文化的行動の伝承

クリオールを話す子どもたちは、それを家庭で学習したわけではありません。親はそれを話すこともできなかったため、親から教わることはなかったのです。ビッカートンは子どもたち自身がそれをつくり上けたのだと言います。ビッカートンは、当時生まれたばかりで現在は老齢に達する人々に話を聞きました。この調査は1970年代に行なわれました。その結果、その言語の成り立ちを1900年から1920年までの20年間にまでさかのぼることに成功したのです。成人としてハワイに移住した人々は当時でもビジンを話していたそうです。そこで育った者たちはクリオールを話していました。1905五年頃までには存在していなかった言語です。そのクリオールをつくり出した子どもたちは、成人してからもそれを使いつづけました。ビッカートンによると、彼らは「祖先の言語を維持させようとする親の懸命な努力もむなしく、仲間たちと共有する言語を母国語として選択した」のです。

デレク・ビッカートンが調査したのは、彼らの言語だけでしたが、ハワイへの移民の子どもたちはおそらく共通する文化も築いていたはずです。ニカラグアでは、心理言語学者アン・センガスの弟であるリチャード・センガスがニカラグアの手話使用者一世たちの間で形成されつつある聾文化の発達過程を追跡しているそうです。彼らは今では相互に意思疎通を図れるようになりました。学校卒業後も連絡を取り合い、一種の集団性が養われつつあるそうです。彼らの文化はニカラグアの聴者文化の請け売りではありますが、対照的な側面も見えはじめました。ニカラグアの聾者たちは時間厳守を誇りとしています。一方同国の聴者たちは、多くの中南米諸国同様、時間に関しては無頓着だそうです。アメリカではこれが逆だそうです。時間に厳しいのはむしろ聴者の方で、聾者は時間に対してもっとゆったりと構えているそうです。

以前、ハリスは遺伝以外に文化的行動が古い世代から新しい世代へと受け継がれる方法が四つあると述べていました。そのうち三つはすでに却下されています。文化は親から子へと伝えられるものるではなく、移民を親にもつ子どもたちは仲間たちの文化を受け入れます。このことから、親の育児態度と子どもが親を模倣するというはじめの選択肢二つは排除されました。三つ目の選択肢は子どもたちが同一社会に属する大人全員を模倣するというものでしたが、これだと子どもの文化が親の文化と異なる場合には成り立ちません。そこで、ハリスは、「文化は子どもたちの仲間集団を通じて伝えられる」という結論に達しています。

これは、最初に私の見解を述べたものと同じ結論です。私はかねがね文化は子ども集団の中で伝えられていくものが大きいと考えているのです。これはハリスが提案する集団社会化説の中心的な考え方の一つでもあります。

ハリスのたてた仮説は学術研究における異なる三つの分野、社会化、性格形成、そして文化の継承を結びつけるものです。これらは皆同じ過程を経て、同じ場所、すなわち仲間集団で行なわれました。ハリスは、仲間と共有する世界こそが子どもの行動を決定づけ、生得的な特徴に変化を加え、それゆえに彼らがどのような大人になるのかを決定づけるのだと主張しているのです。

文化的行動の伝承” への10件のコメント

  1. ハワイのクリオール言語発生の過程はおもしろいですね。「仲間たちと共有する言語を母国語として選択した」子どもたち。ニカラグアのケースもおもしろい。手話言語を獲得したニカラグアの聾者のみなさんが「時間厳守を誇りとしています。」この部分は何か唐突なところもあり、なんで?と思ってしまいました。ピジンやクリオール、手話言語はおそらく19世紀末から20世紀初頭にかけて創造されたのでしょうが、この時期には国際補助語としてのエスペラント語も生まれています。母語の異なる者同士のコミュニケーションの必要性からピジンやクリオール、そしてエスペラント語が生まれ来たことを考えると、国際化が民衆のレベルではその頃から始まっていたことがわかります。さて、今回ブログのポイントは「文化は子どもたちの仲間集団を通じて伝えられる」です。「仲間と共有する世界こそが子どもの行動を決定づけ」るとはすなわち未来を自分たちの決定のもとに創っていくということでしょう。子ども集団と共にある私たちの仕事の意義が問われます。

  2. 「祖先の言語を維持させようとする親の懸命な努力もむなしく、仲間たちと共有する言語を母国語として選択した」仲間に恵まれる、友だちに恵まれることの有難さは、とてつもなく大きな意味を持っているようです。恵まれている、というのは親から見た場合と当人から見た場合とで異なる場合もあるでしょうが、逆に恵まれていない場合でも、その集団に属す限りその集団からの文化を受け継いでしまうという性質を持っているようで、だからこそ大人は子どもを取り巻く環境を、大きく言えば社会を良い方向にと改善する努力を怠るべきではないということなのでしょう。見守れる子どもたちに、見守れる集団になるように、環境を通したアプローチを社会全体でしていくような、そんな風土が育っていくといいと感じます。

