共有環境

研究者が文化集団間に注目するか、同一集団内に注目するかによって、親子間の相関関係を見いだすことができるか否かが決まるのです。もし複数の村、部族、もしくは近隣地域で収集したデータを統合させれば、親が子どもに影響を及ぼしていることを示す相関関係が認められます。なぜなら、子どもの行動は別地域に住む別の親たちの行動よりも、自分の親の行動に類似しているからです。集団としての子どもたちは、自分の住む村や近隣地域の大人と同じように行動する傾向にあります。それは子どもがそれぞれ自分の親のように行動しているからではありません。遣伝とのかかわりがなければ、子どもたちは自分の親に似るのと同じように、友だちの親にも似ることになります。子どもたちがその親と同じように行動する様子を観察し、それを子育て神話を立証するものとしてとらえることはいとも簡単だとハリスは言います。ところが、子どもたちと親が共有するのは遺伝子だけではありません。彼らはともに同じ村、同じ地域に住み、同じ人種集団、同じ社会経済階級に属します。子ども文化は大人文化に似ている場合が多いのです。子ども文化が大人文化と異なるような例外的なケースに注目するのではないかぎり、子どもたちは自分の行動様式を家庭で身につけているように見えてしまいます。

80年前、ヒュー・ハーツホーンとマーク・メイは彼らが「性格」と呼んだものの研究を行ないました。研究者たちは、子どもたちが嘘をつきたくなる、ものを盗みたくなる、ズルをしたくなるような誘惑的な状況を用意しました。ある状況では道徳的に正しい行動をとった子どもが必ずしも別の状況で同じように行動したわけではありませんでした。とりわけ、誰も見ていないにもかかわらず家庭でのルールを破る誘惑に屈しなかった子どもも、学校のテストや遊び場でのゲームなどでズルをはたらく可能性となると他の子どもたちと変わりませんでした。実験結果が示唆していたのは、親から教わった道徳心は家の玄関を通り抜けることはない、ことだったのです。通り抜けようとしても、カチャ、カチャと鍵がかけられてしまうのです。

それでいて奇妙なことに、あらゆる状況において、子どもたちは友人やきょうだいと同じ道徳的、もしくは非道徳的判断を下す傾向があります。しかし次のように考えればそう奇妙なわけでもないとハリスは言います。子どもたちが友だち同士、きょうだい同士であれば、同じ近隣地域に住み、同じ学校に通っているのが普通で、少なくとも友たち同士では、同じ仲間集団にも属していることになるのが普通です。彼らは同じ子ども文化に属しているのです。1930年、まだ子育て神話に心理学者の思考体系が色塗られる前のことだそうですが、ハーツホーンとメイは、「性格を養うには、集団もしくは小さな社会が適している」とその研究で結論づけていたそうです。

行動遺伝学者たちが双子や養子の研究で得たデータを分析するとき、遺伝によるものではないきょうだい間の類似性はすべて同じ家庭で育てられたことによって生じたものだと仮定します。これを「共有環境」と彼らは呼びます。しかし長期的に見ると、そのような作用を引き起こしているのは、家庭環境ではないことに気づくはずです。それをもたらしているのは、同じ仲間集団に属する子どもたちが共有する環境であり、子どもたちでつくり出した文化なのです。

同じ言語同じ訛り

データ収集から都合のいい結果を引き出すための、さらに狡猾な方法があるとハリスは言います。それを彼女の得意とする言語の分野を例に説明しています。近隣地域に住み、しかも同じ学校に通う子どもたちを観察すると、彼らが皆同じ言語を同じ訛りで話していることに気づくだろうと言います。彼らの親もまた、同じ言語を同じ訛りで話している場合がほとんどなのです。ところが言語の場合、遺伝は要因とは考えられないので、近隣地域内では、親の言語や訛りと子どもたちのそれらとの間には相関関係は認められないと言います。デレク・ビッカートンがハワイで見た状況はまさにそのとおりだったのです。親たちはそれぞれがまったく異なる言語を話し、特定のコーホートに属する二世のハワイ人たちは皆仲間同士で同じクリオールを使っていました。子どもたちの会話を聞くだけでは、親の出身国を判別することはできなかったのです。

