ハリスの考える進化11

最後の理由は親子間の利害の衝突だとハリスは言います。進化生物学者ロバート・トリヴァーズが指摘するように、親にとって最適なことが子どもにとって最適であるとは限らないのです。離乳がその一例だと言います。母親は次の子どもをつくりたいと願い、離乳を試みますが、子どもにしてみればいつまでも母親のおっぱいを飲みつづけたいし、次の子どものことなんてどうでもいいのです。トリヴァーズはこの利権争いこそが下の子が誕生したときに上の子が赤ちゃん返りを起こす原因だと言っています。幼いサルにも同じ現象が確認されているそうです。親の関心は優先的に一番下の子、もっともかよわい子どもに向けられることから、赤ちゃんのように振る舞うことで親の関心を引こうとするのです。最も切実さを訴える演技ができた子どもが一番先に親の関心を得ることができるのです。

親の利害が子どもの利害と一致しないケースは他にもあると言います。親は、娘には家で老後の世話もしくは兄の子どもの子守をしてもらいたい、もしくは婚資を多く支払ってくれる年配の富豪と結婚してもらいたいと願いますが、娘の考えは別にあるかもしれないのです。トリヴァーズは子どもがとるべき手段は自分の利権を行使する機会をうかがいながらも、親との良好な関係を保ちつづけることだと結論しているそうです。

科学史研究家のフランク・サロウェイは彼の著書『生物の社会進化』の中でこんなことを言っているそうです。

「役に立つ情報を知ることが望ましいが、親が公平に教えてくれる当てはない。親による操作の中には、前もって作られたプログラムによって対抗できるものもあるが、無防備なものもあると考えられる。親が自分勝手な強化方法(罰と報酬)を用いて子供を操作し、子供にとって一番の利益になるよう行動させないなら、子供はそんな強化計画に反抗するようになる。子供は初めは従うかもしれないが、同時に自己利益を表現するための代わりの手段を探し求めるだろう。」中嶋康裕他訳産業図書)

彼の言うとおり、親子間の葛藤はつまるところきょうだい間の葛藤となります。子どもはそれぞれ分け前以上に家族の富を欲し、親はその富を最も有効に利用できるよう配分します。だからこそきょうだいとは生まれながらにしてダーウイン的な生存競争に巻きこまれたライバル同士なのだとサロウェイは言うのです。彼がきょうだい関係の見本とするのがカツオドリです。カツオドリはヒナの中で一番体格のいいヒナが親の関心をめぐる競争を低減するために一番小さなヒナをつつき殺すのだそうです。

とはいえ、私たちはカツオドリからは大きく進歩しました。より学ぶべき点が多いきょうだい関係の見本といえば、近縁のチンパンジーだと言います。ジェーン・グドールによると、同じ母親から5、6年の間隔(この種では一般的な出産間隔)で生まれた二頭のオスのチンパンジーは、子どもの頃は遊び仲間としての関係を、成長してからは盟友関係を築きます。弟がまだ小さい頃は、兄はやさしく彼を守るそうです。二人が成長するに従い、遊びも乱暴になります。いつかは弟が兄の支配に抵抗するときが来ますが、その事態が解消されると、二頭はもとの友好関係に戻るそうです。こうした友好関係はオスのチンパンジーにとってはたいへん重要だそうです。他のオスとの支配闘争の際にお互いを助け合うことになるからだと言います。霊長類の間では、「大きい兄ちゃんに仇とってもらうからな」というのはまんざら脅しだけではないのだとハリスは言います。