ハリスの考える進化8

見知らぬ個体を〈われわれ〉の一味として迎えるような認知的な飛躍はチンパンジーには無理にしても、私たちのもつその他の能力の多くを、未発達な状態ではあるが、チンパンジーはもっているようです。狡猾ささえもっています。ジェーン・グドールはチンパンジーが自分のほしいものを手に入れるために相手を騙すという光景を何度か目撃したそうです。たとえばフィガンがバナナの人手に成功したときのことです。クドールはタンザニアで観察をはじめた最初の数年間はチンパンジーたちの気を惹こうとバナナの箱を設置していました。たいていは上位のオスがほとんどを食べつくしてしまっていましたが、グドールはメスや幼いオスにも行きわたるようにと木の中にもいくつかを隠しておきました。ある日フィガンという名の幼いチンパンジーが上位のオスのすぐ頭上にバナナがぶら下がっているのを発見しました。もしフィガンがそのままバナナに手を伸ばしていたら大きなオスに横取りされていたことでしょう。ところがフィガンは自分からバナナの見えない位置へ移動し、チャンスを待ちました。大きなオスがいなくなるや否や、彼はバナナに手を伸ばしたのです。自分から目標が見えないところに座ることによって自分の視線からその秘め事がばれないように細心の注意を払ったのだったそうです。

チンパンジーは自閉症児とは異なり、目がいかに重要かを認識しているそうです。霊長類学者フランス・ドゥ・ヴァールによるとチンパンジーの同一集団内で喧嘩が起きた場合、両当事者はキスを交わし、仲なおりをする前に必ず目を合わせなければならないのだと言っています。「まるでチンパンジーは目を見ないと相手の真意がっかめないかのように」と言うのです。

チンパンジーに心の理論はあるのだろうか、とハリスは問います。その答えは容易に出せるものではないと言います。なぜなら、心の理論はもっているかもっていないかという問題ではないからだと言います。人間の子どもは生まれてからの数年間をかけてそれを育みます。チンパンジーにも心の理論が芽生えるのか否か、そしてその程度についてはまだまだ議論の余地があると言います。そんな中で一つだけ言えることは、チンパンジーと人間の四歳児は心の理論という分野では同等ではないということです。また、人間の三歳児もしくは二歳児となら似ているのかなどということよりも、実際に両種間には違いがあることを認識する方が重要だと言うのです。これらの違いは生まれによるもの、すなわち生得的なものだと言うのです。人間の環境で育てられたチンパンジーでさえ人間の四歳児ほど巧みに人の考えていることを読みとることは決してできないそうです。

私たち人間とチンパンジーとを区別する600万年間の進化の過程において、社会的モジュールが養われたのではありません。それは人類が誕生した当時からもち合わせているものなのだそうです。この600万年間で私たちが身につけたものといえば、新たな、また今まで以上に優れた社会的モジュールの用い方です。そのほとんどすべては集団生活というライフスタイルに適応することによって獲得したものなのです。言語もその一つです。もし話し相手がいなければ、言語には何の意味もありません。社会集団で生きる生命体にとってコミュニケーション能力はたいへん重要であり、ハチですら相互に伝達しあう手段を発達させているのです。

ハリスの考える進化8” への5件のコメント

  1. ヒトが進化すべくして進化したことを理解できるように思いました。同時にコミニュケーションをとりたい、とろうとするのは本能的な欲求であり、日本では今それが課題となる点も理解できるように思えました。個人、個、というものをある意味では余儀なくされるような社会の中では、コミニュケーションをとりたい欲求は高まる一方で、ただ対人して関わるような自信はなぜか奪われてしまっていて、それが顔を見せなくていいような、匿名で自分の主張を書き連ねられるような世界へ導いてしまうのかもわかりません。

  2. たまたま、独自の進化を遂げた、あるいは遺伝子の突然変異により私たちが誕生した、という説が私の腑に落ちます。そのことを称して「神業」と言えば言えなくもない。「社会的モジュールが養われたのではありません。それは人類が誕生した当時からもち合わせているものなのだそうです。」の部分から宇宙の誕生について思い起こしました。つまり、ビックバンという現象によって瞬間、宇宙のそれが決まった、ということです。人類が持ち合わせた「社会的モジュール」も「人類が誕生した当時から持ち合わせている」とありました。600万年の進化過程で獲得したのではなく、鼻から持っていた。だとするなら、チンパンジーと比較したり、他の類人猿と比較してホモ・サピエンスの私たちの特徴はわかるでしょう。しかし、なぜ、ということに関してどこまで答えが出せるのか?ハリス女史の論理展開、今後ますます興味が出てきますね。

  3. 環境ではどうすることもできない違いは存在し、それは種としての生得的な違いであるということを認識せねばいけないようですね。ただ、人に近い種であるチンパンジーの姿から私たち人はどのような能力を獲得し、どのように進化をしてきたのか、またはなぜ進化をしなければならなかったのかということを考えるヒントを多く得ることができると思います。それは進化論だけではなく、私たちの身の回りの事にも置き換えて言えるのではないでしょうか。物事や互いの違いを認めることが、実は理解への近道ではないかと今回のブログを読みながら感じました。

  4. 自分たち人間とチンパンジーとの相違点から、進化がそこの部分において必要であるから進化している、ということを強く感じます。社会的モジュールが人間にとって大切なものであったから進化していく、目がチンパンジーにとって大切であるから優れるように進化するというような具合にです。
    他の昆虫や動物なども驚くべき進化を遂げ、得意なものがそれぞれあり驚いてしまうことがありますが、それがその環境にとって必要だからそのような進化を遂げているんですね。ということは、動物であっても昆虫やであっても人間であっても、自ら、主体的にそのようになろうとしている、そのようなものを感じました。

  5. “「まるでチンパンジーは目を見ないと相手の真意がっかめないかのように」”とありました。私たちが、相手の空気感から雰囲気的に感じる何か、そのなかには心の理論から感じるものを含め、チンパンジーには目を合わせることによって相手が何を言わんとしているのかを感じることに長けているということが予測されます。コミュニケーションの取り方のなかには、言語を使ったものもありますが、チンパンジーには、目を合わせることによって得られる相手の情報は人よりも大きな役割を持っていることがわかります。こういった進化には、脳の大きさによるものだけでなく、なんらかの要因によるものがあるように考えられました。

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