ハリスは、こんな例を出しています。言語に関する国際的な研究を実施することになり、世界中の子どもたちの話し方に関するデータを収集することになったとします。被験者として、イギリス上流階級の夫婦とその子ども、イタリア人夫婦とその子ども、ヤノマミ族の夫婦とその子どもというように、世界各国およそ100カ所の親子を対象とします。まず目につくのが親の育て方が子どもの将来を決めるという仮説を裏づける状況です。親の使用言語と子どもの使用言語の間で強い相関関係が認められたのです。

なぜこのような結果になったのかというと、親集団から子ども集団への影響と親から子どもへの影響とをはき違えて考えてしまったからなのだとハリスは指摘します。彼女は、これはよくある間違いですが、そこに、遺伝が加わると状况はさらに複雑化すると言います。親に厳しく折檻された子どもは攻撃的になるという説を立証するために、メキンコのサン・アンドレスで調査を行なうことに決めたとします。そこは子どもを殴る親ばかりで、子どももたいへん攻撃的です。サン・アンドレスのような均質な文化においても、家族ごとにばらつきはあります。攻撃性はある程度遺伝的なもので、また親の行動もある程度は子どもの行動に対する反応でもあるため、サン・アンドレスの中でも最も厳しく折檻する親の子どもがもっとも攻撃的になる傾向があるのです。すなわち親の折檻と子どもの攻撃性との間に相関関係が認められることになりますが、その程度は低く、有意ではなかったのです。ハリスは、残念なことと言います。

そして、落ち着いて考えてみようと提案します。子どもをほとんど殴らない親たちと、そして遊び仲間をほとんど叩かない子どもたちが住むラ・パスから、何組かを被験者として参加させればいいと言うのです。それらすべてのデータを統合すると、親の折檻と子どもの攻撃性との相関関係は強いものとなる。厳しい体罰を施す親の子どもは攻撃的になりやすく、穏やかな親をもつ子どもは攻撃的ではないという傾向が見られるはずだと言うのです。この手法、実は多種多彩な人種集団や社会経済的地位から、望む結果を得るのに都合がいい被験者を確実に選びたいときに、現代の社会化研究者たちがもっとも故意に活用する手段だと言うのです。確かに多くの調査は、ある仮定を想定し、それを導くような調査をすることが多いような気がします。データといっても、必ずしも客観性を持ったものとしてとらえないことが必要かもしれません。

多く住む地域

小学生の攻撃的行動について調べている研究があるそうです。研究者たちが注目したのは、家族の所得(低所得)、家族構成(父親不在)そして人種(アフリカ系アメリカ人)に基づき「ハイ・リスク」と評された子どもたちです。その研究によって明らかになったのは、これらの危険因子をかかえる子どもたちのうち、黒人や下層階級の人たちがほとんどを占める地域に住む者は攻撃性が高いそうですが、同じ危険因子をかかえていても、白人や中流階級の人たちがほとんどを占める地域に住む子どもたちは、中流階級の子どもたちで形成される仲間たちと「攻撃性のレベルに大きな差がない」ことだったそうです。研究者たちは、中流階級の多く住む地域性が「ハイ・リスク家庭の子どもたちの攻撃性を低減する防護要因としてはたらいた」と結論づけているそうです。

「息子は医者に」。一世一代のことですが、マネジド・ケア(管理型医療)などという言葉が知られていなかった頃、ユダヤ人の親は誰もが自分の息子が医者になることを望み、さらに息子の息子にも同じことを望むという冗談のようなことが現実にあったとハリスは言います。なんだか、今の日本でも、そういうことがありそうですが、ハリスはそんな冗談のようなことと言っているのを聞くと、なんだか恥ずかしくなりますね。そのような時代では、医学部を志望する息子は、あらゆる職業の中も医学がもっとも望ましいと考えるよう親に洗脳されて(と言うと失礼なので、ハリスは「社会化を施されて」と言いかえています)いるというのが、発達心理学者も含めた皆の信じるところであったと言います。

しかしマネジド・ケアが叫ばれるようになる以前にも、「息子は医者に」の大合唱に加わろうとしなかった者がいたそうです。この話のオチは、結局、その息子が医者になることを決意したことであったと言います。