  3. 常々子ども集団の重要性は認識しているつもりでしたが、それにより一層の重みが増したような気がしています。子どもが属する集団、そしてそこでの関わりが人としての成長、そして文化にも大きな影響を与えるのであれば、おのずとそれに対する捉え方や認識の仕方が違ったものになってきます。子ども集団のあり方に今後の社会、未来がかかっていると言っても過言ではないようにも思えます。そして私たち保育者はそんな子ども集団を側で感じ、関わる事を仕事としています。子ども集団に対してどのように関わり、何ができるのかを今一度考え直してみたいと思います。

  4. 検証が進めば進むほど、大人と子どもとの関わりにおいて、大人から子どもは学ぶ、親から学ぶことよりも子ども同士での関りから学んでいるということが分かります。このことを受けると子どもたちが自分たちで文化を作っていく過程というのはとても重要になってきますね。子どもたちが自分で選択できるようになるためにはそういった仲間がいる環境でなければいけない。「仲間と共有する世界こそが子どもの行動を決定づけ、生得的な特徴に変化を加え、それゆえに彼らがどのような大人になるのかを決定づける」ということは特によく考えていかなければいけないですね。そして、大人が子どもたちにしなければいけないのは指導ではなく、その雰囲気づくりなのかもしれません。主体性の出せる雰囲気、想像力や好奇心が持てる雰囲気。こういったものが子どもたちに作用し、子どもの行動や文化づくりにも大きく関わってくるのかもしれませんね。

  5. 〝仲間と共有する世界こそが子どもの行動を決定づけ、生得的な特徴に変化を加え、それゆえに彼らがどのような大人になるのかを決定づける〟とハリス氏の結論が最後にありました。子ども集団が大切なものであることは承知していますが、それの理由かそこに書いてある、大切な自分たち大人が忘れてはならないことであるように感じました。ここから導き出されるものは大人が子どもに教えるのではなく、子どもたち自らが学ぼうとする主体性、好奇心や関心が持てるような環境づくりなどでしょう。そこには子どもの世界を壊してしまう大人は必要ないのかもしれませんね。

  6. 「仲間と共有する世界こそが子どもの行動を決定づけ、生得的な特徴に変化を加え、それゆえに彼らがどのような大人になるのかを決定づける」とありますが、子ども集団というものの大切さを感じさせるハリス氏の結論となっていますね。祖先の言語を維持させようとするという話がありましたが、こうしたハリス氏の結論にどのくらいたどり着いているのでしょうか。我々が普段の生活の中でも、子ども集団を大切にし、またそれを広めていくことは大切な役割に感じます。

  7. ぱっと見、「時間に厳しいのはむしろ聴者の方で、聾者は時間に対してもっとゆったりと構えているそうです。」というところが意外であるなと感じます。聾者の方がもはや、心に余裕があるのですかね。「文化は子どもたちの仲間集団を通じて伝えられる」という結論に達しています。とあり、やはり、藤森先生のお考えと同じ方向であることがよくわかります。また「仲間と共有する世界こそが子どもの行動を決定づけ」というところも印象に残ります。指針となるにもありますが、子ども同士での関わりから育つものが多いことたもよくんかります。

  8. 仲間たちと共有するために試行錯誤しながらも、共通語を生み、そして、それが、親から伝承されるはずだった母国語に変わるように、母国語になったのは、”「文化は子どもたちの仲間集団を通じて伝えられる」”の根本的な理由になるものだと思いました。そして、人類が生存競争のなかで、祖先であるホモサピエンスが生き残った理由に、仲間と協力、争いがあったことなどがあげられますが、そのなかでも、道具を進化させることができたことで、それは、言語を話すことにもつながっているという話を思い出しました。子どもがもつ生得なものには、こうした能力があり、仲間集団のなかで、互いにつながることを求めあい、集団を作ろうとすると考えることができました。

  9. 仲間と共有する世界が子どもの行動を決定づける。この言葉は重要ですね。子ども同士の関係がストレートに子ども自身に影響を与えると言っても過言ではありません。それだけ子どもは集団の中で生活することが最も育ちの中で大切にしていきたいと念頭に置く必要があります。だからこそ環境を第一に考えて保育室は設定しておく必要があるのかもしれません。子どもたちが自然と集団を形成し、そして自ら文化を学び、伝承していけるような空間を今後も作り上げ、見守っていくことが我々、大人の役割なのでしょう。

  10. 「祖先の言語を維持させようとする親の懸命な努力もむなしく、仲間たちと共有する言語を母国語として選択した」や「文化は子どもたちの仲間集団を通じて伝えられる」とありました。いかに子ども集団が影響を与えるのかということを感じます。子どもの性格に関してはやはり親の養育態度であったり、遺伝的なものの影響が大きいと考えてしまいますが、それよりも子ども集団が与える影響の方がはるかに大きなものになるのですね。藤森先生が提案する保育もこの子ども集団が鍵になってきます。子ども集団が与える影響の大きさからも分かるように、大切になってくるのは子ども同士の関係であり、そのためには関わる力、集団のなかでうまくやっていく力をつけていかなければならないように思います。そういう意味でも、この力に重点を置いた、見守る保育、藤森メソッドの重要性を感じます。

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