親の仲間集団

聾の子どもたち、移民の子どもたち、イギリス准男爵の息子たち、確かに彼らは例外かもしれないとハリスは言います。彼らは皆なんらかの理由で、自分の文化を親から習得できない子どたちだからです。では、普通の子どもたちはどうかとハリスは問います。なにしろ、子どもたちのほとんどは親と同居し、近隣で使用されている言語と同じ言語で自由に親と意思疎通を図っているからです。

さらに親のほとんども近隣の人々と自由に意思疎通を図ります。そこで話題となるのが子どもです。自分の子どもがどう成長しているか、どういうふうに子どもを育てたらよいか、自分の何が正しく、何が間違っているのか、などです。これらの話題には誰もが自分なりの意見をもつもので、認識されることはほとんどありませんが、その意見は文化の所産である場合が多いとハリスは言うのです。アントニー・グリンの時代にはイギリスの上流階級の人々は子どもの面前でも子どもが嫌いだと公言したそうです。ヤノマミ族は敵が自分の子どもたちに呪いをかけ、病気や死にいたらせるのではないかと心配しましたが、子どもたち同士が小さな弓矢を使って喧嘩をすることは気にかけませんでした。集団ごとに子どもたちに関して懸念すること、子どもたちへの態度、そして考え方は違うのだとハリスは言うのです。

これらの態度や関心事は親から親へと伝わり、その輪をハリスは「親の仲間集団」と呼んでいます。仲間集団を形成するのは子どもだけではないと言います。大人もまたそれを形成すると言うのです。規範に従わない者に対する制裁はさほど悲惨なものではありませんが、それでも制裁は存在するそうです。とはいえ、大人も子ども同様に、集団の規範に従うことを強要されることはまれだそうです。彼らは自主的に、自動的に、意識することなく、それを行なうのだと言います。

特定の文化もしくはサブカルチャーへの参加者で形成される集団内では、子育ても子どもに関する考え方もかなり均一です。それに気づくのは、その土地に生まれ育った者でなく外国人です。fiscalな父親であるテイム・バークスによると、イタリアでは親は子どもの食事の量が十分かどうかを心配し、むりやり食べさせることも少なくないそうですが、「ある時間になると親が幼い子どもたちをむりやり寝かせる」というのは「考えられないこと」だと言っているそうです。ミケーレが就寝時間に関して「そんなにfiscalにならないで」と言ったことに関して、その父親は「夜更かし禁止のルールは厳守しなくていい」という意味だったのだと言っているのです。実は父親は、無理矢理には寝かせないと言うルールは、典型的なイギリスの習慣であることを知りません。また、この柔軟性はまさしくイタリア人なのです。

ミケーレは就寝時間に厳しいのは典型的なイギリスの習慣であることは知らなくても、それがイタリアでは典型的でないことは確かに知っているようです。ティム・パークスは自分がイタリア人ではないので、イタリア式の子育て法に従うつもりはないでしょうが、それでも息子からの抗議には不安を覚えたのです。親は子どもの育て方に関しては友人や近隣の人々と食い違うのを嫌い、それを心配するのです。さらに子どもたちはこの弱点を敏感に察し、すばやくそれにつけこむことを覚えます。「家に電話するように言われているのはボクだけだよ」「他の奴らは皆新しいナイキをもっているのに」と言い出します。親はこれらの明らかな策略を嘲笑うだけですが、それでも完全に免疫ができあがっているわけではないのです。

親の仲間集団” への9件のコメント

  1. 子育てに関しては、やはり周囲の影響を受けましたね。親同士で情報を交わし合うことがよくありました。「親の仲間集団」。確かに存在しました。子どもが保育園や小学校、中学に通っていた頃ですかね。私はさほどでもありませんでしたが、家内がよく情報を交換していたと思います。ゲームについてどうするか、ケイタイに関しては、塾や習い事などなど。もっとも最終的には子どもが決めていましたが・・・。「親はこれらの明らかな策略を嘲笑うだけですが、それでも完全に免疫ができあがっているわけではないのです。」このことは全くその通りです。免疫ができあがっていないので、結局その「策略」にまんまんと乗せられてしまいましたね。今となっては良い想い出です。子どもは子ども集団の中で何とかやっていたようです。振り返れば、私も子どもとして割と勝手にやってきましたね。わが子のことは何も言えない、というのが本音です。同級生だったり先輩だったりの影響は親のそれより絶大でした。

  2. 「その意見は文化の所産」何気なく話す子どもについてのあれこれが文化の所産であるとは思いもよりませんでした。身近に文化が存在しているということですね。また、誰かとの会話の中だけでなく、育児書や啓発書を読んだり、そうして自分が受け継いできたものを見直してみたり、見直した上で発信をしていったりという作業もまた、情報化社会の中ではとても速度をもって行われていることだと思います。類は友を呼ぶのように、親もまた合う波長を探しながら、子へとおろすべき文化を形成していっているということかもわかりません。