「スナイダー博士の親は、彼に高校卒業後は音楽学校に進むことを勧めた。『音楽家なんて、よきユダヤ人の息子が就くような職業ではないと思いました』と彼は振り返る。友だちの多くは医者を目指していた。さらに彼は『私が一番に望んだのは他の男子たちと同じであること』だったと言い、結局彼は医者になることを決意した。」

親は彼を誤解していましたが、それはどうでもいいことでした。医学は望ましい職業だという認識は他の文化的な信条や態度と同じように、まずは親の仲間集団から子どもの仲間集団へ、そして個々の子どもたちへと伝承されます。親が別の太鼓を聞いていても、息子は自分の仲間集団と同じ曲に合わせて行進することができるのです。

スナイダー博士の話は実話ですが、逸話にすぎないとハリスは言います。社会科学者が好んで言うように、逸話はいくらあってもデータにはならないと言います。しかし、ハリスがこの実話をもち出したのは、まさにそのデータこそが誤解を招きやすいことを示したかったからだと言います。データを収集する際には、その平均的な状況、全体的な影響に注目します。例外とされたものは、洗濯機の糸くずフィルターをすりぬけた綿毛のように洗い流されてしまうと言います。ところがこのケースでは、その例外にこそ真相が隠されていたと言います。親がどこか型どおりではない場合、もしくは親の態度がふさわしくない場合でも、子どもは自分の仲間たちと同じ態度を身につけるようになるのです。

社会化

イギリスの研究では、ロンドンの非行少年たちを郊外に転居させると、それが家族同伴の転居であっても、問題行動を起こす可能性が低減するという結果がでているそうです。親は住む地域を選ぶことによって、子どもたちが犯罪を起こしたり、学校を中退したり、麻薬に手を出したり、妊娠したりする可能性を、高めることも低減させることもできるそうです。

ある地域の子どもたちが概して、分別のある、法律をよく守る子どもたちで、別の地域の子どもたちがそうではない場合、それはたんに品行方正な子どもたちは裕福な家庭に育ち、他方はそうではないというだけではないと言います。教養ある親なのかどうかだけでもないとも言うのです。隣人たちか経済的地位やそして教育レベルもまた子どもたちに影響を及ぼしていると言うのです。子どもたちが親に似ていても、それが重大な意味をもたらすことはないと言います。その類似性が遺伝によるものなのか、それとも環境によるものなのか、それは誰にもわからないと言います。ところが、子どもが友人の親に似ているとなると、それは重大な意味をもつことになると言います。なぜなら、その類似性は環境によるものとしか考えられないからです。子どもはさほど長い時間を友人の親と過ごすわけではありません。そのため、かかる環境の影響は友人を通して及ぼされたものと考えられます。集団社会化説によると、それは仲間集団を通じて伝えられるとするのです。

地域によって、大人の行動様式も、子どもの育て方も違います。さらに地域によって、子どもたちの仲間集団が従うべき規範も異なります。ラリー・アユソが以前住んでいたような地域では、子どたちの行動現範は攻撃的であること、反逆的であることでした。サウス・ブロンクスに住むラリーの昔の友人たちは、「社会化されていない」わけではありません。他の地域の子どもたちがするように、彼らは自分の属する集団に自分の行動様式と態度を順応させただけなのです。ニューメキシコのラリーの新しい友人たちと行動様式、話し方、そして服装が違うからといって、サウス・ブロンクスの子どもたちが会化を果たしていないことにはならないのです。昔の友人たちも新しい友人だちも、異なる規範を掲げるそれぞれの集団で社会化を果たしたと言うだけなのだと言うのです。

サウス・ブロンクスの子どもたちが攻撃的であったのは、メキシコのサン・アンドレスの子どもたちが致撃的であったのと同じ理由からだとハリスは言います。つまり、同じ社会の他の人々がそのように行動していたからだと言うのです。親が攻撃的に彼らと接したからではないと言うのです。なぜそう思うかというと、このような家族の一つを別の地域、その親がなじめないような地域、地元の親の仲間集団に溶け込めないような地域に転居させると、子どもたちの行動様式が変わるからだとハリスは言います。子どもの行動は新しい仲間集団のそれにますます似てくるのです。

ジャーナル・オブ・クオンティティティヴ・クリミノロジーに掲載された最近の研究は、次のように締めくくられていたそうです。

「アフリカ系アメリカ人青年と白人青年をそれぞれの居住地域を考慮に入れずに比較した場合、アフリカ系アメリカ人青年は白人青年よりも非行に走ることが多く、非行の程度も重い。しかし、もしアフリカ系アメリカ人青年が下層階級地域に居住していなければ、彼らの非行傾向は白人青年のそれと大差ない。」

