迫害から賞賛へ

ジュディス・リッチ・ハリス(Judith Rich Harris)はアメリカ合衆国の心理学者ですが、新しい考え方を提案するには、かなりの困難があったようです。とくに、いわゆる神話と呼ばれるほどに多くの人、特に大学の教授たちの抵抗は大きかったようです。彼女の論文「独創性と独立性」を発表したときに、当時ハーバード大学の心理学部長であったジョージ・ミラーは、ハーバードの基準に合わないとして、ハリスを博士課程から除籍したのです。しかし、その後、彼女は、1994年に、子どもの発達について、家族よりもピアグループと呼ばれる同年代の友人、また仲間たちとの関係に焦点を当てた新しい理論を提唱しました。この理論は、基礎心理学における傑出した著作として1995年にアメリカ心理学会から除籍した当の本人を記念したジョージ・ミラー賞を受賞することになるのです。

彼女の論をもう少し読み進めてみたいと思います。彼女は、ここで小説「蠅の王」を例に出しています。私はこの本は少年の特性の一部分を表した小説の中で、ベスト3に数えられるほどかなり衝撃を受けました。映画化にも2度なっていますが、私はその2本ともネットで見ています。この小説は、ウィリアム・ゴールディングがノーベル賞を受賞した1954年の小説です。内容は、ジュール・ヴェルヌが1888年に発表した少年向けの冒険小説で、無人島に漂流した少年達が力を合わせて生活していく物語です。話はそれますが、この本にも思い出があります。かなり長い本ですが、私が小学生の時に、その本に夢中になって、食事もそこそこその本を読みふけっていました。休みの日も、昼から部屋に閉じこもって読み、私の母親から、「そんなに本ばかり読んでいないで、少しは外に遊びに行きなさい!」と言われても無視して読んでいたため、その本を窓から隣の家の屋根の上に放り投げられた思い出があります。今でしたら、本を読んでいると褒められるのでしょうが。

話しはそれましたが、「15少年漂流記」は、ある島に漂流した健全な少年たちが描かれていますが、「蠅の王」は、全く逆で子どもの残虐性を描き、悲劇的な最期を迎えます。この本の内容を、ハリスはこう描いています。「20数名のイギリス人学童たちが熱帯の島に漂流し、自活を強いられる話だ。気候もうららかで食料も豊富、大人もいなければ、宿題もない。それなのに、彼らは心から楽しめない。髪が後ろで結べるくらいに伸びたころには殺し合いがはじまっていた。」

ハリスは、少し前に人類と全人類の殺伐とした歴史について述べています。その内容からすると、この小説の文明なき生活のゴールディング版解釈をハリスは是認するかと思いそうですが、彼女は、はっきり是認しないと述べています。それよりも、ゴールディングの解釈は間違いだらけであるとも言うのです。

実際、彼は心理学的なこと以外にも、たくさんの間違いをしでかしているとも言います。小説の中に少年たちが火をおこそうと眼鏡を使って日光を一点に集める場面がありますが、その眼鏡はピギーという名の子どものもので、彼は近視なのです。火をおこすことができるのは、遠視の矯正に使われる拡大鏡だけなのです。ゴールディングが小説の中で「ちび助たち」と呼ぶ幼い少年たちは、一日じゅう年上の少年たちには見向きもせず、自分たちだけで遊んでいます。しかし実際には年齢の低い少年たちは数歳上の少年が大好きで、たとえ乱暴に扱われても後をついていくものだというのです。また。ピギーには下層階級特有の訛りがあり、そのハンディキャップを負うのは彼だけでしたが、島の生活が何ヵ月もつづいた後でもその訛りは消えていません。実在する少年であれば、それだけの間に仲間と同じしゃべり方を身につけたはずだとも言うのです。

迫害から賞賛へ” への8件のコメント

  1. 「蠅の王」「15少年漂流記」共に以前先生に勧められながらも手をつけずにきてしまったこの本たちが、まさかこのような形で登場するとは思いもよりませんでした。どちらも一読の必要があるようで、新しい感動との出会いが予想されます。
    「迫害から賞賛へ」この度のタイトルが物語る意味は大きく、成功者は常に1%であるという言葉を最近目にしましたが、成功者は常に99%の目に、声に、耐えてきたのでしょう。孤独との戦いでもあるようにも感じられ、それを乗り越える強さを信念と呼ぶのかもわかりません。

