サルとの区別

ハリスが紹介する事例、ハリスが考察する内容、どれをとっても、私にとってわくわくするものばかりです。それは、私が考えていることをまさになぞってくれるからです。その点では、他にも最近の研究には、大いに刺激されます。過去の研究の中で、実際の子どもと乖離している部分、疑問に思う点、様々なつっかえが、これらの研究、考察によって取れていくのを感じます。

さらにハリスはこう考えます。もしグアが動物園に戻らなければ、ドナルドの英語はどうなっていたでしょうか?もちろん、話せるようにはなったでしょう。以前紹介したアメリカに移住した直後の親を持つ子、聾者の子どもについての例があります。これらの子どたちは家庭では英語を使いませんでした。しかし、彼らは家庭の外で英語を身につけたのです。おそらく同じことがドナルドにも起こり得たのでしょう。もし親と意思疎通を図るために英語が必要でなくても、近所の子どもたちと意思疎通を図るためにそれを身につけることになったでしょう。ドナルドの社会範囲が拡がり、グア以外の遊び友だちとも接触するようになれば、彼は家庭以外の場所では誰もチンパンジー語を話さないということに気づいたでしょうから。

しかし言語だけが人間とサルとを区別しているのではありません。19カ月でようやく芽生えはじめた違いの中には、同様に重要で興味深いものもあります。人間の子どものもつ認知能力を研究している心理学者たちの間でとくに注目を集めているのが「心の理論」なのです。

これらの研究者たちによると、子どもは四歳になる頃には心の理論が形成されているといいます。自分には、心というものがあり、他人もまた同じく心をもっていることを子ど自身が理解する、それが心の理論です。自分の心の中には考えや信念がぎっしりとつまっており、他人もまた考えや信念をいだいていると推測します。さらにそれらの考えや信念が必ずしも正しいとは限らない、間違った信念をいだくこともあるということを彼らは理解しています。それどころか自分の裁量次第で他人に間違った情報を与え、その結果その人に間違った信念をいだかせることができることも彼らは知っています。これを理解できたとき、子どもははじめて意図的に嘘をつくようになるのです。

心の理論は歳を重ねるごとに複雑化していきます。人の行動はある事象そのものではなく、その人の考えやかかる事象に関していだいている感情によって決定されること、そして個人がとる行動を予測するためにはその人が何を考え、何を思っているかを知る必要がある、と私たち大人は承知しています。他人が何を考え、何を思っているかを洞察することを専門とする人もいますが、素人でもそれは十分可能なのです。なぜなら自分の心の中身を隠そうとする人はまずいないからです。それどころか、人は常に自分の考えや感じたことを口にします。言語が担う役割の一つに、他人の頭の中につながる直通電話線の役割があると言われています。それによって相手が何を考えているのか、はるかに簡単に見抜くことができるのです。その一方で、もし誰かが私たちを欺こうと企めば、言語はいとも簡単にそれを実現してしまうのです。