更生

ハリスの知り合いのある女性はきょうだいが多く、親はその子育ての負担に対応しきれず、子どもに目が行き届かなかったそうです。彼女は子どもの頃、誰からもお風呂に入るよう指示されたことがありませんでした。ある日、彼女は自分の腕が同級生のそれとは違って見えたそうです。それが汚れているせいだと知った彼女は自ら入浴を心がけるようになりました。

そのような家庭で育てられた子どもの多くはまず立派な大人にはなれない、と言うかもしれないとハリスは言います。確かにそうだと言います。しかし、立派に成人できなかった親の子どもたちも同じような境遇を体験する、これはどう説明すればいいのだろうかとハリスは考えます。それは既に行動遺伝学者たちが解明しているそうです。子どもたちの心理的な特徴の一部分は親から受け継がれたものであるので、性格について論じようとすると必ず遺伝が壁となって立ちはだかります。だからこそ、遺伝が一要困とはならない言語や訛りを好んで取り上げるのだそうです。子どもに社会化を施したのが誰であるか、すなわち子どもに文化を授けたのが誰であるかを解明する最も簡単な方法は、子どもが話すのを聞くことであると言います。子どもは言語とその訛りを文化の他の局面を身につけたのと同じ場所で身につけたはずです。すべてではなくともその大半を、子どもたちの仲間集団を通じて親の仲間集団から得ているのです。

少年非行が横行する地域で育つ子どもたちや非行少年たちとかかわりあう子どもたちは問題を起こしやすいということは長年、心理学者や社会学者の間では周知の事実とされてきています。そうしたことから、問題を起こす可能性のある子どもを救う一つの手段として、彼をその地域から連れだし、非行少年の仲間たちとの接触を断つことが編み出されました。

ラリー・アユソの場合はそれが功を奏したそうです。16歳のラリーはサウス・ブロンクスに住んでいました。バスケットボールのチームに入りたかったのですが、成績不振で入部が認められませんでした。友人のうち三人は麻薬がらみの殺人事件に巻きこまれ、命を落としました。彼は高校を中退し、まさに犯罪まみれの生活、もしかすると死んでいたかもしれないような生活に足を踏み入れようとしていたその矢先に救われたのです。彼を救ったのは、スラム街から子どもたちを連れだし、遠く離れた別の上地に転居させるプログラムでした。落ち着き先は、ニューメキシコ州の小さな町で、彼は中流階級の白人家族とともに暮らすことになりました。二年後の彼は、成績もAとBばかりで、高校のバスケット・チームに所属し、一試合平均28点を稼ぎ、大学進学を目指していました。彼がサウス・ブロンクスの古巣を訪れたとき、友人たちは彼の服装に驚き、話し方がおかしいと言ったそうです。ラリーはもはや彼らのような話し方はしません。服装も違えば、振る舞い方も違います。話し方まで違うのです。

ラリーの変身ぶりを記事にした《ニューヨーク・タイムズ》の記者はまさに私たちの文化の産物であり、子育て神話の信奉者でした。彼はラリーの育ての親、ニューメキシコ州に住む白人夫婦の貢献を称えました。しかし、ラリーのような子どもは、新しい親を授けられなくても、更生することはできるのです。非行少年たちから引き離すことさえできればよいのです。

仲間集団から

三歳児がある仲間集団に入るとき、言語が同じであるから、新たな言語をつくり出す必要はありません。文化も同じだから何もないところから文化を築き上げる必要もありません。確かに子どもたちは独自の文化を築きますが、それは何もないところから築くのではないのです。お互いに共通しているもの、その集団のメンパーのほとんどが共有し、承認するものがあれば、そこから文化が築かれるとハリスは言います。子ども文化は大人文化が形を変えたものであり、子どもにとって、最も身近な大人文化とは家庭で触れるそれだと言います。子どもたちはその文化を仲間集団にもちこむのですが、彼らはためらいがちに慎重にそれを進めます。もちこんだ文化がふさわしくない、すなわち「外の世界」の文化ではないという徴候がありはしないかと目を凝らすのだと言います。『ポートノイの不満』の主人公、アレクサンダー・ポートノイは一年生のときに「スパチュラ」という単語を使うことをためらいましたが、それはその単語を学校で使うにはふさわしくない、自分の家庭だけで通じる単語だと思いこんでいたからだそうです。ハリスも子どもの頃、同じ思いを経験したと言います。彼女の場合は小指を意味する「ピンキー」とう単語だったそうです。