  2. 新しい考え方を提唱するには、かなりの困難があったとあるように、それまで信じられてきたものを覆すような画期的な考えや意見に対して、なかなか受け入れられないというのは人の性なのでしょうか。しかしながら、そんな彼女が認められ、アメリカ心理学会から除籍した当の本人を記念したジョージ・ミラー賞を受賞することになるというのは皮肉なものですね。
    「蝿の王」非常に気になります。恥ずかしながらこの歳になってようやく読書というものの楽しさがわかるようになり、最近の趣味の一つが読書という私です(笑)今後、私の読んで見たい本のリストに「蝿の王」を加えておきます。

  3. 新しいものには警戒してしまうというのは、人間の「人見知り」と同じようなことであり、ある意味で仕方のないことであるように思います。自分も新しいものは警戒してしまい「本当にできるのか」などの心配が先にきてしまいます。一歩踏み出す勇気というのはなかなか難しいものです。ですが、新しいものに手を出さずに過去の繰り返しばかりだと、「こなす」感覚になってしまったり、楽しめなくなります。藤森先生も以前「伝統を守るために変わる」ということをおっしゃっていました。話しはそれたかもしれませんが、今回のタイトル「迫害から賞賛へ」は相手が人間である限り、新しいものへの自然な反応であるように思いました。

  4. 「15少年漂流記」と「蠅の王」のどちらとも読んだことはないのですが、内容を紐解いていくと、子どもの集団社会のなかで、見られるであろう発達には、それぞれに時代が進むにつれて見られるようになった子どもの特徴を感じるものがあるのですね。子どもの白紙論が当たり前だった世の中ではなく、生まれながらにしてもち得ている特徴、能力というものが表にみられるようにきたことで、人の
    有能さを感じることができます。

  5. 今までのハリス氏のブログを読ませてもらって思うことはこれまでの長く受け継がれてきた神話に対しての反論をするエネルギーの大きさ熱意を感じます。それに伴う孤独と大きな反論に立ち向かう心の強さに感銘を受けます。根底にあるものはなにがそうさせていたのですかね。責任感なのでしょうか。そして「蠅の王」というタイトルが出てきました。藤森先生をそこまでにさせる内容というのが非常に気になるところです。子どもの心の動きが現れる物語というのはやはり面白いことがわかります。

  6. 「蠅の王」という題名の本は恥ずかしながら初めて聞きました。藤森先生が衝撃を受けるほどの内容と言われると、さすがに虫はできませんね。と言いながら本を読む時間を割けない自分がいるのですが・・・。
    話が逸れてしまいました。内容からすると子どもたちの残虐性を描いたとなると違った意味での衝撃を受けそうです。ある意味「神話」ではありませんが、子どもという存在に対して少なからず良いイメージを持っていますが、それが真逆の存在であると書かれたら驚くでしょうね。実際にハリスは小説に書かれてある内容は間違いだらけであると言っていますが、世の中で普遍的に理解されている事を指摘し、自分の理論を出すのは相当な努力と覚悟が必要だと思います。フジモリmethodがやっと認知されるようになってきましたが、藤森先生もハリスと似たような経験をされてきたのかどうか分かりませんが、賞賛される日を目指し、自分も進んで行こうと思います。

  7. 保育をしていくなかで、私の場合様々なものを保育に関わらせて考えてしまうことがあります。ハリス氏は同じ進化人類学の観点から物語を見ているように感じます。面白いですね。「蠅の王」という小説は知りませんでしたが、内容はかなり衝撃的な内容なのですね。しかし、ハリス氏の見方からするとその子どもの姿は実像の子どもの様子とは少し違ったように映っているのですね。こういった見方を変えた話はとても面白く感じます。

  8. 「その本を窓から隣の家の屋根の上に放り投げられた思い出があります。今でしたら、本を読んでいると褒められるのでしょうが」とありました。いろいろなことをお母様も心配なさったのでしょうが、夢中になるという感覚は大人になると少年期よりは少なくなったのかなと思います。夢中になることももっと大切にしたいですね。ハリスの見方はおもしろいですね。集団の中での子どもの姿を考えているハリスにとっては気になる部分がたくさんあったのでしょうね。

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