  3. 仲間集団を形成するのは子どもだけではないというのは確かですね。特に子育てに関しては様々な考えや想いのもと、多種多様な集団が形成されているのが現状だと思います。子どもを持つ親同士であれば自然と子育ての話にもなりますし、自分なりの考えを持ちつつ、それについて他の親がどのような考えを持っているのかなどは気になるところです。こうして見てみると、私たちの社会の中心というのは子どもであり、その子どもの文化によってそれが築き上げられているようにさえ感じてしまいます。大人になっても子ども文化の影響を残しつつ、親になれば子育て論について気にしたり考えたりと、常に子どもの存在、面影というものを私たちは意識しているのではないでしょうか。

  4. 「ママ友」といってものも「親の仲間集団」になるのでしょうね。基本的には情報交換や育児での悩み相談なのでしょうが、仲間集団をつくるのは親や大人でもあります。「規範に従わないものに対する制裁」というのも集団にいる以上、その恩恵を受けられないものもあるでしょうし、ドラマにもあるような親間のトラブルも多かれ少なかれ起こるのかもしれません。ただ、貴重な情報源であるでしょうし、気にはなりますよね。また、子どもたちはそれを利用して、「~言われているのはボクだけだよ」「他の奴らは~をもっているのに」確かにこれは私も子どものころ駆使した論調です。一枚上手ですね。うまく親の顔色をうかがいながら言葉を選んでいました。しかし、考えてみるとその影響は親ではなく、子ども集団でのことです。結果としてやはりこのやりとりにおいても親ではなく、子ども集団での影響のほうが始まりにありますね。

  5. 親同士での仲間集団というのは、確かに形成されていますね。久しぶりに会う友だち、近所の人たち、同じ保育園に子どもを通わせている保護者同士など行動や考え方などなどその集団の幅は広いものだと思います。子育ては答えのないもので難しいものです。その中で不安や驚嘆、嬉しいことなどを共有して少しでも良いと思える方向に向かうこと、切磋琢磨していく過程が文化であるように思います。親になり思うのが親になってからは子ども中心で動いているということです。言いかえれば、子どもの文化に影響を受けて日々の生活をしている、と言えるのかもしれません。親は子どもにとって楽しいと思えるような文化や学びを期待していろんな人たちと文化を形成している、そんな風に思いました。

  6. 幼い頃、親に「あの子がこれを持ってるんだよな…」とボソッと言っていたことを思い出します。それは「親は子どもの育て方に関しては友人や近隣の人々と食い違うのを嫌い、それを心配するのです。」ということを敏感に受け取っていたということですね。「親はこれらの明らかな策略を嘲笑うだけですが、それでも完全に免疫ができあがっているわけではない」とあるように確かに時にはそれを飲んで従ってくれることもありましたね。親になってその気持ちも少しわかるようになってきます。自分の子育て仕方意外にもどんな方法があるのか…それは気になるところはありますね。

  7. 集団ごとに対して、子どもへ対するルールというものは、集団それぞれのなかで、バラバラであるとともに集団というカテゴリーが重要であることがわかります。何を重要視するのか、これは、伝承的部分が具体的にその集団や階級によるものが強く反映していることが多いと思います。
    そして、親にも”「親の仲間集団」”があり、仲間集団を形成することにより、親も、そこで様々な関わりをもち、共通点を共有しながらも、関わりをもつことで、自身が所属しているかを示す集団的要素だと感じました。

  8. 私自身、子どもの時に「みんな持ってて、僕だけ持ってないよ!」と親に言っていたのを思い出しました。いずれ私も息子達に同じようなことを言われる日が来ると思うと、どういう反応すればいいのか少々困りますね(笑)ブログに書いてあるように嘲笑ってしまいそうですが、自分も同じ経験があるため甘やかして買ってあげてしまいそうな気がします。ただやはり、そこで気になるのが他の家庭での対応です。それこそ「親の仲間集団」に頼って色々と情報収集して対応を決めるかと思います。実際に他の保護者と話すと色々な情報を提供してくれて、今後の子育てに参考になる情報を教えてくれるのが実際です。

  9. 『「家に電話するように言われているのはボクだけだよ」「他の奴らは皆新しいナイキをもっているのに」と言い出します。親はこれらの明らかな策略を嘲笑うだけですが、それでも完全に免疫ができあがっているわけではないのです』とありました。自分の子どもがこのようなことを言ってきた時に自分はどうするだろうかと考えてしまいました。やはり、他の親の子どもへの関わり方というのは気になりますし、なるほど、そういう考えもあるのか、そんなやり方もあるのかと参考にしたり、実際に自分もそうやってみたりということは結構あるなと思わされます。私自身も自分の行いがいいという自信はないので、やはりそのようなことを聞くと、どこか自分の行動に不安が出てくるのかなと思います。人というのは奥深いですね。

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