私たちの社会で生きる子どたちは、自分の家庭で身につけたことが、友だちが身につけたものと同じであるかどうか確かめる必要があります。部族社会や村落社会はそのような懸念とは無縁なのです。なぜなら、友だちの家庭で行なわれていることはすべてお見通しだからだとハリスは言います。伝統的な社会にはプライバシーはありません。そのような社会で育つ子どもたちは乳児の頃から、発展した社会では子どもたちには見せまいとするような生と死、骨肉の争いやゴシップ、性や暴力にさらされてきています。伝統的な社会にも私たちの社会同様に性や暴力が氾濫しているはずです。

私たちの社会との違いは、私たちの社会では実生活における性と暴力は人目につかないという点だと言います。そのため、今日の子どもたちは、隣人の生活をのぞき見するのではなく、テレビにその情報を求めます。テレビこそ社会の窓であり、情報を得る村広場なのだと言うのです。彼らはテレビの画面に映し出されるものから「外の世界」を連想し、それを子ども文化に組みこんでいきます。《セサミ・ストリート》の登場人物、ヒーローや悪者もまた、子どもたちが母親の膝の上で学んだ言語同様に、子ども文化の原材料となります。子どもへの悪影響を避ける配慮から子どもにテレビを見せまいとしても、その影響から子どもを守ることはできません。なぜなら、テレビの影響は子ども個人に対してではなく、集団に対して及ぼされるからだとハリスは言います。文化の他の局面同様、テレビの画面上で描き出されるものは、個人の行動に長期的な影響を及ぼします。もっともその内容が仲間集団の文化に受け入れられている場合に限ってのことなのですが、実際そういう場合がほとんどだと言います。

テレビが禁止されている、もしくは隣人と親のタイプが異なるなどの理由で、家庭での生活がどこか風変わりな場合でも、その家庭の子どもは自分の仲間集団と同じ文化を身につけるようになります。彼はそれを仲間たちと同じ場所、すなわち仲間集団の中で学ぶのです。親が外国語を話していても、スプーンやフォークが使えなくても、呪いの効力を信じていても、子どもは自分の仲間たちと同じ言語、習慣、そして考え方を身につけるようになると言うのです。唯一違うのはそれが請け売りだという点です。その文化は彼の仲間たちの親から仲間集団を通じて、彼に伝えられたものなのです。

世の通年

ハリスが夫と60年代半ばから80年代半ばまで二人の娘を育てたニュージャージー州のこぢんまりとした住み心地のよい町は、そのほとんどがヨーロッパ系アメリカ人で、経済状况もライフスタイルも似通っていたそうです。子どもたちが幼いうちは母親たちも仕事をもたず、子どもたちが数プロック先の立派な小学校に通うようになっても母親たちはパートではたらく程度だったそうです。そこでは、他の母親たちとも頻繁に顔をあわせたそうです。なぜなら彼らには共通していることがあったからだと言います。それは、「子どもたち」です。彼らの会話といえば、子どもたちについてがほとんどだったと言います。母親たちの中にはカトリックもプロテスタントも、さらにはユダヤ教徒もいたし、高卒いれば大卒もいたそうですが、それらはあまり関係ないらしく、当時は気づかなかったそうですが、子どもの育て方は皆似ていたと言います。体が曲がってしまうのではないか、敵に呪いをかけられるのではないか、などとは誰も心配しなかったと言います。気になることといえば、子どもたちの学校での様子です。子どもにむりやり食べさせることもしなかったと言います。幼い子どもと添い寝することもなかったそうです。寝る時間は守るべきだと皆考えてはいたそうですが、どれだけ厳格にそれを守らせるかは家庭によってそれぞれだったそうです。一度か二度子どもを叩くことは、それがタイミングよく、正しい意図をもって行なうのであれば、子どもにとってよいことであるとされました。しかし、子どもを棒で殴ろうとは誰も思わなかったそうです。もっとも、そう思うこともあったかもしれないそうですが、行動に移そうとは誰も思わなかったと言います。

