ハリスの考える進化6

たんに〈われわれ〉と〈彼ら〉を区別することによって、その境界線が明確になると、次なるステップは相手の集団に戦いを挑み、彼らを一掃しようとします。それが、ネアンデルタール人の消滅を暗示しているように思われますが、ハリスはそうではないと思っています。アフリカ全土で何が起こったのか、あるいは起こりえたのかについてハリスは説明してきました。そして構造上、現生ヒトと同じ人類が登場し、近縁の集団が姿を消したことに触れました。しかしそれと「ホモ・サピエンス・サビエンス」がヨーロッパに到来したときにヨーロッパで何が起こったかはまったく別の問題だと言うのです。現生人類とネアンデルタール人、この二つの種はまったく異なる条件下でそれそれ別々に進化を遂げてきたと考えられています。ネアンデルタール人は寒さに適するように、現生人類は温暖さに適するようにです。両者に共通していたのは大きな脳と肉食嗜好でした。しかし彼らには重大な違いが二つありました。ネアンデルタール人は、口と咽喉の構造がそれには向いていなかったため、おそらく私たちのようには話すことができなかったでしょぅ。そして彼らは分厚い毛皮で覆われていたということです。

進化生物学者も古生物学者も頭の中でネアンデルタール人にスリーピーススーツを着せ、ロンドンかマンハッタンの街中に放したら人々は気づくだろうか、と想像するのが好きなようです。しかし問題はネアンデルタール人の毛を剃り忘れたことであり、結果的に気づかない者は誰一人いないでしょう。結局彼は麻酔銃で撃たれ、動物園へと送りこまれるでしょう。進化生物学者も古生物学者も他の人々同様に、ヒト科の祖先が一列に並んで毛深さが徐々に薄れていくようすが描かれている絵の印象が脳裏に焼きついているのです。ネアンデルタール人は氷河期のヨーロッパをあの分厚い毛皮なしでは乗り越えることができなかったでしょう。何しろ彼らには裁縫という術がなかったのですから。スリーピーススーツもなければ、毛のライナーのついたパーカーもありません。彼らは寒さから身を守るために動物の毛皮を使ったとも言われていますが、鹿の皮を肩からかけただけで吹雪の中を狩猟に出かけたりはしないだろうとハリスは言います。しかも彼らはほぼ毎日狩猟に出かけなければならなかったはずです。彼らが食べ物を貯蔵していたことを示す証拠もなければ、氷河期のヨーロッパで果物や野菜が手に人ったとも思えません。私たち現生人類もネアンデルタール人同様まぬけではありませんでした。しかし、針を発明するまではヨーロッパで生活していけるとは思いもしなかったでしょう。

私たち人間が中東に到着し、ネアンデルタール人を見かけたときには毛深さへの嫌悪は消え去っていたでしょう。彼らを嫌な格好をした人間だとは思わずに、彼らを動物だと、食い物だと思ったのです。彼らを見た感想は「いやだな」ではなく、「おいしそう」だったとハリスは言います。そしてネアンデルタール人側も間違いなく同じような思いをいだいたことだろうと推測します。ネアンデルタール人は姿を消しました。そして私たち人間が到着する前のヨーロッパや新世界で生息していた大型で食用に適した動物も皆姿を消しました。私たち現生人類は彼らよりも捕食者としての才能が勝っていたのです。