よそ者や見知らぬもの

チンパンジーは見知らぬものも好まないようです。グドールが観察していたチンパンジーの群れでポリオが流行し、マグレガーという名の年配のオスはその体の一部分に麻痺が残りました。彼が、しばらくは森の中で孤立して時を過ごしていたのち、足を引きずりながら群れに戻ったとき、昔の相棒たちは彼を歓迎しなかったそうです。はじめは彼を恐れていたが、しばらくするとその恐怖心が敵意へと変わり、健康なオスが一頭彼に襲いかかったそうです。その不自由な体を殴られながら、マグレガーは無力にも体をすくませることしかできなかったそうです。別のオスが太い枝を振りまわしながらマグレガーに突進しようとしたとき、グドールは居ても立ってもいられず、仲裁に入りました。他のチンパンジーは最後にはマグレガーの奇妙な動きにも慣れましたが、彼は二度と上位のオスとしては認められることはなく、チンパンジーの社会的行動のなかでも重要であるとされるグルーミングの輪にも歓迎されることはなかったそうです。

社会的にはチンパンジーと私たちは多くの点で類似しています。同じ欠点をもち、同じ長所ももっています。人聞同様、自分たちの住む世界を〈われわれ〉と〈彼ら〉に分けます。見慣れた個体でさえ、それが〈われわれ〉の一味でなくなり、〈彼ら〉の一員となれば、襲撃の対象となります。グドールが目撃した最も残忍な襲撃は「攻撃を仕掛けた連中にとってはまったくのよそものではない個体に対して向けられた」ものだったそうです。被害者となったのは、新興のカハマ集団で、長年強い結東のもとで行動をともにしていたより大きなカサケラ集団から分離独立した集団でした。しばらくは両集団とも相互に友好的なかかわり合いをもつこともあったそうですが、いずれそれもなくなり、お互いを避けるようになったそうです。偶然にも出会った場合にはお互い闘争心をむぎ出しにしたそうです。彼らは隣り合い、しかも多少重複する領域を繝張りとしていた集団でした。

両集団のメンバーが友好的な関係を絶ってからおよそ一年が経とうとしていた頃、カサケラ集団が新興のカハマ集団に対してはじめて攻撃を仕掛けました。まずはカサケラ集団のチンパーが八頭、カハマ集団の領域目指して南方に向けて出発しました。彼らは木々の間をすばやく、そして静かに突ぎ進んでいきました。通常チンパンジーはたいへん騒々しい動物にもかかわらずです。その後のことをこう記しています。

「突然、木の上で採食中のゴディ(カハマ)に出くわした。彼はさっと木から飛び降りて逃げたが、ハンフリー、ジョメオ、そしてフィガン(ともにカサケラ)が三頭肩を並べてすぐ後ろに迫っていた。他の連中もそれにつづいていた。まずハンフリーがゴディの足を握って地面に引き倒した。そしてゴディの頭の上に座りこんで、両手でゴディの両足をもち、そのまま地面に押さえつけたのだ。他のチンパンジーがゴディに襲いかかっている間ハンフリーはその姿勢を崩さなかった。コディは逃げることも、身を守ることもまったくできなかった。」

重傷を負ったチンパンジーに対して大きな石を投げつけた後、カサケラ集団のチンパンジーたちは立ち去ったのです。その後ゴディの姿を見かけるものはいなかったことから察するに、おそらく怪我が原囚で命を落としてしまったのだろうと思われます。

よそ者や見知らぬもの” への4件のコメント

  1. 壮絶ですね、恐怖心が敵意となり、身内だったものも見知らぬものと同等の扱いを受けます。不安や恐れというものがどれだけ恐ろしいものであるかを物語るようです。「自分たちの住む世界を〈われわれ〉と〈彼ら〉に分けます。」それをもし本能的にしてしまうのであれば、理性でもって相手のことを考えられることがヒトと言えるのかもわかりません。理性の上につくられた法律やモラルなどでヒトの社会が成り立っていますが、それを取っ払って考えた時、感情的になり咄嗟の行動に出てしまうなど、凶暴で攻撃的な側面をヒトもしっかり持ち合わせている、ということが言えるように思えてきます。

  2. 何とも「壮絶」凄惨なチンパンジー集団。昨日に引き続き、ホモサピエンスとして生まれてきて良かった、と本当に思います。チンパンジーと私たちホモサピエンスの遺伝子はほんの少ししか異なっていないそうです。この「ほんの少し」の違いがチンパンジーとホモサピエンスとの違いを生み出している。ホモサピエンスの特徴、すなわち「協力」と「共感」、このことを改めて思い知ったところです。もっとも、ホモサピエンスの歴史も決して褒められたものではないことに気づいてしまう。いまだ地球上のどこかで繰り広げられる紛争やかつて我が国も経験した戦争、私たちはこれらの事実を認識していなければならない。そして、ホモサピエンスは地球のほぼ全ての生物を絶滅に導く核兵器を開発し所有しています。さらに「人新世」と称される一つの地質時代を形成しています。意味するところは、この地球という星に住む生物の生殺与奪権をその掌中に納めているホモサピエンスの存在、ということです。こう考えてくると、ホモサピエンスとして生まれてきたことは本当に良かったことなのか、と最初に思ったこととは真逆の思いに至ってしまいます。私はいつもめんどうくさい。

  3. チンパンジーの関わりの中に集団の理想を感じた分、この内容を知ってしまうと何ともいえない気持ちになってしまいます。少しでも集団の外に出てしまうと、こうも扱いや態度が変わってしまうとは思いもしませんでした。集団としての意識や繋がりが強い分、その反動も凄まじいのでしょうか。そして、このチンパンジーの姿はやはり人にも通うじる部分があると思います。チンパンジーにしても人にしても、集団の理の中で生きている以上、そこから外れてしまった場合に待っているのは、辛い現実なのかもしれませんね。

  4. 自分たちの身内だったのにも関わらず、見知らぬ人と同等の扱いになってしまう…。不安が恐れや恐怖に変わるとありますが、恐怖がそのようにさせてしまうということで、恐怖というもののおそろしさを感じます。
    チンパンジーは〝自分たちの住む世界を〈われわれ〉と〈彼ら〉に分けます〟とありました。チンパンジーは世界を二分割してしまうということであるように感じられました。ヒトでもこの考え方は少なからずあるのではないのでしょうか。例えば肌の色、目の色、人種などなど…。なんか人間もこのチンパンジーたちの惨劇と同じようなことが起こりえることなんじゃないかと思えてきました。

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