もちろん、こうした考え方をすべてお互い同士で植えつけたわけではないと言います。そう考えることが普通とされ、それが世の通念だったのです。雑誌、書籍、そしてテレビにおいてもそうだったそうです。子どもを育てるのに間違った方法があることは認識してはいたそうですが、他にも正しいとされる方法があるとは誰も思わなかったと言います。

世代も交替し、ハリスも今ではおばあちゃんです。母親たちには、平日の昼間、近所の人たちと井戸端会議に興する時間もなくなりました。それでも同じ母親サポート・ネットワークに属している母親同士は子育てに対する考え方が似ているのは確かだと言います。親の仲間集団が近所同士で形成されることは少なくなりましたが、それでもそれが主流であることには変わりないと言います。母親たちは同じ学校、同じ託児所に子どもが通学、通園していることから友だちになります。同じ学校の生徒でなくても、学校外で遊ぶ機会があります。このように、ある仲間集団に属する親の子ども同士もまた、同じように仲間集団を形成している場合が多いと言います。逆の見方をすれば、ある仲間集団に属する子どもの親同士もまた仲間集団を形成していることになります。伝統的な社会も例外ではありません。はるか数百万年前から、これが世の常とされてきたのだとハリスは言います。

文化は親の仲間集団から子の仲間集団へと伝えられるとハリスは考えています。親子間ではなく、集団間で、親集団から子ども集団へと伝承されるのだと言うのです。

三歳児がある仲間集団に入るとき、ほとんどの場合、その子はすでに文化を共有しています。彼は他の皆と似たような家庭、すなわちその地域の典型的な家庭で育てられてきたからだと言います。親がヨーロッパ系アメリカ人である場合や、別の国の出身であっても二世、三世であれば英語は話せます。スプーンやフォークを使い、寝るべき時間が決められているはずだと言います。服装も似たり寄ったりです。同じようなオモチャをもち、同じ食べ物を口にし、同じ祭日を祝い、同じ歌を歌い、同じテレビ番組を見るのです。

育児習慣

アメリカのような多文化社会では、親の子どもの育て方もサブカルチャーごとに異なるようです。母乳は教養がある白人の、それも金銭的に恵まれている女性の間で習慣化されているようです。一部のアフリカ系アメリカ人においては赤ちゃんに母乳を与えなくなってからすいぶんたってしまい、若い世代の中には赤ちゃんをそのように育てることができるということすら知らない者もいるそうです。経済的に苦しむ母親たちに母乳を奨励しようとするニュージャージー州のプログラムの責任者は、「本当にそこからミルクが出てくるって言うんですか、と聞いてくる女性がいましたよ」と語っているそうです。

乳児への食事の与え方、体が曲がるのではという恐れ、呪いをかけられる危険があると信じること、そして抱きしめることの効用などは、心理学者たちが「母親サポート・ネットワーク」と呼ぶシステムの中で、ある女性から別の女性へと伝えられていきます。父親たちもネットワークをもっています。男性の仲間集団の中には反家庭的であることを信条としている集団があるそうです。彼らは家庭にとどまり妻と育児を分担することを嫌うそうです。「おい、奴らと出かけてくるぜ」という具合にです。

研究者たちによると、サポート・ネットワークに属さないアメリカ中流階級の親たちは、文化の規範に反し、わが子を虐待する可能性が高いといいます。しかし、親の仲間集団がすべて厳しい体罰に眉をひそめるわけではありません。これは文化集団やサブカルチャー集団によって異なります。以前はハリスが紹介した二つのメキシコの村、ラ・パスとサン・アンドレスではしつけに関する考え方が大きく異なっているそうです。人類学者ダグラス・フライによると、「サン・アンドレスの親たちはラ・パスの親たちよりもはるかに厳格な体罰を唱道し、それを実践した」と言っているそうです。フライはサン・アンドレスの親たちが子どもたちを棒で殴る様子を目撃したそうですが、ラ・パスではそのような状況には遭遇しなかったそうです。サン・アンドレスの住民の攻撃性が子どもの頃に受けた暴力に由来するものであると断言しなかったフライの功績は大きいとハリスは言います。彼は親が暴力をふるうのは自らが過去に暴力を受けて育ったからではなく、その村の雰囲気を反映するものであると考えたのです。ハリスもそれに賛成しています。

