもは慣例的に「黒人」とみなされたにもかかわらず、そこに差は認められなかったというのです。これらの黒人の子どもたちは、学校で自分たちだけの集団を形成することができませんでした。それに足るだけの人数がいなかったからです。ダジャ・メストンがチベットの寺院仲間に入れてもらえなかったように、彼らも学校の白人仲間には入れてもらえなかったかもしれないとハリスは言います。しかし拒絶されたことにより、読書は大切でないとか、学校はつまらないなどと思うようにはならなかったようだとも言っています。

棒や石で骨は折れますが、名前で傷つけられることがあるだろうかとハリスは問います。むろん、ありうる話です。名前も人をひどく傷つけることがあるのです。ところが深刻なダメージを負わせることができるのは、私たちが私たち自身を称する名前だとハリスは言うのです。私たちが私たち自身に与えるステレオタイプこそが最終的には大きな意味をもつようになると言うのです。他人から押しつけられるステレオタイプではありません。「他人の期待」という力が私たちの行動、知性といった特徴に密かに及ぼす影響はこれまで過大すぎるほどの評価を受けてきたと言うのです。

ところが、予言が当たるとき、それを達成させたのは予言者自身であるという考え方は根強いと言います。「ステレオタイプの脅威」こそダメージをもたらすものである、と社会心理学者クロード・スチールは言っているそうです。数学を得意とする若い女性に女性であることをより意識させると、数学的能力を測定するテストの結果は落ちこみ、また優秀な生徒であるアフリカ系アメリカ人に自分はアフリカ系アメリカ人であることをより意識させると学業能力を測定するテストの結果は落ちこむそうです。スチールの調査で明らかとなったのは、頭脳明晰な黒人の子どもの学業能力テストでの出来を悪くしたければ、その子がテストを受ける前に「人種は?」という質問を含むアンケートに答えてもらうだけで十分だということだと言うのです。これは、とても面白い研究ですね。ピグマリオン効果とは逆の発想です。

自己カテゴリー化は社会的状況に鋭く反応すると言います。スチールは、被験者の集団性を喚起したのです。人種やジェンダーといった特徴をいっそう顕著にすることで、彼らが〈黒人〉や〈女性〉として自分自身をカテゴリー化する可能性を高めたのです。こうした自己カテゴリー化に追随するのが、それぞれに関連した規範であると言います。人は自分の属する集団の規範に違反することに後ろめたさを感じるのです。

「ステレオタイプの脅威」から感じる後ろめたさが、失敗への不安を生みだしているとスチールは考えているようです。これは同じように30年前に心理学者マチナ・ホーナーが「成功への不安」と呼んだ、頭脳明晰な若い女性の間で見られた精神的な悩みの原因として考えることができるとハリスは言います。彼女は、この後ろめたさは成功したいという欲望と、成功すれば集団の規範に反してしまうという感情との葛藤がその原因となっているのではないだろうかと考えています。ちなみにホーナー自身はそのようなアンビバレンスに悩まされたことはなかったようです。ラドクリフ大学の学長に推された彼女は、辞退しますとは言わなかったのです。

らしく振舞う

「黒人の生徒にとって学業で優秀な成績をおさめることとは、友人を裏切り、クラスの中でも白人が支配する集団に入ることを意味する場合が多い」とショーフィールドは言っているそうです。よい成績をおさめる黒人の子どもには、そんなに努力するなと仲間から圧力がかけられるようです。集団の規範に馴染めないと、「白人のよう」と言われてしまいます。これらの子どもたちはその反学校的な態度を親から受け継いだのではありません。すべての人種、民族において、親は教育を重視し、子どもたちが優秀な成績をおさめることを大いに期待します。研究者の中には、黒人やヒスパニック系の親のほうがヨーロッパ系アメリカ人の親よりも教育を重視しているという結果を得た者もいるそうです。

ショーフィールドのウックスラーでの研究は1970年代後半に実施されたものですが、状況は今日でもさほど変わってはいないとハリスは言います。その20年後、プロンクスの一人の教師がニューヨーク・タイムズ紙の記者に語ったところによると、彼女の黒人の生徒の中には「手錠をはめられた姿をテレビカメラで撮られたほうが、本を読んでいるところを見られるよりもましだ」と考えている子がいる、と言っています。さらに「白人のよう」は今も黒人の子どもたちの間では侮辱的表現として使われているそうです。

黒人の子に黒人らしく、白人の子に白人らしく振る舞うよう圧力がかかるのは、ラトラーズに涙をこらえるよう、イーグルズにののしってはならないよう圧力がかかったのと同じことだと言うのです。それは集団内からかかる圧力であり、外部からの圧力ではないため、必ずしも公然となされるわけではありません。また自分の属する集団の規範に従うよう強いられることもまれです。ハリスは、ここでは黒人と白人の違いを取り上げましたが、学校によってはアジア系アメリカ人とヨーロッパ系アメリカ人が対照をなしていたり、白人の集団同士、黒人の集団同士が対照をなしていたりしているのです。ニュヨーク州ロングアイランドのある学校では、ハイチからの移民の子どもたちとアメリカ生まれの黒人の子どもたちの間に葛藤があることを、校長がジャーナリトに話しているそうです。ハイチ出身者も黒人であり、優秀な生徒である、あるハイチ生まれのティーンエイジャーはアフリカ系アメリカ人に嘲られたと訴えたそうです。「オレたちが成績がよくて、また先生たちを尊敬したりすると、彼らはオレたちが『白人のよう』に振る舞っている、彼らよりもいい子ぶっているって言うんだ」。ブルックリンやプロンクスの一部では、ジャマイカ移民の黒人の子どもたちや孫たちが、他の黒人の子どもたちと対照的な集団を形成しているそうです。ジャマイカ出身者は成績優秀で、確かに成功者も多いそうです。彼らのサクセス・ストーリーは一世代前のユダヤ系の移民たちを彷彿させると言います。退役軍人であり、大統領になることを要請されて辞退したコリン・パウエルは、ブロンクスに定住したジャマイカ移民の子どもだそうです。

このあたりの学校における事情は、幸いに日本ではあまり見られない気がします。これまで単一民族が中心で形成してきた日本では、違う形での問題はあるかもしれませんが、黒人、白人の確執や、移民による出身地の違いによる確執などはなかなか難しいものがあるようで、アメリカが今だに子どもの権利条約が批准できない事情が少しわかるような気がします。