私たちの社会では、体罰に対する考え方は地域やサブカルチャーによって異なります。体罰は裕福な地域よりも、経済的に苦しい地域においてより頻繁に行なわれ、ヨーロッパ系アメリカ人の親たちよりも民族的に少数派の親たちにおいてより多く見られるそうです。こうした育児習慣における文化的な違いは、親の仲間集団を通して波及していきます。

ハリスは夫とニュージャージー州のこぢんまりとした住み心地のよい町で二人の娘を育てたそうです。60年代半ばから80年代半ばまでのおよそ20年間をその町で過ごしたのです。その中流階級の住宅街には、ハリスの娘たちと同年代の子どもをもつ家庭が多かったそうです。そのほとんどがヨーロッパ系アメリカ人で、経済状况もライフスタイルも似通っていたそうです。子どもたちが幼いうちは母親たちも仕事をもたず、子どもたちが数プロック先の立派な小学校に通うようになっても母親たちはパートではたらく程度だったそうです。

皆がそうしているから

ハリスは、以前19世紀のあるドイツ人少々について言及していました。母親は彼女の体が曲がってしまうのではないかと心配し、彼女はヒルを使った治療を施されたり、毎日平行棒にぶら下がったりしなければなりませんでした。体が曲がることへの恐れがまるで伝染病のように彼女の母親の家族や友だちに広まった様子を、彼女は次のように語っていたのです。

「新聞や、もしくは神のみぞ知るような媒体にけしかけられるように、子どもたちの肢体に奇形が生じるのではないかという伝染病的な恐れは突然、母親たちの間で広まった。姿勢がまっすぐで、外見上まったく問題がなくても、母親たちは安心せず、自分たちにも何の役にも立たなかった。医者はあらゆる家庭を訪問し、体が曲がる徴候のある者の早期発見に努めた。それこそが私たちに災難をもたらし、何が起こったのかもわからないうちに、誰も彼もが健康上問題ありとされ、健康状態の評価は治療を正当化するために十分の一ほど低くされた。いとこの三人は、ともに同じ家庭の娘たちだが、三人ともケーニヒスベルクに新たに設立された整形外科施設に収容され、オッペンハイム家の女の子数人はベルリンのブレーマーへと連れて行かれた。そして私の友人の多くは、家庭にいるときにはとんでない装置を着用させられ、夜は整形外科用のべッドに結わえつけられて寝かされていた。」

とんでもない装置ですんだドイツの少女たちはまだましな方だったようです。近所、同じ村、同じ部族の人々がやっているからというそれだけの理由で、親が自分の子どもたちに残酷な仕打ちを行ないうることを彼女たちは知りませんでした。親が娘の生命や健康、出産能力をおびやかすような残酷な仕打ちをしようとするのは、たんに他の皆がそうしているからなのです。彼らの友人や隣人たち、きようだいや親戚、皆が自分たちの娘に同じことを行なっているので、その慣習を拒んだりすれば、これら全員から嘲弄されることになるのです。

そのような慣習は必ずしも親から子どもへと伝えられるものではありません。子どもの体が曲がってしまうのではないかと恐れたドイツの女性たちはその意識を新聞や同じ女性たちから植えつけられたのです。人は自分の子どもたちを友人や隣人たちと同じように育てるのであって、親に倣うわけではありません。そしてこれは今日の社会のように情報過多な社会に限ったことではありません。人類学者ロバート・ル・ヴァインとバーバラ・ル・ヴァイン夫妻が1950年代にアフリカのグシイ族の調査をしたとき、当地には乳児の鼻をふさぎ、息を吸うために口を開けなければならないようにしてむりやり雑穀粥を食べさせる習慣があったそうです。ロバート・ル・ヴァインが二番目の妻サラとともに1970年代にこの部族を再訪したときには、その「危険で無駄な食べさせ方」は影をひそめ、母親たちは雑穀粥をビニール製の乳首のついた哺乳びんから飲ませていたそうです。

哺乳びんの使用は第三世界でも瞬く間に広まりましたが、その変化は必ずしも歓迎されませんでした。メキシコのユカタン半島に居住するマヤ族の女性は、彼女たちが乳児のころには伝統的に母乳で育てられたものですが、現在では自分の赤ちゃんたちには調合乳を哺乳びんで与えているそうです。こうした赤ちゃんの祖母たちはそれを歓迎せず、母乳で育てられた子どもの方が健康でぶくぶく太ると信じていました。実際には、その祖母たちが正しかったのです。ある研究者は、調合乳で育てられた赤ちゃんは胃腸が弱く、痩せる傾向にあるという結果を得ています。その研究者は「なぜユカタン半島の母親たちは自分たちに適した昔からの母乳の習慣を放棄し、あまり適しない新たな調合乳の習慣を歓迎するのだろうか」と首を傾げているそうです。その答えは、友人や隣人がそうしているからです。「ママとやり方が違うからって、ママがその方法を嫌うからって、どうだって言うの?」とハリスは言います。

親の仲間集団

聾の子どもたち、移民の子どもたち、イギリス准男爵の息子たち、確かに彼らは例外かもしれないとハリスは言います。彼らは皆なんらかの理由で、自分の文化を親から習得できない子どたちだからです。では、普通の子どもたちはどうかとハリスは問います。なにしろ、子どもたちのほとんどは親と同居し、近隣で使用されている言語と同じ言語で自由に親と意思疎通を図っているからです。

さらに親のほとんども近隣の人々と自由に意思疎通を図ります。そこで話題となるのが子どもです。自分の子どもがどう成長しているか、どういうふうに子どもを育てたらよいか、自分の何が正しく、何が間違っているのか、などです。これらの話題には誰もが自分なりの意見をもつもので、認識されることはほとんどありませんが、その意見は文化の所産である場合が多いとハリスは言うのです。アントニー・グリンの時代にはイギリスの上流階級の人々は子どもの面前でも子どもが嫌いだと公言したそうです。ヤノマミ族は敵が自分の子どもたちに呪いをかけ、病気や死にいたらせるのではないかと心配しましたが、子どもたち同士が小さな弓矢を使って喧嘩をすることは気にかけませんでした。集団ごとに子どもたちに関して懸念すること、子どもたちへの態度、そして考え方は違うのだとハリスは言うのです。

これらの態度や関心事は親から親へと伝わり、その輪をハリスは「親の仲間集団」と呼んでいます。仲間集団を形成するのは子どもだけではないと言います。大人もまたそれを形成すると言うのです。規範に従わない者に対する制裁はさほど悲惨なものではありませんが、それでも制裁は存在するそうです。とはいえ、大人も子ども同様に、集団の規範に従うことを強要されることはまれだそうです。彼らは自主的に、自動的に、意識することなく、それを行なうのだと言います。

特定の文化もしくはサブカルチャーへの参加者で形成される集団内では、子育ても子どもに関する考え方もかなり均一です。それに気づくのは、その土地に生まれ育った者でなく外国人です。fiscalな父親であるテイム・バークスによると、イタリアでは親は子どもの食事の量が十分かどうかを心配し、むりやり食べさせることも少なくないそうですが、「ある時間になると親が幼い子どもたちをむりやり寝かせる」というのは「考えられないこと」だと言っているそうです。ミケーレが就寝時間に関して「そんなにfiscalにならないで」と言ったことに関して、その父親は「夜更かし禁止のルールは厳守しなくていい」という意味だったのだと言っているのです。実は父親は、無理矢理には寝かせないと言うルールは、典型的なイギリスの習慣であることを知りません。また、この柔軟性はまさしくイタリア人なのです。

ミケーレは就寝時間に厳しいのは典型的なイギリスの習慣であることは知らなくても、それがイタリアでは典型的でないことは確かに知っているようです。ティム・パークスは自分がイタリア人ではないので、イタリア式の子育て法に従うつもりはないでしょうが、それでも息子からの抗議には不安を覚えたのです。親は子どもの育て方に関しては友人や近隣の人々と食い違うのを嫌い、それを心配するのです。さらに子どもたちはこの弱点を敏感に察し、すばやくそれにつけこむことを覚えます。「家に電話するように言われているのはボクだけだよ」「他の奴らは皆新しいナイキをもっているのに」と言い出します。親はこれらの明らかな策略を嘲笑うだけですが、それでも完全に免疫ができあがっているわけではないのです。